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第5話 幼い少女の死

 俺にとって、今日は心機一転、生まれ変わったように気分の良い朝だった。

 だが、そんな中、鶴はいつまで経っても待ち合わせ場所にやってこなかった。

もう随分と待った。下手をしたら遅刻をする可能性も出てきた。

「全く、何やってんだあいつ……今日から心機一転、切り替えていこうって決めたばっかなのによ~」

 俺が苛立ちながら待っていると、ようやく向こう側の砂利道から鶴がものすごい形相で走ってくる。

「おい、遅刻だぞ! 寝坊なんかしてる……」

 場合じゃない、と怒鳴りつけるつもりだった。

 けれど、鶴の姿を見て口が止まる。何故なら、鶴は制服は着ていたが靴は履いておらず、血だらけの素足を晒しながら、俺の前に立っていたからだ。

「はァ……あ……はぁ」

「おい……顔真っ青だぞ……それにその足」

 鶴の足は砂利道で石を踏みつけたのか、血が流れていた。顔色も悪いし、何よりその息遣いを見ればまともな状態でないのは明白だった。

 だが、鶴はそんなものを気にするような素振りも無い。

「いない……いないの……いな、い」

「はぁ? お前一回落ち着けって。何がどうしたんだ」

「雪が……朝になったら、いなくなってて!」

 鶴は俺に縋りつきながら、泣き叫んだ。

 彼女のそんな表情を俺は初めて見た。

「雪ちゃんが?」

「朝起きたら、もう布団にいなくて……昨日、寝るときには確かにいたはずなのに……」

 鶴の声はもはや悲鳴に近かった。

「行きそうな場所に、心当たりはないのか? 例えば……」

 その時、雪が昨日、家を抜け出した時……帰り道で鈴音神社にお参りしたがって暴れている雪ちゃんの姿が思い浮かんだ。

「もしかして……鈴音神社じゃないか? 昨日、帰り道にお参りしたがってただろ」

「昨日の夜中か早朝に?」

「あり得ない話じゃないと思うぞ。雪ちゃんの執念は本物だった」

 雪ちゃんは本気でお参りをしたくてたまらない、という様子だった。

 一分一秒でも学校に行きたい……そんな思いが、彼女を鈴音神社へ向かわせたのではないか。

「だとしたら……私が昨日、素直に神社に寄らせてあげてれば、こんなことには」

 鶴は頭を抱えながらその場にしゃがみこんでしまう。鶴はしっかり者に見えて案外脆いところがある。

 特に唯一の肉親となった妹の事となれば、尚更だ。

「馬鹿、お前のせいじゃないって。それに、鈴音神社なら……安全だ」

「どうして、そんな事が分かるの?」

 俺の言葉に、鶴は縋るような表情で詰め寄ってくる。

「昨日の夜からうちの爺さんと妹が神社に出かけてるんだよ。夜通し神社を掃除して穢れを払うとか言ってな。もし雪ちゃんが神社に行ったなら、確実にその二人と会ってるはずだ」

