私は
そんな私は何時も、あの日のことを夢に見る。
静かな部屋で涙を流し、独り、あの人を想いながら。
◆◆◆
その日に初めて、私は一人で学校に登校した。
理由を一言で言うと、登下校に慣れたからだ。
「パパ、ママ、いってきます!」
玄関に居る両親に手を振り、元気よく挨拶をした。
すると、両親が笑顔で手を振り返してくれるのだ。
「「行ってらっしゃーい!」」
微笑んだ私は、ランドセルの肩紐を固く握りしめ、学校の方へと歩を進めて行く。
一歩、また一歩と、小さな歩幅で。
すると、やっぱり心配なのか、お父さんが大声で私に注意をする。
「車に気をつけて行くんだよーー!!!」
「はーーい!!」
後ろを振り向いて手を振ると、また歩き出す。
一歩、また一歩と、小さな歩幅で歩いて往く。
家から少し離れた所で、両親の声が聞こえてきた。
──心配だよママアアアア!!!
──大丈夫だからね? 娘を信じてあげて?
──うぅぅ……やっぱり僕が送っていくううう!!!
──はいはい、少し落ち着きましょうね
──グハッ!!
その声を聞いて、何時も通りの両親だなーって笑った。
私は今、何時も両親と歩いて来た道を進んでいる。
パン屋の美味しそうな匂い、同じ学生の楽しそうな声、小さな仔猫の鳴き声、行き交う人々の群れ。
それらは何時も、両親と見ていた、両親と聞いていた、両親と感じていた光景だった。
でも、今は違う。
だって今は、私だけなのだから。
一人で見る普遍的な景色が、まるで、絵本の中の世界のように感じる。
あぁ……楽しい…………。
私は今、絵本の主人公みたく冒険しているのだ。
両親と話しながら往くのも楽しいけど、こうして、一人で往くのも楽しい。
軽い足取りで、街並みを抜けていく。
途中ですれ違ったおじいちゃんと、軽く挨拶をした。
私が元気よく挨拶をすると、おじいちゃんは「偉いね」と褒めてくれた。
褒められたのが、凄く嬉しかった。
自分一人でも大丈夫なのだと、そう油断した。
だからこそ私は、気づけ無かったのだ。
横断歩道の信号機が、──赤色になっていることを。
幸いにしてそのときは、車がまだいなかった。
信号が赤色なのに気づいた私は、急いで向こうに走る。
そうだ、急いでしまったのだ。
急いでしまったが故に、私は躓いて転んでしまった。
コンクリートで膝と腕が擦れ、ジリジリと傷口が痛む。
「いたいよぉ…………」
痛い、血が出てる、泣きそうだ。
でも、こんなことで泣いちゃダメだ。
私はもう、お姉ちゃんになるんだから。
涙を堪えて、私は立ち上がろうとする。
でも、怖くて立ち上がれなかった。
だって、変な挙動のトラックが、直ぐそこまで来ていたのだから。
私、轢かれちゃうの?
そう考えた瞬間、怖くて泣いた、お漏らしした。
パンツに染み込み、ジワジワと道路に広がっていく。
私の口からは、痛みと恐怖だけが鳴り叫んでいる。
恐怖で腰を抜かして、立つことすら出来なくなった。
私は死の恐怖に、何も出来なかった、ただ泣くことしか出来なかった。
後数秒もすれば、私は轢かれて死ぬ……。
そんなときだった、カッコイイお兄ちゃんを見つけた。
お兄ちゃんは黒と赤の服を着ていて、凄く、心配そうに見ていた。
そのとき思った、──あのお兄ちゃんなら、助けてくれるかもしれない。
「たすけて……」
お兄ちゃんの顔を見て、そう言った。
精一杯に言ったつもりだけど、声が掠れて小さい。
なんて弱々しい声だろう、聴こえてないかもしれない。
あぁ……私、死んじゃうんだ…………。
そう、諦めかけたときだった。
お兄ちゃんの耳がピクリと動き、カバンを捨てて私の方へと走って来た。
「もう大丈夫だよ」
お兄ちゃんは、足が速かった。
後少しのところで私を抱え、優しく微笑んでくれた。
まるで、絵本に出てくる白馬の王子様のようだった。
お兄ちゃんが王子様で、私がお姫様。
きっと、私達は運命の赤い糸で繋がれているのだ。
だからお兄ちゃんは、命懸けで私を助けてくれた。
私とお兄ちゃんは結ばれる運命だと、そう思った。
「次からは、気をつけるんだよ?」
王子様は私を下ろすと、優しく微笑んだ。
助けてくれた王子様に、ちゃんとお礼をしよう。
「ありがとう! おにー……ちゃん…………?」
───バコンッ!!!!!
