「夏の間」は僕の予想をいい意味で裏切った。「春の間」から考えるに、「夏の間」も水墨画だと勝手に思い込んでいた。目の前に広がっていたのは、見事な油絵だった。一面に広がる砂浜にさざ波が静かに打ちつけているのを見事な筆致で描いている。
「へえ、結構イケてるじゃん。相棒もそう思うだろ?」暁が夏目さんに同意を求める。
「ああ、美術に関心のない俺にも分かるぜ。相棒は海が好きなのか?」夏目さんが暁に問いかけた。
「もちろん。サーフィンが趣味だからな。ここに来るまでの漁船から見る海もなかなか良かったぜ」
僕は合点がいった。暁が舳先で馬鹿騒ぎしていたのは、それが理由か。サーフィンが趣味なのは知らなかった。
「いい絵ね。さざ波が浜辺に打ちつける感じ、躍動感があるわ」白羽さんが絶賛する。
「あら、由美子ちゃんもそう思ったのね。この館自体が格調高い感じでしょう? そこに荒波の絵を描くのはナンセンスよ。館の持ち主は、相当芸術に凝っているようね」冬美さんが同意した。
さっきは気づかなかったが、ここの天井、木製の梁が剝き出しだ。
「あの、天井の梁がむき出しなのには意味があるんですか?」
「これも、一種の趣向だな。梁を剥き出しにすることで、開放感を演出したいんだろうさ」
磯部さんが中央に据えられた椅子に腰かけながら僕の質問に答える。磯部さんの体重に耐え切れず、椅子がギシギシと音をたてている。磯部さんにあまりいい印象を持っていない僕はひそかに椅子が壊れて痛い目にあえばいいのにと思った。
「磯部様の言う通りでございます。すべての季節の間に共通した特徴でございます。部屋を広く見せて、皆様に開放感を感じてもらうためです」
荒木さんが言うのなら間違いない。磯部さんの言うことはあてにならない。彼の場合、「俺はこんなことを知っているぞ」と自慢げに話すが、それが鼻につく。ただ、今回は磯部さんの知識は正しかったらしい。少し悔しい。
「この油絵に見惚れていただくのも構いませんが、次の『秋の間』にご案内させていただいても、よろしいでしょうか?」
「それがいいと思うわ。次の『秋の間』が楽しみだわ」薫さんが同意した。