 静は爺さんに付き合わされているだけだが、雪ちゃんが神社に来たとなればお互い大はしゃぎで一緒になって清掃に励む……とも考えられる。

 確証はないが、俺の中ではそういった筋書きが描けた。

「けど……」

「とにかく、行ってみれば分かるだろ! 少なくともうちの妹と爺さんは残ってるはずだ!」

 恐らくまだ神社に二人は残っているはずだ。とにかく昨晩のうちに鈴音神社に雪ちゃんが来たか、それだけは二人に聞けばはっきりとする。

「わ、わぁ! ちょっと賢!?」

 俺は強引に鶴をおぶって、鈴音神社に向けて走り出した。


 鶴をおぶってはいたが、数分で鈴音神社にまでたどり着くことができた。

 だが、その周辺は不気味と言っていいほどの静寂に包まれていた。

「誰も、いないな……」

「もう帰ったのかな……明るくなったし」

 辺りには俺たちが砂利を踏む音だけが満ちる。

 爺さんと静ももう帰ったのか。だが、仮に雪ちゃんと一緒だったなら、帰る時も一緒のはず。単に入れ違いになった可能性もある。

「とりあえず、俺はもう少し探してみる。お前は……とりあえず足を洗って来い。その足じゃ人を探すには無理があるだろ」

「うん……」

 鶴の足を案じてとりあえず井戸で足を洗ってくるように言う。

「一人で歩けるか?」

「大丈夫……一人で大丈夫だから。井戸、あっちだよね」

「ああ、そこの突き当りを右だ。ここで待ってるから」

 鶴は弱々しく笑うと、一人井戸の方へふらふらとした足取りで進んでいった。

 足の痛みではない。鶴は、妹の消えた責任を一身に背負っているようだった。


 しかし、鶴はなかなか戻ってこなかった。

 足を洗うのにこんなに時間がかかるわけがない。まさか、足を滑らせて井戸に落ちたのか。

 考えづらいが、その可能性もゼロではない。俺はすぐに井戸へと向かった。

「……どうした」

 鶴はいた。井戸の前で、金縛りにでもあったかのように直立不動の状態。

 俺が後ろから近づいても、振り返るよう様子すらない。

「……鶴、鶴? どうしたんだよ、ぼおっとして……足が痛むのか」

「ぁ……」

 鶴は視線を足元に置いたまま、声にもならない喘ぎを漏らしていた。

 一体何だというんだ、俺は背後から鶴の方に手を置きながら声を掛ける。

「おい、だからどうしたんだって」

 俺の呼びかけにも、鶴は答えない。触れて気付いたが、微かに肩が震えていた。おや、痙攣しているという表現の方が正しいかもしれない。

 ただ目を見開いて、足元に転がる……二つの『モノ』を茫然と眺めるだけ。魂でも抜かれたように、ただその場に立ち尽くしているのだ。

「洗ったなら足拭い……」

 鶴の足元に水たまりができていた。俺はそれを鶴が足の傷口を洗った際の水が滴ってできたものだと思っていた。

 だが、その水の筋は鶴の足、太もも……さらに辿ると、スカートの中から滴っていることが分かった。目の前の光景を受け入れられず、鶴は失禁していたのだ。

 鶴の視線をなぞり、井戸の脇に目線をやる。そこには、『モノ』が置かれていたのだ。目を見開いたまま固まった表情のそれと、視線がぶつかる。


 そこには、俺たちの妹、雪と静の無残に切り落とされた首が、置かれていたのだ。


 朝から村中騒然となった。神社の敷地内から幼い子供二人の首が発見されたのだから、無理もない。神社には多くの人が集まり、現場周辺は混沌としていた。

 だが、その騒ぎもしばらくすると鎮火し、話題は直ぐに切り替わった。村の中で起こったこの事件をいかに表に出さず、穏便に、隠ぺいできるかと言う話にだ。

 村の権威がどうだとか、他所に恥は晒せないだとか、村の誇りを傷つける事だけは避けなければならないというのが村人たちの総意のようだった。

「この村から人殺しが出たなんて、この村の権威は地に落ちる。それに、事件が発覚すれば外部から多くの余所者が土足で我々の地を踏み荒らす事にもなるぞ」

「しかも子殺しだなんて、鬼畜の所業。そして、世間はその鬼畜と同じ地で育ち、生きてきた我々までも否定し、非難することだろう」

 村の老人たちが集まり、いかに事件を表に出さないかを議論していた。

 結論が出るのにそう時間はかからなかった。そして、とうとうこの事件は外部の警察には届け出ないという結論に至った。村の駐在の警察官も、村人たちの総意に丸め込まれたのか、事故と言う形で内密に処理するという形で同意した。

