それから、更に二日が経過した。茜にはあれから流動食はおろか、水すら与えていない。
だが、茜はそれでも僕に助けを請わず、ただ虚ろな目で虚空を見つめたままだった。
「……」
言葉も発せず、泣きも喚きもしない。それ程の力すら最早、茜には残っていなかったのだ。
もう、身体はとっくに限界を迎えていた筈だった。しかし、茜は最後に残った意地で僕の助けを拒み続けた。つまらない、無駄な事だというのに。
「茜、もういいだろう。これ以上、意地を張っても無駄だと思い知ったはずだ。何も変わらない……何も変えられないんだ」
茜自身も、既に無駄な抵抗だと分かっているはずだ。このつまらない意地は、自身の苦しみと不幸を増長させているだけなのだと。
だが、それでも茜は僕を頼ろうとはしなかった。
「黙っていないで、いい加減に口を開け。そして、口にしろ。分かるだろう? 僕の望む言葉が」
茜の髪を掴み、僕は強い口調で言う。しかし、茜は目の焦点すら合わせない。
「……」
人間は弱い生き物だ。いくら強い気持ちを持っていても、身体の限界、苦痛には抗えない。
生身の身体を持つ茜も、例外ではない。やがては僕を求めなければ生きる事すらできない。
「……みず……」
しかしその時、とうとうしゃがれ切った声で茜が僕に懇願した。
あの茜が、僕を頼ったのだ。僕に弱みを見せ、助けを求めてきたのだ。
「欲しいか? 冷たい水で、喉を潤したいか?」
茜の頰を撫でながら意地悪く問う。
「お、ね……がぃ……」
それに対し、限界を超えた茜は必死に僕へ懇願する。大嫌いな筈の、僕へ。
僕の広角は自然に吊り上がった。
「ああ、仕方がない。君は一人じゃ何も出来ない出来損ないだ。だから、僕がいなければ生きる事すら出来ない、違うか?」
それに対し、僕は更に畳み掛ける。
そして、僕は茜の言葉を待つ。
「いき……れ、ません」
「だろう? ならば、理解しろ。茜、君は……僕の所有物。生かすも殺すも……僕の気まぐれだという事を」
僕の言葉に、茜は壊れた人間の様に何度も首を縦に振る。
いくら意地を張ろうが、人間などこんなものだ。苦痛に弱く、常に快楽を求める。
「はや……く……お、ね」
最早、茜は餌を求める低俗な家畜と同様だった。数日前までは僕を口汚く罵っていた気丈な女が、この様だ。
そして、人間など所詮その程度のくだらない生き物だと改めて確信する。だからこそ、僕の手で茜をただの人間から更に高尚な存在へと昇華させなければならないとも強く思う。
「ふん、卑しい女だ。だが、そんな君も僕は愛し、生かそう」
「……あり、が……とぅ……」
僕の言葉に、茜は薄っすらと笑みを浮かべた。あの茜が、僕に対してだ。そのか事実を体感するだけで僕は限りなく大きな興奮を覚える。
それと同時に、人間の低俗さも思い知る。
人間など、手段を選ばなければこうも簡単に支配できるのだ。なんて下らない、弱い存在だろう。
「今、冷蔵庫から持ってきてやる。だから……大人しく待っているんだ、いいね?」
人間など、所詮は低俗で単純な生き物なのだ。
だから、そんなものは簡単に支配できる、従える事ができるとも思い込んでいたのだ。
……この時までは。
……そして、僕はこの時、気付いていなかったのだ。
茜の芯は、まだ壊れてなどいなかったという事を。
そして、既に茜の罠に僕はまんまと嵌められているという事にも。