旅行当日。僕は集合場所が分からず困っていた。船が出る港のレンガ倉庫前に集合と決めたものの、そこかしこにレンガ倉庫が並んでいた。これじゃあ、どれが集合場所か分からない。暁も夏央も同じに違いない。そもそも現地の下調べをろくにしていなかった。まさかレンガ倉庫がこんなにも乱立しているとは想像してなかった。
ひとまず海沿いの倉庫を総当たりだ。幸いにも港は狭い。離島行きの船がどんな色をしているか分からないけど、ぼけっと突っ立っているよりはマシだ。こういう場合、焦るとますますミスをしやすい。深呼吸をする。まだまだ出発まで時間はある。大丈夫だ。そう自分に言い聞かせると、海沿いを歩きだした。
しばらく歩くと汗が服ににじみ出てきた。夏の日差しが首にささる。これは日焼け間違いなしだ。荷物を入れたバッグが鉛のように重い。これでは船に乗る前にダメになってしまう。半月状の港の半分は歩いた。つまり残り半分あるけば、どこかで二人に合流できるはずだ。その時だった。
「おーい、こっち、こっち」
どこからか呼び声が聞こえる。声の方へ目をむけると、遠くで豆粒のような大きさに見える人がこちらに向かって手を振っている。暁か夏央のどちらかに違いない。
近づくとすらりとした長身に小麦色の肌の人物が見えてきた。間違いなく夏央だ。オリーブグリーンの帽子をかぶっている。僕は急いで旅行の準備をするあまり、帽子を持っていくという最重要事項を忘れていた。夏に帽子なしは致命的だ。その点、夏央はしっかりとしている。
「良かったよ。集合場所が分からなくて困ってたんだ」
そう言う夏央も僕と同じく額から汗が流れている。
「ということは、夏央もどのレンガ倉庫が集合場所か分からないの?」
「そりゃあ、こんだけあるんだ。分かりっこないさ」夏央は肩をすくめる。
僕の淡い期待は粉々に砕け散った。迷子が一人から二人に増えただけだ。
「なあ、猛暑日とはいえ、暑すぎないか? 汗だくだくだよ」
夏央はそう言うとTシャツをたくしあげようとする。
「ちょっと待った。向こうで着替えてよ」
僕はそう言って倉庫の反対側を指す。
「悪い。そうさせてもらうよ」
しばらくすると夏央が戻ってきた。グレーのシャツに短パンといったいで立ちだ。
「僕は向こうからここまで歩いてきたんだけど、暁の姿はなかったんだ。夏央はどっから来たの?」
夏央は親指を立てて後ろを指す。陸側だ。つまり最悪の場合、半月状の港の残り半分を歩く可能性がある。
腕時計を見ると出発まであと三十分といったところか。早歩きをすれば間に合うだろう。
「少し走るか」
夏央はそう言うが早いか、海岸沿いを走りだす。
「ちょっと、速いよ!」
夏央は陸上部だから足は速いし、体力もある。それに比べて僕はいわゆる帰宅部だ。
「あ、そっか。ごめん、ごめん」
夏央は走るのをやめた。だが相変わらず早いペースで歩いている。このままでは、僕の体力が持つか分からない。勘弁してくれと思いながら、僕は必死に夏央を追いかけた。
十分ほど歩いた時、暁がこちらに向けて手を振っているのが見えてきた。どうやら間に合ったらしい。暁の近くには見知らぬ人々がいた。
「二人とも遅いじゃないか。どこで油を売っていたんだい?」
「レンガ倉庫集合って決めたけれど、ここら一帯レンガ倉庫ばかりじゃん。迷子になって当然だろ?」僕は弁明する。
「二人には招待状のコピーを渡すべきだったか。いや、招待状には乗り場が書いてあったから、てっきりお前らも知っているかと思い込んでいた」と暁。
「まあ、過ぎたことを言ってもしょうがないだろ。ひとまず結果オーライとしようぜ」夏央が言う。
僕はまだ納得がいかなかったが、ふと視線を感じて開けかけた口を閉じた。
「若いの、さっきからうるさいぞ」
振り返ると一人の老人が立っていた。小太りな胴体で、手足が長いとは言えない。それがあいまって、まるでボールのような印象を受けた。派手なアロハシャツを着ており、離島を楽しむ気がひしひしと伝わってくる。
「まあまあ、
別の老人が口を挟む。
その老人は、磯部と呼ばれた人物とは対照的に見えた。小柄でほっそりしているが、眼鏡の奥に見える瞳からは知的な雰囲気を感じる。大学の老教授と言われても納得できるくらいだ。老人は足が悪いのか、杖をついている。
「しかしだな……」
「
女性が二人の間に入って言う。その女性は二人の同伴者なのだろう。もしくは本人が当選したか。
「すみませんでした」
ひとまず謝るのが無難だろうと思った。これから数日間、一緒に過ごす人たちと初日から問題を起こすのもまずい。
「ふん、最初からそう言え」
そう言うと小太りの老人は僕らに背を向けた。
「そういえば、自己紹介がまだでしたわ。私の名前は
女性が続きを言おうとした時、漁船の船長が船室から顔を出した。
「お客さんたち、もうすぐ出発の時間だ。船と護岸との間に小さな隙間があるから、注意して乗ってくれ」
「続きは船内でしましょうか」と冬美。
「そうですね。離島に着くまで時間もあるでしょうし」僕は言った。