「では、遺体は村の内部で処分しておきます。ええ、遺体が無ければどう死んだかなんて分かりっこありませんから。お願いしますよ」

 村人が駐在に頭を何度も下げながら、念を押す。

 そして、自身の妹の首を抱きかかえ立ち尽くす鶴の元へ、村人たちがじりじりと詰め寄る。

「事故って……殺されたんですよ、首を切り落とされて! こんな幼い子たちが……それを、こんな簡単に、事故で片付けるなんて!」

 鶴が自らの妹の首を抱えながら、泣き叫ぶ。その光景はこの世のものとは思えないほど残酷だった。

 俺といえば静の首を直視することすらできず、胃の内容物を全てぶちまけて今ようやく落ち着きを取り戻した。

 静の首は今は俺の横で、白い布を被せて傍に置いている。

「まぁ、この辺は山々に囲まれてる。野犬や熊に襲われたって、不思議じゃないよなぁ」

 村人の一人が鶴を言いくるめるため、わざとらしく山々の方を指差す。

 そんな馬鹿な話があるか。生首は確実に動物などではなく刃物で切断されたものだと一目でわかる。

 外部の警察が捜査すればそんなことはすぐに明白になる。皆、それを知っているからこそ、適当な理由を付けてこの村の内部でこの事件自体を隠ぺいしようというのだ。

「そんな……それは、私たち白羽家が裏切者だから捜査しないんですか?!」

 鶴は喉が裂けるんじゃないかというくらいに大きな声で叫ぶ。

「言いがかりは困る! 亡くなったのはあんたの所の妹だけじゃないだろう!」

 それに対し、老人が負けずと言い返す。

 皆が俺と、その隣に置かれた静の首を見る。何故殺されたのか? どのように殺されたのか? そんなことはこの村においては重要ではない。

 重要なのは、殺人と言う事柄をどのように『無かった』事にするかだ。

「……家柄なんて関係ないよ。こいつらは、ただ自分たちが人殺しと同じ地で生まれ育ったという事実が表に出て、後ろ指をさされることに怯えているだけだ」

 俺は自分でも驚くほどに冷静だった。

 怒り、憎しみ……そんな感情より先に何かがこみ上げてくる。それは、涙だった。

「……駐在さん、もし、犯人を見つけても……これは事故って事で片付けるんですか?」

 俺は涙ながらに訴える。だが、駐在はバツが悪そうに目を背ける。

 その瞬間、俺の中で何かが音を立てて崩れた。感情の抑止が、一斉に崩れ去ったのだ。

「……俺は最後に二人といた人間を知っている! その男なら何か重要な手がかりを握っているはずなんだ! それでもあんたは、これを事故で片づけるのか?!」

 俺は駐在に掴み掛る。だが、駐在は表情を変えず、ただ糸の切れた人形の様に脱力している。

「そうは言われても……証拠がなければ」

「証拠なんて俺がいくらでも見つけ出してやる! いいか、よく聞け! 俺は必ず犯人を見つけ出す! そして、俺がこの手で」

 殺してやる、そう叫ぶつもりだった。

 だが、俺の口からその言葉が出る前に、それを遮った人物がいた。

「そんな必要はないぞ、賢」

 戸惑う群衆の中からその男は現れた。

 その表情は清々しく、何かをやり遂げた後のような満足げな表情とも捉えられた。

 その男は、俺の祖父である工藤 源氏であった。

「……あんた、あんた今まで何してたんだよ! あんたがフラフラほっつき歩いてる間に、静……静はなぁ!」

 祖父の胸倉を掴み、俺は怒鳴りつける。

 だが祖父は怯むどころか、目線すらこちらに向けない。

「おい、何とか言ったら!」

 その時、何か重いものが祖父の手から地面に落ちる音がした。鈍い、金属と砂利が重なる音。

 足元を見る。そこには、血に汚れた鉈があった。

「は……? なんだよ、これ。おい、爺さん……何の冗談だよ」

「賢、もう一度言ってやる。犯人を捜す必要も、証拠を見つける必要もない。何故なら、そんなことをせずとも一目瞭然じゃないか……」

 すると、祖父は着物の帯を緩め、着物を徐々に脱ぎ捨てていく。

 露になる老人の醜い、やせ細った身体。そしてその身体の所々は赤黒い液体で夥しく汚されていた。

「この儂、工藤 源氏こそが白羽 雪と工藤 静を殺した張本人であると!」

 村人たちの目線が一斉に祖父、工藤 源氏の方へ向けられ、一部からは悲鳴が聞こえた。

