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 館は五つの塔を持っていた。手前に二つ、少し奥の中央に一つ、そして、さらに奥にもう二つ。和洋折衷建築と聞いたが、どちらかというと西洋の城に近い印象を受けた。塔の影響だろう。



 でも、完全な西洋建築ではなく、手前二つの塔に挟まれている接続部分は昔の木造建築のように日本建築らしさが垣間見える。そして、接続部分には、立派な扉があった。これが和洋折衷建築というものか。



「立派なもんじゃ。これは、冬美さんには感謝せんとな」



「喜八郎さん、あなたが新聞の記事に気付かなかったら、応募すらしてないわ。感謝するのは、私のほうよ」酒井さんが言う。



「ヒュー、こいつはイカしてるぜ! おい、二人とも、俺に感謝しろよ? 向こうのグループとは違って、俺が記事を見つけて応募して、見事に当選したんだからな」



「暁、お前の名前で当選した根拠はないだろ?」夏央が噛みつく。



 夏央は相当根に持っているらしい。僕は正直どちらでもいい。こんな館で数日過ごせるのだから。



「どうぞ、館にお入りください。入ってまっすぐお進みいただくと、広間に着きます」荒木さんが恭しくおじぎをしてから、扉を開ける。



 磯部さんを先頭に館に入る。

「一番乗りは俺がいただくぞ。いやー、なんでも一番というのはいいもんだ」



 扉をくぐると、三方向に通路が伸びている。左右と真正面。左右の通路は先ほどの塔につながっているに違いない。しばらく進むと、大広間に出た。



「おい、爺さん。俺たちが一番乗りじゃないらしいぜ」暁が笑いながら言う。



 大広間には先客がいた。船長が言っていた他の二グループに違いない。



「俺は、『俺たちの中で一番乗りだ』と言ったんだ! 揚げ足をとるな!」

 磯部さんは顔を真っ赤にして、怒鳴り散らす。



 暁よ、磯部さんに関わらないでくれ。二人がしゃべると、間違いなく言い争いになる。頼むから喧嘩はやめてくれ。せっかくのバカンスが台無しだから。



「へえ、残りのグループのお出ましか」若い男性が言った。

 その若い男性は、僕たちとそんなに年が離れては見えない。二十代前半といったところか。



「俺は夏目草次なつめそうじ。俺の親が夏目漱石の大ファンでね。彼の『草枕』から『草』をとって名付けたらしいぜ。まあ、『夏目草石』よりはマシかもな」

 夏目さんは自虐的に言いつつ、僕に手を差し出す。彼の苗字には『夏』の字が入っている。彼が当選したに違いない。



「僕は諫早周平っていいます。数日間よろしくお願いします」

 夏目さんからはフランクで、暁に近い印象を受ける。握手をしながら、そう思った。



「俺は暁春太郎。あんたとは気が合いそうだ」続いて暁が自己紹介をする。



「お、そう思うか? ちょうど、同じことを考えていたんだ! まあ、よろしくな、相棒」

 夏目さんは暁の肩を叩く。もう相棒呼びなのか。二人が意気投合して、バカンスが終わっても交流を続ける未来が見えた。



「こっちは、蝶野夏央。たぶん、相棒と気が合うと思うぜ」

 夏央は暁と同じくらい陽気だから、だぶんそうだろう。



「ああ、紹介が遅れたな、こいつは俺の彼女だ」と夏目さん。隣に立った女性を紹介する。



「私、白羽由美子しらはねゆみこっていいます。よろしくね」

 夏目さんとは真逆な印象だ。おとなしくて、どちらかと言うと性格は僕に近いものを感じる。一言でまとめるなら、犬顔で愛くるしい印象だ。夏目さんが惚れるのも分かる。



「あれ、相棒たちは二人なのか? 確か二人まで同伴可能だったはずだが……」暁が疑問を口にする。



「必ず三人で来い、ではなかっただろ? 仮にもう一人連れてきたとして、男だったら俺が由美子を取られないか心配するし、逆も同じだ。そこまで野暮じゃないぜ?」

 そう言うと夏目さんは白羽さんを抱き寄せる。彼女がいない僕にとっては、その行動がうらやましく感じた。



「おいおい、オレたちを差し置いて自己紹介とはなんて奴だ。こういうものは年功序列だろ!」

 向こうから、白髪のおじいさんドスドスと大きな足音をたててやって来た。僕は音に敏感なので、その歩き方にはいい印象を持たなかった。



「オレは釣部秋吉つるべあきよしだ。そっちの一番年上は誰だ? 先にそいつに挨拶せにゃならん」



「釣部殿、わしじゃよ。大島喜八郎じゃ」

 釣部さんは大島さんを胡散臭そうに見返す。



「確かに、一番年上なのはこいつですが、三人の中でリーダー的なのは俺だ」

 磯部さんが進み出る。酒井さんの言葉を思い出す。あれ、リーダー的なのも大島さんじゃなかったっけ。



「ほう。お前がそっちのリーダーか」

 あれ、釣部って苗字どこかで聞き覚えがあるぞ。



「釣部ってことは、もしかしてあの『釣部グループ』の釣部さんですか?」磯部さんが尋ねる。



「ほほう。オレのことを知っているとはな。そうオレは釣部グループの社長、釣部秋吉だ。お前ら一般庶民とは違うんだよ」

 かなり偉ぶった口調だ。上から目線で気にくわない。僕はすでに釣部さんが嫌いになった。こんな短時間で人を嫌いになるなどそうそうない。



「やはりそうですか。こんなところでお会いできるとは、光栄です、釣部社長」と磯部さん。かなり感激した様子だ。



「まあな。こっちは俺の妻、かおるだ。」

 薫さんはダイヤモンドの指輪をつけていて、さすが社長の奥さんだと思った。社長夫人であっても、傲慢な感じはない。釣部さんとは真逆でつつましい。立ち振る舞いも上品だった。



「そして我が家の恥、息子の秋原天馬あきはらてんまだ」

 秋原さんは色白で病弱そうに見えた。あれ、苗字が違う。



「ど、どうも、秋原天馬です……。よ、よろしくお願いします……」まごつきながら言う。



「あれ、息子さんの苗字が違うようだけど」酒井さんが僕の代弁をしてくれた。



「ああ、こいつは前妻との子供だ。妻はいい奴だったんだが、残念ながら息子は出来損ないに育ってしまった。釣部の名前を名乗らせるのにふさわしくないから、前妻の苗字なのさ。将来的にこんな奴に遺産がいくと思うと虫唾が走るわ」

 秋原さんの境遇が可哀想に思えてきた。人は親を選ぶことはできない。



「さて、皆さま自己紹介が終わったようですので、館をの中をご案内いたします」



「待てよ。主催者さんにお礼が言いたいんだけど。どこにいるんだ?」暁にしてはまっとうな質問だった。



「それは私も存じません。なにせ、お給料が良かったので応募したのですが、直接の面識はないのでございます。支払いが良くて前払いだったので、私自身もお礼を言いたいのですが」

 主催者は相当お金を持てあましているらしい。見ず知らずの僕たちをこんな立派な島へ招待するなんて、よっぽどのお金持ちにしかできない。



「では、改めて館の中をご案内いたします」

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