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第22話 苦痛と快楽

 身体の自由は奪った。しかし、茜の心の自由までも支配するには、現状の施しのみではまるで不十分であった。


 四肢の改造から二日間、茜は流動食すら吐き戻し、水の一滴も受け付けようとはしなかった。

「茜、喉は乾かないか?」

 僕の声に、茜は反応すら示さず、ただ虚ろな目で虚空を眺めている。

 廃人の様な姿で椅子に縛り付けられているその姿は、単なる屍か魂の無い人形の様だった。

 だが、僕が欲しいのは魂の無い屍では無い。


 僕が欲しいのは、魂の宿った、温度のある肉の美しい肉人形……穢れの無い『理想の聖処女』だ。


 今の感情が欠落した茜では、まるで理想に近いとは言えない。

「もう楽になれ茜。君が僕を必要とするなら、十分な食事も水分も与える。それだけじゃない、入浴や排泄だって毎日保証する。それに、いずれは我慢の限界が来るんだ、こんな事は全て無駄なんだ茜」

 茜は恐らく、僕を受け入れ、頼りたくない一心で食事、水、入浴、排泄の全てを拒んでいる。何もかも、僕の助けがなければ実行すらできないという事実を認めたくないが為に、抵抗している。

 だが、それは無駄な努力だ。生身の人間であればいつかは身体の限界が来る。その時、茜は嫌でも僕を頼るしかないのだから。


「……して」

 その時、血が乾ききった茜の唇が、微かに動いた。

 しかし、発せられた言葉はひどく掠れ、僕の耳まで明確には届かない。

「ころ、して……もう」

 乾ききった喉を酷使し、茜はなもう一度、僕に向かって声を発する。

 殺してくれ、そう哀願しているのだ茜は。

 だが、僕は当然、そんな言葉に耳を傾けるつもりは無い。

「馬鹿か君は……君を殺してしまったら、僕の計画は丸潰れ。君の頼みでもそれだけは聞けないね、そのくらい分かるだろう?」

 僕にとって、茜がどれほど重要な存在かを彼女はまだ理解していない。

 茜の命は、既に茜だけのものではないのだ。僕のものでもあるのだ。僕の所有物なのだ。

「……君が死を許される時、それは君が自身の美を否定し、美を捨てた時。つまり、僕にとっての価値が無くなった時だけだ……まぁ、そもそもそんな事は僕がさせないけれどね」

 茜が死を許される時、それは茜の価値が僕の中で消失した時。そうなれば、僕は茜を躊躇無く殺すかもしれない。

 だが、それは茜の美を保全するという僕自身の役目を果たせなかったという事。茜の価値が消失した時、それは僕自身の生きる意味が消失するのと等しいのだ。


 そんな事、僕が許さない。


「お願い……もう、生きていても……仕方ないの……こんな身体……」

「何度も言わせるな。君は僕の下で生きる以外の道は無い。君は……僕だけの聖処女になる、そういう運命なのだから」

 茜の生死を、茜が判断するのではない。僕が、全てを判断し、支配する。

 僕が望む限り、茜にはどんな姿になろうとも生き長らえてもらう、絶対に。


「……殺して……ッ、殺してよぉ……」

 茜は子供の様に泣き叫ぶ。

 最早、自身の力では現状を打破する事は不可能であると、ようやく思い知ったのだ。

「苦しいだろう、辛いだろう。だが、僕を受け入れればその苦痛からも解放される。さぁ……茜、僕を……」

 受け入れろ。全ての苦しみから解放してやる。


 そして、新たな快楽を与えよう。

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