感謝をしようとした瞬間、重々しい音が鳴り響いた。
赤い液体が頬を掠り、鉄の匂いが鼻に付いて離れない。
目の前には、さっきのトラックが在る。
そこは、王子様が立ってイる筈の場所だった。
どこにも王子様がイない。
一体、どこにイってしまったのだろうか?
トラックが来た左の方から、右へ視界を動かしていく。
王子様の足は速かったのだ。
だから、断じて轢かれてなどいない。
きっと、私の前から颯爽と立ち去っただけだ。
そうだ、そうに違いない。
だからお願い、何とも無いで……。
それは、儚くも淡い期待だった。
自分でも、薄らとは気づいていたのだ。
現実を受け入れたく無かった、ただ、それだけだった。
私が一番右の方を向くと、王子様が倒れてイた。
トラックの車体が凹んでいる。
近くのガードレールが凹んでいる。
ダラダラと垂れた血が広がっている。
首があらぬ方向に曲がっている。
優しかった瞳は光を失っている。
このとき、私は思い知らされた。
王子様を殺したのが、「私」だという事実を。
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"───────!!!!」
泣き叫んだ、泣き叫ぶしか出来なかった。
泣き叫ぶ資格すら、私には無いというのに……。
溢れてくる涙を右腕で抑えながら、私が殺してしまった王子様の方へと、一歩ずつ歩いて往く。
少しずつ、また、少しずつ。
どんどんと、二人の距離が近くになっていく。
いずれ私は、ピクリとも動かない王子様の元へ着いた。
しゃがんで目線を合わせると、王子様の顔に私の涙が滴り落ちていく。
「………………ごめんなさい。でも、ありがとう。──おにいちゃん」
◆◆◆
あれからは、色々なことがあった。
近くに居た大人が呼んだ救急車に、運ばれていく王子様を見送ったり。
両親と、王子様の親御様に謝罪したり。
王子様のお葬式に参加して、無責任に泣いたり。
本当に、色々なことがあった。
印象に残っていることが、三つある。
一つは、王子様の両親の泣き顔と優しさ。
王子様の両親は温かくて、それでいて優しかった。
私に、「貴方のせいじゃないわ」、そう言ってくれた。
だからこそ、遺体に縋り付いて無常を訴えかける悲痛な
二つは、王子様が同じ苗字だということ。
私と王子様が同じ苗字だと聞いたとき、正直、心の底から嬉しかった。
何処かで私達が、──繋がっている気がするから。
三つは、実は王子様が引き篭っていたこと。
信じていた友達にセクハラを受け、人間不信になって引き篭ったらしい。
トラウマに苦悩した王子様は、長い葛藤の末に前に進む勇気を出したのだ。
それが、私と出逢った命日だった。
私は王子様が嫌いな、醜い女である。
だって……申し訳ないという気持ちよりも、出逢えた運命を歓ぶ気持ちの方が、少しだけ強いのだから。
◆◆◆
私は
私は今も、あの日のことを夢に見る。
薄れゆく視界で、独り、あの人を想いながら。
「来世はあの人と、結ばれますように……あの人に、相応しい人に……なり、た……………………」
私はこの生涯を、独身と処女で貫いた。
そんな私の仏顔は、──血の涙で染まった赤い瞳と、綺麗な白髪だったという。
―――
【世界観ちょい足しコーナー】
王子様の両親が死体に縋り泣いて言った台詞は
「こうなるなら……死んじゃくらいなら……家でずっと笑って居て欲しかった…………」
「小さい子助けて死ぬなんて……陽翔、格好の良い男になったなぁ……でもなぁ、陽翔……?
です。これを聞いた依茉は、何とも言えない気持ちになりました。
ちなみに後日談もあり、王子様の両親から依茉に「夢で元気そうな息子と会った!」という連絡があったそうな。
○とある女子小学生
名前:高橋依茉
年齢:7歳
性別:女
身長:100cm
体重:15kg
血液型:A型
誕生日:12月12日
▶︎セミロングヘアー
▶︎黒髪黒目
▶︎一途
いい子に育ちました