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scene 6. 伝言

 親しい隣人たちとアーウィンの同僚が集まったフェアウェルパーティに、イーサンのために悪友たちが開いてくれた『退学喰らう前にニューヨークへ逃亡おめでとう』パーティ。ガレージセールの準備や当面は使わないものの荷造りなど、引っ越しの準備は着実に進んでいた。

 しかし、オレオは姿を見なくなってから三日経っても四日経っても、戻ってはこなかった。イーサンはハイスクールから帰ると、オレオが戻ってきたかどうかを真っ先に尋ねた。気が進まないが出ないわけにはいかない自分のためのパーティの日も、終わるとすぐに普段通らない道まで轍で塗りつぶすようにして帰った。

 今日は戻ってくるかも、今日こそは帰ってくるかもと待ち続け、夕食が済むと堪えきれずに懐中電灯を持ってに出たりもした。そんな自分を見かねてか、アーウィンも一緒になって近所を捜し歩いてくれた。

 そんな金曜の夜。懐中電灯で照らした先になにか動くものが見えた。「オレオ?」と声をかけながら近づいてみると、きらりと二つの眼が光った。

 やった、みつけた――と思ったのも束の間、舗道脇の芝生に照らしだされたその眼の主は、猫は猫でも茶トラ模様レッドタビーの、でっぷりとした大柄な猫だった。オレオではない。

 イーサンはがくりと肩を落としながら、その猫の前にしゃがみこんだ。

「……やあ、どこの子? 野良かな……この辺はおまえの縄張りなのか? ……あのさ、うちのオレオっていう猫を捜してるんだ。もう何日も帰ってきてなくて、心配なんだ……白いソックスを履いた黒白模様の男の子だよ。もし見かけたら、うちに帰ってくるように伝えてくれないか」

 レッドタビーの大きな猫は、しばらくじっとイーサンの顔を見ていたが、やがてふいと歩み去ってしまった。イーサンは、自分はいったい猫になにを云ってるんだろうと自虐的な笑みを浮かべ、とぼとぼと家に戻った。

 冷蔵庫を開けて水を飲むと、扉に貼られたカレンダーが目に入った。丸のつけられた転居日と、それに近づいているチェック印。オレオは自分たちがこの地を離れてしまう月曜までに戻ってこないのではないか、もうオレオには会えないのではないかという不安が、もう数日しかないという焦りと混じり、膨らんでイーサンを苛んだ。

 ふらりとそこにあった椅子に腰を落とし、イーサンは両手で顔を覆った。と、ちょうどそこへマデリンがやってきて、「イーサン? どうかしたの、大丈夫?」と声をかけた。

 イーサンは顔を上げ、母の姿を見ると、八つ当たり気味に自分の中に巣食う不安を吐きだした。

「母さんのせいだ……! オレオ、家の中がぐちゃぐちゃだったから落ち着けなくて出ていったのかも……それとも、ひょっとしたら自分が余所にやられるってわかったのかもしれない。オレオは利口だから……。どうするんだよ、このままオレオがどこにいるのかわからないまま放っていくのかよ……。こんなの、余所にやっていくより酷いじゃないか……。オレオ、外には自由に出てたけど、自分で餌を獲ったりはしてないんだぞ……、生きていけないよ。オレオ、死んじまうよ、これから雪だって降るのに――」

「イーサン……、そんなに思いつめないで。ひょっとしたらあの雨の日に誰かが家の中に入れて、それきり出さないだけかもしれないし」

 テーブルに突っ伏して譫言のように繰り返すイーサンの肩に、マデリンはそう云ってそっと手を置いた。「明日はガレージセールよ。朝早くからまたばたばたするから、今日は早めにやすみなさい。……ミルクを温めてあげるわ、蜂蜜入りで」

「いらない……。やっぱり俺、ここに残る……そうだ、オレオがみつかったらそれからニューヨークへ行くよ。それならいいだろ?」

「イーサン、無理を云わないで。もう諦めなさい……云いにくいけど、ひょっとしたら車に撥ねられたりしたのかもしれないのよ?」

 イーサンも、その可能性に気づいていなかったわけではない。しかし、そんなことをわざわざ聞かせてほしいわけがなかった。そんなことを口にできる母を冷たいと思った。

 逃げるように二階に上がり、イーサンはもうなにも考えたくなくてベッドに潜りこみ、ブランケットを被った。

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