 この瞬間、誰もが確信した。この男が、殺したのだ。

「く、工藤さん……本当なのか」」

 目の焦点の合わない祖父。その祖父に対して近くの老人が恐る恐る問う。

「本当さ、狭山さん。昨日、神社で孫とその友人の娘の首を……この手で」

 ニッと薄気味の悪い笑顔を浮かべ、返答する。

 祖父の姿に村人たちは腰を抜かす。血に濡れた祖父は、本当に屍のようだった。

 俺はその光景を前にし、黙って立っていられずに腐りかけた屍のような老人を思い切り殴りつけ、そのまま馬乗りになる。

「この……この! 糞ジジィがッ!! 殺す、殺してやる!! 今すぐ静と同じ目に遭わせて殺してやる!」

 俺の言葉に、村人は反応しない。

 皆俯き、目の前の光景を直視しないようにしている。もちろん祖父も俺と目を合わせることは無い。

「静は……最後の最後まであんたみたいなボケ老人のいう事を信じてた……信じてたんだよ……なのに、なのに……なんで殺した?! なんで、孫の静を?!」

 虚ろな眼をした祖父の頭を激しく揺さぶりながら俺は問う。

 すると、祖父の瞳に生気が戻り、乾ききった唇が微かに動く。

「この村が、首祀りの儀を取りやめてから……もう何年だ? 正確には分からんがこれだけは覚えておるわ、首を捧げなくなってからしばらくして、日本は戦争を始めた。この村からも徴兵で多くの若者が戦場に駆り出され、そして死んだ」

 その言葉には何の感情を感じられなかった。ただ、自身が軍人だった頃の記憶を朗読しているような、そんな印象だった。

「そして、それでも儂らは首を鈴音様に捧げなかった。するとどうだ? 日本は戦争に負けた。多くの死を引き換えにしても、日本は負けた。首を欲する鈴音様の御意思を無視した末路が、これじゃ。だからこそ、この負の連鎖を断ち切るため、儂は娘二人の首を捧げた」

 この男は完全に狂っていた。過去と現代、妄想と現実の区別すらついていない。

「そんな、そんなくだらない妄想で……二人を殺したのか!?」

 俺は獣の様に吠える。

 それは、肥大化した痴呆症の老人の妄想だった。現代に、そんな馬鹿げた信仰をする人間なんていやしない。

 だが、目の前の老人にはもはや現実と妄想の区別などついていないのだ。そして、自らの罪を罪だと認識することすら、今の祖父には叶わないのだ。

「小娘二人の首で、村を蝕む負の連鎖を断ち切れるのだぞ? 安いものではないか」

 祖父は口元を歪め、狂ったように笑い声を上げた。

 村人たちは沈黙し、俺の脳内には祖父の不快な笑いだけが蔓延していた。

「これで我が国日本は、第三次世界大戦においての勝利は確実となった! そう、鈴音様の御加護がある限り、我ら日本に負けなど無いのだ!」

 辺りに祖父の乾いた笑いだけが響き渡る。

 もうこの男の意識はこの世界に存在していない。この男の心も、魂も妄想の世界へと誘われてしまった。そして、静はそのための踏み台として利用された。

 俺は祖父の身体の上から起き上がり、次は村の駐在に詰め寄り、胸倉を掴む。

「……もう一度聞く。この男を司法に委ね、極刑に処すか。あんたも腐っても警察官だろう。あんたがこの男を正式に司法に委ねるのならそれに従う。だが、それでもなおこの狂った所業を事故だと言うのなら……俺がこの男を殺す」

 俺は本気だった。親族であっても、この男を殺す事に迷いなど無かった。

 この男は親族である前に、人間ではない。獣を殺すのに躊躇など必要ないのだから。

「……失礼ですが……源氏さん、痴呆症ですよね」

「……何?」

 だが駐在の口から発せられた言葉で、俺は思考を停止する。

「だから、痴呆ですよね……それも重度の。そんな老人を、司法に委ねても……意味など最初から無いのですよ。この男にはまるで責任能力がない。そう、人間でなく獣なんです。獣に通じる法など最初から無いのです。あなたはそんな無意味な裁判を起こし、村全体を陥れるというのですか」

 俺に対し、四方八方から村人たちの視線が突き刺さる。

 圧力だ。村の総意に逆らうな、視線がそう俺に訴えていた。

「何……言ってんだ、あんた」 

 この男は実の娘とその友人を惨殺したんだ。裁かれて当然なのだ。なのに、何故この男を誰も責めず、罪を与えようともしない?

