起きて身支度をし、バックパック片手に
食べながら自転車で学校に向かい、途中ですぅっと
家族でニューヨークに行くという話がでている、自分は行かずに残ろうかと思っている、と何度かカイリーに話そうとしたが、とうとう打ち明けられないままだった。一度、カイリーのほうからなんだか様子が変よ、なにか悩み事でもあるのと尋ねられたが、イーサンはなんでもないと答えた。
そうだ、なんでもない。なにも悩んでなんかいない。自分はオレオとあの家に残ると決めたのだ、だからなにも云う必要なんかない――自分を見つめるカイリーにキスを落としたとき、離れるなんてありえないと、イーサンはあらためて決意を胸に刻んだ。
土曜の夜、ベッドに入ってからスナップチャットで話しこみ、ようやく眠りに落ちたのは四時まであと二十五分か二十六分という時刻で――目覚めたとき、時計の針はもう朝の十時を指していた。
「――なにやってんの?」
「おはようイーサン。来週ガレージセールをやろうと思ってね、整頓してるのよ」
「ガレージセール?」
「ええ。要らないものはもう処分して、持っていくものは持っていくもので、少しずつまとめておかないとね」
アパートメントには家具がついているし、古いキャビネットなんかは部屋に合わないし、要るものは買い替えないと――そう云ったマデリンに、イーサンは呆れたように息を吐いた。
「俺はこの家に残るって云ったのに、無視かよ。ああ、いいよいいよ、俺の部屋だけ触らないでくれれば。この家が空っぽになったって、俺は絶対残るからな」
「いいかげん聞き分けのないことを云うのはやめるんだ、イーサン」
そこへ、アーウィンが現れた。頭にタオルを巻き、袖まくりをした恰好を見ると、どうやら父も荷物の整頓とやらを手伝っていたらしい。むっとしてイーサンは「どっちがだよ。自分らのことしか考えてないくせに――」と、部屋を出ていこうとした。が。
「イーサン! ちゃんと話を聞け!」
珍しく父が声を荒げ、イーサンはびくりと足を止めた。
「父さんも母さんも、いろいろ悩んだんだ。おまえのことも、オレオのこともだ。……考えてみろ、おまえは行くならオレオも当然連れていくべきだと思ったようだが、引っ越し先はマンハッタン、大都会のハイライズアパートメントだ。外にはもちろん出られない、窓だって迂闊に開けられない。窓の外に出たって樹なんか生えてやしないし、屋根にだってあがれないんだ。芝生の上を雀を追って走りまわったりもできない。アスファルトに囲まれたコンクリートの建物の中で、部屋にずっと閉じ込めておくことになるんだぞ!」
アーウィンの剣幕に、イーサンはなにも云い返せずただ立ち尽くした。その場に凍りついてしまったかのようなイーサンに、マデリンが近づき優しく肩に手を置く。
「……そうよ、イーサン。云ったでしょ。私たちだってあなたと同じにオレオのことが可愛いの。……今まで当たり前に外に出て自由に過ごしてきたオレオを、緑も見えない部屋の中に閉じ込めておくなんて、そのほうが可哀想よ。最初から部屋の中でだけ飼ってたならともかく、オレオは外の世界を知っているんだから……。本当に大切に思うなら、オレオの幸せを考えてあげて」
「だから、俺はオレオと残るって――」
「だめだ。マリファナを一緒にやるような友達のいるところに、おまえだけ残していくわけにはいかない」
「……そんなの、どこだって同じだろ。どっちかっていうと、ニューヨークのほうが治安は悪い気がするけど」
「だから父さんや母さんの目の届くところにいろと云ってるんだ。おまえはまだ、自分のしでかすことに責任のとれる歳じゃない。父さんたちには親としての責任がある。家は不動産屋と相談してもう売り出し広告も出しているし、転校の手続きだって始めてる。一緒に行くんだ、イーサン」
もう既に転校の手続きまで! 自分が承諾していないのに、勝手に――イーサンは驚きに見開いた目で父を睨みつけ、忌々しげにその場にあった古い椅子を蹴り倒した。
「ちくしょう、もう好きにしろよ! 俺も好きにする、学校なんか辞めて仕事をみつけてオレオと暮らす! ニューヨークなんか絶対行くもんか!!」
「イーサン!!」
「イーサン、待ちなさい!」
肚の底から叫ぶようにそう云うと、イーサンは自分を呼びとめる声を振り切って駆けだした。