翌日、笛吹 静子は死体となって発見された。
自宅で、一人で夜通し針の山を飲み込み続け、最終的には喉は裂けてそこから夥しい量の血液を垂れ流しながら絶命していたという。
普段、滅多に人など寄り付かない笛吹の家には、朝から村中の人間が群れていた。工藤 源氏の件に続く怪事件。村人たちの動揺は明らかだった。
「これは、殺人なんか。事件なんか」
「分かりませんが……明らかに異常なのは確かです。脅されてやったにしろ、自殺にしろ、わざわざこんな異常な手段を選ぶ意味が分からない。普通の人間に、こんな狂った真似ができるはずがない」
「じゃあ、なんだ!? 笛吹さんはなんで針なんか飲み込んで、死んだ?!」
駐在を村人たちが囲む。こんな田舎の駐在に理解できるはずがない。
これは、祟りに見せかけた私の復讐なのだ。
私は村人たちが群れている姿を確認し、ゆっくりと笛吹の家の屋根上に上り始めた。
村に告げるのだ、私の復讐……『鈴音三十人殺し』の再来を。
「おい、あれ!」
村人の一人が私の姿に気付き、声を上げる。
屋根上の私に村人たちの視線が一斉に注がれる。喧騒が止み、途端に沈黙に包まれる。
まるで、私の言葉を待望しているかのようだ。
「……皆さま、これは祟りです。敗戦から復興しようともせず、ただ時の流れに身を任せ続け、怠けるだけの村人達に鈴音様は大変お怒りです。自分が殺された日から、この村は何も変わっていないと」
私の言葉に、数秒間の沈黙が続く。村人たちは揃いも揃って茫然と呆けた顔をしていた。
私の頓狂な言葉に彼らは言葉を返す事が出来なかったのだ。
「ふざけるな! 裏切者が何を!」
すると、一人の初老の男が屋根に向かって叫び声を上げる。
それに続き、周りの村人たちも罵詈雑言を私に投げかけてくる。
私はその光景に対し、諦めの意味でのため息をつき、抱いていた人形を頭上の上にまで抱え上げる。
「この骨人形こそ、鈴音様がこの村にいらっしゃる証。長年の罪滅ぼしの末に一度は村を許した鈴音様も、今の村の体たらくに怒り、こうして再び村に戻られました」
村人を見下すように抱え上げられた人形。さっきまで感情をむき出しにしていた村人たちも、その人形の魔力に魅入られたかのように押し黙ってしまった。
「鈴音様は村人たちの腐り切った心によってこの村が掃き溜めと化すことを危惧しておられます。あなた方がそれに気づくまで、凄惨な祟りはこれからも続きます」
その日の夜中、私は賢を呼び出した。
「笛吹のおばさん、どうやって殺したんだ」
開口一番、賢は私に動揺した様子で私に尋ねた。そんな賢とは対照的に私は笑顔で答えた。
「息子の骨を腹に入れれば、自身の肉体に息子の魂が宿るって話をしてね。あ、これは誤催眠じゃなくて私の話術ね。こんな話でも、骨人形が目の前にあったらこの村の人間は鈴音様との因果を疑うしかない」
別に彼女に恨みがあったわけじゃない。けれど、彼女の死によって村全体が怯え、狼狽える姿を思い浮かべると笑いが止まらない。
私にとって笛吹の価値など、その程度のものなのだ。
「そして、『針の山』を息子の骨の欠片だと『誤催眠』させて、それを飲ませた。血反吐と涙を流しながら、笛吹さん必死になって針を喉に押し込むの。息子の痛みはこんなもんじゃなかったてね、あはは」
賢の表情は固まっていたけど、賢もきっと嬉しいはずなんだ。この村が、少しずつでも崩れていって、やがて滅ぶ。
雪のため? 違う、私のために。
「賢。次の獲物は決まってるの?」
黙り込んでいる賢に尋ねる。
それに反応して、賢は用意していたかのように口を開く。
「伏見 多恵。元々は看護師だったが、終戦と共に辞職。今は結婚して主婦をしている。ああ、それとお腹に子供がいるみたいなんだ」
「なぜその女なの?」
賢の表情は変わらず、淡々に言葉を吐き出す機械のようだった。
「ああ、伏見さん……実はな」