 痴呆だから? いや、違う。この村から鬼畜が生まれたという事実を認めようとしないのだ。

「妄想にとりつかれた痴呆症の老人が、誤って孫と、その友人を殺害してしまった……これは、不慮の事故と言ってもいいのではないでしょうか? それに、源治さんはあなたのご家族ですよね。痴呆症の祖父を野放しにしていたあなた方にも責任が生じることとなりますが……」

 駐在はあらかじめ用意していた台詞を羅列するような、温度の無いものだった。

 そして俺と、茫然と立ち尽くす鶴に対して視線を向け、確認するように言った。

「もう一度、お聞きしましょう。事故……不慮の事故、ですよね? あなたの妹さんも、白羽 雪さんも……不幸にも事故でお亡くなりになられました」

 それは提案などではなく、圧力。村の総意を、この駐在の男が代弁していた。

「それでもあなたがこの男を許せず、殺すというのならご勝手にどうぞ。けれど、その時は……あなた自身も祖父と同じ人殺しの鬼畜になり下がるということをお忘れなく」

 駐在はそう吐き捨て、俺と鶴の前から消え失せたのだった。


 昼過ぎには騒ぎは収束し、人も次々と掃けて行った。

 私と賢も、とりあえず一度家に戻ることにした。こんな騒ぎがあって、しばらくは学校も休校になることになった。

 工藤 源氏についてはとりあえず村の診療所に入院……いや、事実上の監禁をすることで村の意見はまとまったようだ。明確な治療法も無い中、これ以上あの狂った老人を野放しにしておくわけにはいかない。だが、外部の警察に引き渡すわけにもいかない。そのため、村の診療所に縛り付けておく事しか手段が無かったのだろう。


 私は一足先に帰った叔母さんと幸雄さんの待つ家へと帰って来た。

 あれだけの騒ぎだ、この二人が雪の死亡を知らないはずがなかった。

 私が雪の首を抱いて帰宅すると、二人は腰を抜かしそうな勢いだったが、黙って雪と一緒に家の中に入れてくれた。

 私は雪の顔に白い布を被せ、庭の端の死角に寝かせる。そしてそこに線香を焚く。

 こんな庭に雪を野晒しにするのは不本意だったが、叔母が外に出せと喚き散らしたので仕方なかった。

家に戻ると、まずは幸雄さんが私を励ます様な言葉をかけてくれたが、どんな内容は覚えていない。

 叔母は特に声を掛けることも無く、面倒事が増えたと言わんばかりの表情で私を睨み付けるだけだった。

「幸雄さん、お願いがあるんです」

「何だい、言ってごらん。僕にできることなら、協力するよ」

 幸雄さんは他の村人とは違い、唯一親身になって耳を傾けてくれる大人だった。

 他の村人も、幸雄さんのような人ばかりなら……などと夢のような事を考えてしまう。

「雪を……雪を、最後に手厚く葬ってあげたいんです。もちろん、村で大々的にお葬式なんてできないし、そんなことをしたらこの家にもご迷惑をかけてしまう事も分かっています」

「だから、せめて私たちだけでも、妹の死を悲しんであげられたらと思うんです。だから……妹を見送るための機会を、設けていただけませんか」

 これは私にとって、せめてもの責任だと思った。

 妹を守れなかった、無力な姉としてこのくらいの責任は果たさなければならないと。

「分かったよ。この家で、せめて僕たちだけでも雪ちゃんを静かに見送ってあげよう」

 その反面、妹の死を受け入れ、こうして葬儀の事を淡々と考えている自分に寒気がした。

「ちょっと……村に秘密でそんな事、いざという時に責められるのは私たちの家なのよ」

 叔母は葬儀に反対のようだった。

 村での立場を考えれば、葬儀など行うべきではないのだろう。だが、それでも私は、形だけでも妹を送り出してあげたかった。

「家の中で、ささやかに執り行うだけだ。問題ないさ」

 幸雄さんの言葉に、叔母さんは反論しなかった。

「……済まないね、こんな事しかしてあげられなくて」

「いえ……ありがとうございます」

 なんとか幸雄さんの計らいで葬儀は行えそうだ。 

 小さな規模であるけれど、それでいい。雪と最期の別れをするのに規模など関係ない。

 私の自己満足なのだろうが、きっとこれで正しいはずなのだ。

「とりあえず、雪ちゃんの亡骸は預かっておくよ。保存もしっかりとしてあげないと、可哀想だろう?」

 結局、雪の首は布に何重にも包んで家の冷蔵庫に保存することになった。

 叔母さんはすごく嫌な顔をしていたけれど、雪の顔を綺麗に保つためだと説き伏せてなんとか実現させた。

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