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scene 7. 夢

 ガレージセールは想像以上に盛況だった。新聞広告を出していたおかげか、アンティークショップやセカンドハンドショップの業者も見に来ていた。当然だが高価なもの、上質なもの、状態の良いものからどんどん売れ、このぶんだと明日は午前中だけで切り上げてしまえるかもとマデリンが話していた。

 家の前や車庫、そしてリビングまで大勢の見知らぬ人が出入りするのを忌々しげに眺め、イーサンは自転車で家を出ると当てもなく周囲を走りまわった。あんなふうに知らない人間がたくさんいたのでは、もしもオレオが近くまで戻ってきていたとしても、家に入ろうとはしないだろう。だからその辺で遠巻きに様子を窺ったりしていないかと思ったのだ。

 しかしオレオの姿はどこにもなく、その日のガレージセールが終わっても、やはり帰ってこないままだった。

 父も母も、ガレージセールが順調なことばかり話していて、オレオのことなどもうどうでもいいかのようだった。否、そんなことはないのだろうが、自分よりも諦めがいいのは間違いない。みつからないのだからしょうがない、と思っているのだろう――もう、ニューヨークへ行くその日までたったの二日だ。僅かな望みに縋るより、諦めたほうが楽なのは確かかもしれない。

 さすがにイーサンも、オレオがどこかで元気にしていてくれればと願うしかないのかもと、少しずつ考え始めていた。


 その夜――

 いつ降りだしたのか、雨が窓ガラスを叩く音にイーサンは目を覚ました――が、なぜか自分はベッドではなく、外のどこか高いところにいて、そこから家を眺めていた。

 足が地についていない。靴さえ履いていなかった。妙な浮遊感になんだ? と思い下を見る――ようやくイーサンは、自分が樹の上にいるのだとわかった。よくオレオが登って遊んでいた、庭の片隅にある小楢コナラの樹。

 辺りは真っ暗で――夜なのだから当然かと思ったが、なぜか家の周りだけがぼうっと明るくはっきり見えた。しかし中の常夜灯も、防犯のためのガーデンライトも、なにもついていなかった。人気ひとけもない。

 そんな静まりかえった家に、そろりそろりとなにかが近づいていった。夜の闇の中、光に包まれたように黒と白、タキシード柄の猫の姿が浮かびあがって見える。とことこと進める前肢は、ソックスを履いたように先だけが白い。

 オレオ……! オレオだ。オレオがやっと戻ってきたと安堵し、樹から降りようとしたが、なぜか躰が動かなかった。呼びかけようとするが声もでない。

 もどかしい思いでじっとオレオを見守っていると、やがて聞き慣れた可愛い声が聞こえた。にゃあーん。にゃあーん。その声が、だんだんと悲痛に響き始める。にゃおん? にゃおん? やがてオレオは後肢で立ち、真っ暗で中の見えないガラス戸を、かりかりと引っ掻き始めた。

 にゃあん、にゃあぁん。イーサンにはわかった。開けて、中に入れてー。オレオはそう云っているのだ。けれど、たぶんあの家の中にはもう誰もいない。きっとここは、自分たちがニューヨークへ行ってしまったあとの世界なのだ。そして、間に合わなかったオレオがもう誰もいないなどと知らず、どうして開けてもらえないのかと哀しい声で鳴いている。

 俺はここにいるのに。オレオ、おまえを置いていくなんて、そんなことできるはずがないのに――


「オレオ……!」

 開いた目から涙が溢れて顳顬こめかみを伝うのを感じ、イーサンはゆっくりと半身を起こした。

 夢だった……でも、きっと夢じゃない。。イーサンはベッドから出てジャケットを羽織ると、部屋を出て階段を下りていった。

 玄関に向かっていると、両親の寝室のドアが開いてマデリンが顔を出した。時計は見なかったが、もう起きだす時刻だったのだろうか。それとも足音で目が覚めたのだろうか。

「イーサン? どうしたのこんな夜中に……どこへ行くつもりなの」

 夜中、ということは後者だったらしい。しまったと思ったが、イーサンは「オレオを捜しにいくんだ」とそのままを口にした。

「……イーサン、おねがい。もうオレオのことは諦めて。こんな時間に捜しに出ようだなんて、いくらなんでも思いつめすぎよ……さ、部屋に戻って――」

 廊下に出てきたマデリンを振り返り、イーサンは感情が噴きだすまま、ついさっきみた夢の話をした。

「だめなんだ……やっぱりオレオをみつけなきゃ。置いてなんていけないよ、みたんだ。もう俺らがいなくなって空っぽになった家に帰ってきて、中に入れてーって鳴きながらガラスを引っ掻いてるオレオを……。オレオはきっと俺たちに裏切られた、棄てられたって思うよ。引っ越しとか外に出られない都会のアパートメントとか、そんなことオレオにはわかんないんだからどうだっていいよ。俺ら家族と一緒にいるのがいちばん確かなことなんだ」

 涙をぽろぽろと零しながら話すイーサンに、マデリンも目を滲ませた。どこから聞いていたのか、ドアの傍にはアーウィンも立っている。

 イーサンはマデリンに抱きしめられながら、アーウィンの言葉を聞いた。

「わかったよイーサン。明日、ガレージセールを早めに終えたら近所に挨拶回りがてら、オレオのことをよくおねがいしてこよう。保健所や動物保護団体にも写真を送って、もしもみつかったらすぐに連絡をもらえるよう頼んでみる。だからもう部屋に戻りなさい」

「みつかったら、オレオもニューヨークに連れていく?」

「ああ。樹や庭がなくて可哀想と云ったが、棄てられたと思わせるほうがもっと可哀想だ。おまえの云うとおりだと思うよ」

「猫が齧っても安全な観葉植物とか、いっぱい置けばきっとましだよ……猫草キャットグラスも、キッチンの窓際とかで栽培するよ。母さんは家の中で吐かれたらいやかもしれないけど――」

「いいのよ、そうしましょう。キャットツリーも置いてあげるといいわ、いちばん大きな窓の傍に」

「ああ、カリモクの洒落たやつを買ってやろう。きっとオレオも喜ぶ」

 子供のようにしゃくりあげながらうんうんと頷き、イーサンはキッチンで蜂蜜入りのホットミルクを飲んでから、部屋に戻った。

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