学校の制服に着替える。
袖に手を通すときの感触が、何だか懐かしい。
「これに着替えるのも、久しぶりだなぁ……」
つい半年前までは、毎日のように着ていたのだ。
感傷に浸るのも無理はない。
制服に身を包んだ僕は、何となくそのままにしていたカバンを持って、下の階へと降りた。
成長したのか、制服が少し小さくてキツイ。
右手に持ったカバンが階段を降りる度に、ガタガタと音を鳴らす。
あぁ……この感触も久しぶりだなぁ…………。
下の階に降りると、リビングに両親が居た。
お母さんは朝ご飯を作っていて、お父さんはスーツ姿で新聞を読みながらコーヒーを啜っている。
そんな、いつも通りの両親を見た僕は、ネクタイをギュッと締めて朝の挨拶をする。
「おはようございます。お母さん、お父さん……」
覚悟を決めて挨拶をした気が、どこか照れくささを残してしまった。
頬を赤くし、頭をポリポリとかく。
「おはよう、陽翔。……ズズズ」
お父さんは、僕の方を見ないで挨拶を返した。
今も、新聞を見ながらコーヒーを啜っている。
いつも通りのお父さんって感じで、安心する。
「あら、おはよう」
お母さんは、料理を作りながら挨拶を返した。
上目遣いで、僕のことを視界に捉える。
ガタッガタッ。
お母さんは口をポカーンと開け、菜箸を落とす。
「…………って、その格好どうしたの?! 陽翔!?」
制服に身を包んだ僕を見たお母さんは、絵に描いたような驚き方をした。
まるで、信じられない光景を見ているかのように……。
そんなお母さんは、僕の方にジリジリと近寄って来る。
「おいおいお母さん。そんなに慌ててどうした? そんなに変な格好をしているのか?」
お母さんの声に驚いたお父さんが、お母さんの方を向いて宥めようとした。
その表情は温かく、微笑んでいる。
何が何か分からない様子のお父さんは、自分の後ろをお母さんが通ったのと同時に、僕の方を見て同意を求める。
「別にいつものオタTだよなぁ? はる、と……っ!?」
ガコッ……。
僕の制服姿を見たお父さんは、コーヒーの入っているカップをテーブルに置き、立ち上がる。
「おいおいおいおいおい!! どうしたんだその姿?!」
何も言わず近づいて来るお母さんに加え、お父さんまでもが僕の方にジリジリと近寄って来る。
二人の足取りが
「ちょっとだけさ、勇気出してみようと思って……さ」
両親から視線を外し、頬をポリポリとかく。
なんかこーゆーの、こそばゆくて恥ずかしいなぁ……。
「…………えっ?」
優しく、ぎゅっと抱かれた。
お父さんは、頭をガシガシと撫でる。
お母さんは、顔を自分の胸へと抱き寄せる。
嗅ぎなれた匂いがして、穏やかな気持ちになる。
心地良い温もりを全身に感じて、安心する。
肩に冷たい雫が滴り落ちて、くすぐったい。
僕は何も言わない。
お母さんもお父さんも、何も言わない。
何でも無い、ただの静寂が訪れた。
コーヒーの匂いがする。
作り途中の朝ご飯の匂いがする。
両親の胸の鼓動が聞こえる。
時計の針が動く音が聞こえる。
ほんの十数秒間続いた静寂は、両親の言葉に解けゆく。
「そっか……そっかぁ……よく頑張ったなぁ…………よく立ち上がったなぁ…………」
それは、お父さんの言葉だった。
苦労して苦悩して、痛くて、辛くて。
そんな、葛藤の末に起こした一歩目。
そのたった一歩が、どれだけ心憂いた先に得た、前に進む為の機会か。
立ち上がることすら出来なかった僕にとって、お父さんの言葉は心に響いた。
やばい、泣きそうだ。
でもここで泣いてしまったら、きっと、弱い自分に戻ってしまう気がする。
だから、涙をぐっと堪えた。
「もし、また何かあったら、お母さん達に言うんだよ……陽翔は私達の、大事な宝物なんだからね…………」
それは、お母さんの言葉だった。
半年前に同じことを言われたの、今でも覚えてる。
あのときのお母さんは今と真逆で、僕に対する後悔と懺悔の色が強かった。
どうして私は、息子の辛さを分かってやれなかったのだろうか。
どうして私は、息子の苦悩に気づいてやれなかったのだろうか。
どうして私は……どうして私は……どうして私は、──この子の母親なのに。
そんな風に、一晩中泣いていたのを知っている。
僕の弱さがお母さんを苦しめ、泣かせたのだ。
でも、今は違う。
そうだ、違うのだ。
だって今は、慶びの涙を流しているのだから。
よかった、本当によかった。
行動に移せる自分で、本当に、よかった。
「うん、ありがとう。僕、もう大丈夫だから。半年も待ってくれて、ありがとう…………」
そう言った僕は、歯を磨いて、朝ご飯を食べて、両親と話して、お母さんに制服を直して貰って、家を出た。
「行ってきます!」
「「行ってらっしゃい!!」」
僕は手を振って、歩を進めた。
後ろから声が聞こえてくる。
「元気に帰って来いよ!!」
「嫌なことがあったら、帰って来て良いからね!!」
やがて、両親の目の前から陽翔の姿が消えた。
両親の表現は、嬉しさと、少しの心配を孕んでいる。
両親はホッと一息をつくと、家の中へと入り、玄関の扉を閉める。
このときの二人は、まだ知らない。
最愛の息子の生きた姿を見るのが、──これで最期であることを。
―――
【世界観ちょい足しコーナー】
○主人公
名前:高橋・陽翔(タカハシ・ハルト)
年齢:18歳
性別:男
身長:175cm
体重:60kg
血液型:O型
誕生日:7月25日
▶︎主語は僕
▶︎最強にイケメン
▶︎サラサラ髪
▶︎黒髪黒目
▶︎まつ毛バシバシ
▶︎オタクTシャツ
▶︎ジャージパーカー
▶︎ジャージのズボン
▶︎優しくて温厚
▶︎アニオタのニート
『前の世界でのハルト』
マジで有り得んくらいのイケメン。だがニート。イケメンであるが故に、女子につけ狙われたり、女子が自分を巡って醜い争いをしまくった。それだけなら良かったのだが、陽斗は男にも性的に見られていたのだ。周りを腐女子が囲み、逃げ場が無くなった所を男にキスされそうに……。そのことから、自分の安寧を守れる空間は学校に無いと思い、引きこもることになった。そして完成したのが、「誰かの役に立ちたい」と「アニメの世界は良いなぁ」が口癖の、超絶イケメンのう〇こ製造機なのだ。