「一体……何があったんだ」
翌朝、私の姿を見て夫は愕然とした。身体中は傷だらけで、至るとことに暴行の痕を残した妻の姿を目の当たりにすれば無理もない。
「昨日、公民館から帰る途中に……足を滑らせたの。すぐに診療所に向かって、応急処置はしたけれど……けれど」
「……っ!」
お腹を何度も摩る私の姿に、夫はようやく察したようだ。
お腹の子供が、死んだ……いや、殺された。
目を覚ました時には床一面が血の海だった。そして、その血は私の腹の中から溢れ出ていることに気付き、絶望した。
診療所の設備で安否を確認したが、お腹の子は子宮の中で原型が無いくらいに潰されていた。
「……その、残念……だったね」
夫の言葉は、ただそれだけだった。悲しそうな表情だけ浮かべて、内心では何とも思っていないことが、私には分かった。
「それだけ? あなたにとって、お腹の子はその程度の存在だったの?!」
夫は目を逸らすだけで答えてくれない。
機能の神社の本殿で、真理亜を抱く夫の姿が思い浮かぶ。
そして、私は察する。夫にとって子が流産したことなど大した問題では無い。
だって、夫には別の相手が……真理亜が、夫の子を産んでくれるんだもの。
「階段から落ちて、血がいっぱい出たの……きっと、お腹の中でぐちゃぐちゃに潰れた。痛くて、苦しい思いさせちゃった」
「少し落ち着け……」
「落ち着いてなんていられない! 昨日、神社の本殿でしていた事……知っているんだよ?! 全部……」
私の言葉に、夫は表情を一変させる。
本来は真理亜様以外の女性は立ち入りを許されない儀式。目撃されているとは思わなかったのかもしれない。
「……すまない」
「なにが神聖な儀式よ! 皆、若い女の子を抱きたいって汚い欲望を満たしたいだけ! 汚らわしい!」
夫の頬を、私は思い切り殴りつける。
「……秋乃」
「こんな村……来なければ良かった……」
私は絶望の中、その場で泣き崩れた。
お腹が痛む、それは暴行のせいなのか、流産のせいなのか、私にはもう分からなかった。
「約束する! もう二度とあの儀には参加しない! 僕にとって、君が一番だから! だから、だから……」
「もう遅い、遅いの……もう、お腹の子は……」
ゆっくりと泣き崩れる私を、夫はぎゅっと強く抱きしめた。
それから私は火村家に戻り、療養することとなった。
しばらくは夫が一人で診療所での仕事をこなす事となったが、顔を合わせる機会が減る分、私としては助かった。
もう、夫の顔を見たいとすら思わない。私の知る夫は、もういないのだから。
火村家に戻っても、眠ることなどできなかった。目を閉じれば『子宝の儀』の光景が蘇る。
そして……私のお腹の中で、私の子は殺された現実が、再び頭の中に浮かび上がってくる。
「うぅ……ごめん、ごめんね……」
まだ名前も無い我が子を成す術もなく殺された。母親失格だ。
あの男たちへの憎しみ以上に、我が子を守れなかった自分の不甲斐なさに怒りを覚えていた。
「痛かったよね、苦しかったよね……守れなくて、ごめんね。弱いお母さんで、ごめんね……」
私は布団の中で、今は亡き我が子へ何度も何度も謝り続けた。
夕方、布団で泣き続ける私の部屋に、慌ただしく真理亜がやってきた。
「秋乃様……っ、体調を崩されたというのは本当なのですか?」
「真理亜様……外に出られても大丈夫なのですか……?」
「心配ありません、今日は体調も良いですし……それに、秋乃様が心配で居ても立ってもいられなくて……」
昨日と変わらず、真理亜は車椅子を社務所の男に押されていた。
真理亜の口ぶりから、既に彼女は『私の悲劇』について聞かされているようだった。
恐らく、夫かお母様辺りが既に垂れ込み、村中で噂になっている頃だろう。
「真理亜様、私は大丈夫です……けれど、お腹の子は」
「そう、ですか……」
真理亜は悲しそうに目を伏せ、そう呟いた。
昨晩、夫と肌を重ねていた時の艶やかな表情と比べると、同一人物だとは思えない。
憎かった。夫を私から奪ったこの少女が、たまらなく憎かった。
「真理亜様、その……」
私は昨晩の儀について聞こうと口を開いたが、躊躇う。
しかしその時、真理亜が背後に控える社務所の男に対し、手を挙げる。
「源氏、秋乃様と二人きりにして。お話しておきたいことがあるの」
「しかし……」
「女同士でないと話しづらい事もあるでしょう。ですから……」
源氏と呼ばれた男は躊躇ったようだったが、頭を一度下げてから部屋を出た。