漁船に乗り込むと、色黒でガタイのいい船長が僕らを出迎えた。
「我が自慢のアルベルト号へようこそ」
船長は明るく言った。漁船の船長というと、昔ながらの頭の固い老人像が思い浮かぶが、彼は違った。気さくな人なのだろう。
船長からは明るい感じを受けるのに対して、漁船は暗い、というよりくたびれて見える。「アルベルト」って確かドイツ人の名前の一つだっけ。おぼろげなドイツ語の授業を思い出す。僕の記憶が正しければ「アルベルト」はゲルマン語で「高貴な光」という意味だったはずだ。とても光り輝く印象は感じられない、少なくとも今は。勝手にクルーザーで行くものだと思い込んでいたので、主催者が本当に豪華なもてなしを用意しているのか心配だ。
船に乗り込んでしばらくすると、酒井さんに自己紹介がまだだったことに気が付いた。
「さっきは自己紹介ができなくて、すみません」
「いいのよ。間が悪かっただけですから」酒井さんが言った。
「改めて自己紹介を。僕は
「ということは、連れのお二人のどちらかに春夏秋冬の文字が入っているのね?」
「ええ、舳先で馬鹿みたいにはしゃいでいる彼は
「なるほどね。じゃあ、もう一人の連れは?」
「あっちにいます。名前は
「あら、蝶野さんの名前にも『夏』の文字が入っているじゃないの」
僕は二人の名前で二通応募したことなど、経緯を説明する。
「つまり、あなたたちは学友同士で、バカンスに来たのね。私たちはね、そうね、老後を楽しんでいる年寄りの集まりよ」僕には酒井さんがとても六十代以上には見えなかった。美貌を保つために相当努力しているに違いない。
「こちらの自己紹介がまだだったわね。さっき、あなたたちに嫌味を言った彼は、
僕は苦笑いする。酒井さんの言うとおりだと思った。
「そして、眼鏡をかけて杖をついている彼が
僕は先ほどの光景を思い出す。確かに大島さんは、磯部さんのことを「磯部殿」と呼んでいた。少しかわった人だ。でも、最初の好印象なのは変わらない。