噛み千切られた舌だが、切断からほとんど時間も経っておらず、更に僕の早急かつ適切な処置の甲斐もあって綺麗に接合できた。会話が困難になるような障害が残ることも無いだろう。
「うっ……ぅ」
緊急事態だったので麻酔もなにも与える暇も無かったからか、茜はずっと泣いていた。
その涙は、接合の痛みによるものなのか、それとも……死ぬことすらできなかったことによるものなのか僕には分からなかったが、少なくとも僕を裏切った彼女に涙を流す資格など無いという事だけは確かだ。
「舌はとりあえず接合したが……あまり動かすとちぎれるからね」
接合を終え、僕は茜に言う。
嘆きたいのは僕の方だ。茜に裏切られ、否定された上……その後始末までさせられているのだから。
「……ぅッ……う」
しかし、それに対し茜の返答はない。ただ、僕を無視して静かに涙を流し続けるだけだ。
僕に、目を向けようともしない。
「茜……」
身勝手に裏切っておきながら、身勝手に涙を流す茜の姿を目にする。
途端に僕の中には、言い表せない様な怒りが湧き出し始めていた。
「……なんだ、何を泣いている? 何故、泣いている? 僕を裏切った君が……何度、僕を騙し、裏切り、否定すれば気が済む? どれだけ僕を辱めれば……ッ!」
僕は茜に対し、本気で向き合い、愛していた。けれど、茜は違った。そんな僕の想いを欺き、踏みにじった。
そんな事実に、僕は自身でも驚くくらいに怒りを感じ、露にしていた。
「ごめ……ん……な、さ」
接合されたばかりの舌を、歪に蠢かせて茜はようやく一言を発する。
うまく発音できない中、茜は謝罪の言葉を発した。中身の無い、空っぽな言葉だという事は明白だ。
「思ってもいない事を軽々しく……何度も何度も!」
髪を鷲掴みにし、僕は茜を怒鳴りつける。
茜の裏切りと否定……それは僕の怒りを煽り、理性を麻痺させるには十分すぎる要因であった。
「……ご、め」
それに対し、茜は謝罪の言葉しか口にしない。
決死の覚悟で自らの舌を噛み切った、それでも死ねなかった。
死の自由すら失われた茜の心は、崩壊しかけていた。
だが……まだ足りない。まだ茜の心を破壊しきったとは言えない。
茜自身が、裏切りと言う手段で僕に教えてくれたのだ。
人の心を完全に破壊するには、今まで程度の痛みと恐怖ではまるで不足しているのだと。
だからこそ、僕は更なる痛みと恐怖で茜の心を蹂躙し、破壊しなければならない。
「もう良い。こうなってしまった事の原因は分かっている。この程度で君を従え、支配した気になっていた僕にも落ち度はある。足りない、足りなかったんだ……何もかも」
もう中身の無い謝罪など求めていない。僕が求めているのは、ただ一つ。従順で穢れの無い聖処女・茜。
そして、それを実現するための手段を全て用いて、茜を造り替える事だけを僕は考えればいい。
「痛みが足りないから、苦痛が足りないから……恐怖が薄れる。恐怖が薄れるから……僕に逆らい、否定し、裏切ろうだなんて考えが浮かぶ。愚かな君には、まだ足りなかったんだ……何もかもが」
そして、どのような手段でも茜の為ならば全て用いる。
何故なら、それが茜という素材を活かして理想の聖処女を創造する為には不可欠なのだから。
「だって、そうだろう。僕を裏切り、否定すればどうなるかくらい、今までの仕打ちから容易に想像できるはずだ。想像できたはずだ。けれど……君は、それでも僕を否定した。つまり……茜、君は僕を卑下し、馬鹿にし、舐めているんだろう? こんな状況下でも、僕を!」
きっと、茜に僕の言葉も想いも届いてなどいない。放っておけばまた確実に同じことを繰り返し、僕を失望させる。
しかし、対照的に目の前の茜は涙でぐしゃぐしゃになりながら首を横へ振る。そんな事はしない、二度としないと目で必死に訴えかけるが、もう僕は茜を信じることなどできない。
「……たす……け」
「ああ、救うとも。救ってみせる。君を汚し、惑わすこの下らない現実から。そして、行こう。僕と……二人だけの世界に。だから……その日の為に、僕は君を正しい姿へと造り替えなければならない」
そう、全ては茜を適切な姿に造り替え、理想の姿のまま理想の世界へ連れて行く事。
「ひっ……」
その為には、どんな手段でも……どんな痛み、恐怖でも……茜に与えてみせる。
茜は、僕の手に握られた鉄製のペンチを目にし、表情を固める。
無骨で、温度の無い巨大な鉄の塊。それは茜の恐怖を駆り立てる。
二度と、茜が僕に対して過ちを犯さないようにする為の道具。
「だから、これはその為に必要な工程なんだ。二度と同じ過ちを起こさないよう……全て抜き取ってしまおう。君の舌を噛み千切った……歯を」
余分だと判断されれば、全て排除する。そして、その排除の中で生じる痛み、恐怖を身体に覚え込ませる事で、茜の心を破壊する。
そして、新たに無から造り出すのだ。僕の望む、理想の茜が持つ心を。