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第20話 破壊と想像

 手術台から転げ落ち、床に這いつくばる茜。

 必死に四肢を動かそうとしても、人形のそれはギシギシと虚しく球関節を軋ませるだけ。茜がどうあがこうとも、切断面から先の人工的な四肢を自由に操る事は永遠に叶わない。


 しかし、その事実を認めようとしない茜は無様に、虚しく身体を蠢かせる。その姿は、ひどく哀れだ。

「茜、これが現実なんだ。今……僕の目の前で、床に這いつくばっているその姿こそが、現実の君なんだ」

「っく……ぅ! ぅ……」

 涙を流し、泣き声を噛み殺しながら茜は僕を憎悪の目で睨み付ける。

 まるで地面を這う芋虫の様に蠢く茜だが、その手が僕に届くことは永遠に無い。所詮、芋虫は空を飛ぶ蝶に触れる事さえできないのだ。

 僕をその手で殴る事も、その足で僕の元から逃げ出す事も二度と叶わない。そう、茜は……ひどく無力で、弱々しい存在となったのだ。

「随分と、弱々しくなったものだ……あの茜が」

 あの高根の花だと思っていた茜が、今はこの僕の手で四肢を奪われ、芋虫の如く無様に床を這いずっている。その事実を何度も心の中で再確認するたびに僕は興奮を抑えきれない。

 この僕が、茜の人生に干渉し、そして侵食し、支配を始めているのだと。


「まぁ、信じられないのも無理はない。つい数日前まで、君は自由に歩き走り回れる何不自由無い健康な四肢を持っていた。それが……突然、僕の手で奪われてしまった。こんなにも簡単に」

 だが、これも全て茜の為。新たな茜を造り出すための前段階だという事を茜には知ってもらわなければならない。

 新しいものを生み出すには、まず古いものを壊さなければならない。

 つまり、今の不完全な茜の身も心も破壊した上で、新たな茜を再構成する。四肢を切断し、そして新たに美しく歪みの無い芸術的な手足を茜に与えたのも、その理論の則って行われた正当な進化の為の試みなのだ。


「……っ!」

 茜はどうやら未だ僕の言葉を理解できていないようだが、それでも構わない。

 いつか、茜も思い知る事だろう。僕の手で、人智を超えた存在へと昇華したその時……僕の真理を。

「だが、そんなものは君にも僕にも必要ない。だから、君はその姿になった。ここで君は永遠に座しているだけで良いのだから。そして、僕に幸福を与え続けてくれるだけで、君の存在理由は消えることは無い。君は僕の為に、そして僕は君の為に生きる。このガレージの中の世界ではこれは絶対の真理なんだ」

 余分なものは排除し、壊し、そして新たなものを与え進化へ導く。これこそが僕の行動理念。


 その理念の下、僕は茜という美を更に高尚な存在へと導く為ならば、いくら残酷で凄惨な手段でも容赦なく用いるだろう。

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