事件の起こる丁度一週間前、私……白羽 鶴は妹と共に故郷の鈴音村へと帰省した。
戦時中、田舎ではあったけれど、この鈴音村にも大きな被害が及んだ。規模も小さく、医療設備なども整っていない閉鎖的な村など、一瞬で焼き払われてしまうと思っていた。
少なくとも私の両親はそう考えたらしく、私たち家族は村を捨て、疎開した。村人たちからは激しく非難されたが、生きるためには最善の手段だったと思う。
しかし、戦時中に安全な場所など無かった。どこへ逃げても、この日本の空の下に生きる限りは。
疎開先で私の両親は空襲により焼け死に、私自身もその時に左目を失った。
そして、何の罪もない人々に深い傷を残し、昭和二十年に戦争は終わった。
戦争が終わっても、全てが元通りになるわけではない。失った両親と左目、それが元に戻ることは無い。
だが、私たちは生きねばならない。どんなに辛く、苦しい選択をしてでも。
私は幼い妹と共に生きるため、帰ることを決意した。そう、故郷の……『鈴音村』に。
「久しぶりだなぁ……このボロ橋を渡るのも」
「お姉ちゃん……この橋、落ちないよね」
村と本土を繋ぐ唯一の木橋『鈴音橋』を妹の雪と共に歩く。
腐りかけの木の香りがぷんぷんした。元々丈夫な造りの橋ではなく、昔からこの橋は大勢で渡ってはいけない、と大人たちに強く言われていた。
実際、私たち二人だけが渡っていても橋はぎいぎいと軋んでいる。橋の下には激流の川が流れており、落ちればまず助からないだろう。
「雪はまだ小さかったもんね、橋の事を覚えてないのも無理はないか」
雪は私の裾を掴みながら、静かに橋を進む。
「けど、もう着くからね。私たちの故郷であり、これからの家がある鈴音村に」
妹を慰めながらもようやく橋を渡り切ると、目の前には懐かしき鈴音村の景色が広がっていた。
決して美しいとは言えない、寂びついた景色。四方を山々に囲まれた閉鎖的な空間。
私の知っている頃に比べても、この村は戦争を経て更にやせ細ってしまったように見える。
景色に加え、村に漂う負の空気感。畑を耕す村人たちを遠目で見ても、その姿からはまるで生気が感じられない。
だが、この村が私たち兄妹の新たな住処なのだ。文句など言っていられない。
「それじゃあ、おばさんのところへあいさつに行こうか。お昼ご飯はそれから」
しかし、雪には悟られないよう、故郷に帰って来たことに感動する姉の演技をする。
こんな錆びれた村でも、これからはここで生きていくのだ。姉として文句なんて雪の前では言えない。
「え~……お腹空いたよ。朝から何も食べてないよ、私たち」
しかし、雪の不満は空腹に向けられていた。
確かに朝から何も口にしていない。だが、まずはこれから世話になる親類の叔母への挨拶が先だ。
「文句言わないの。ほら、口空けて」
妹の腹に文句を言いつつも、私は懐からいつもの『モノ』を取り出し、妹の口にいくつか詰め込んだ。
「……んっ、甘い」
「お昼前だから一粒だけね」
雪は口の中のモノを頬張り、満面の笑みで村へ走り出す。
それを追いかけるため、私は妹への罪悪感を感じながらも走り出す。
私が雪の口に押し込んだ『モノ』は飴でもキャラメルでもなく……ましてや食べ物ですらない。そう、私は妹を欺いているのだ。
けれど、雪はそれを味わい、笑みを溢す。そんな光景に私はいつも心を痛めながらも、やめる事は出来なかった。
真夏の気温の中、私たちは汗で濡れながらもなんとか親戚の叔母の家まで辿り着いた。
「ごめんくださーい!」
玄関に入り、私は家の中へ向かって声を掛ける。
そして、しばらくするとゆっくりとした足取りで一人の中年の女が顔を出した。
「……あんたたちか。上がんな、お昼の準備もしてもらうんだから」
しかし、その表情は侮蔑で覆われていた。
母の姉という関係だけで、私たち二人を半ば強引に押し付けられたのだ。迷惑なのは当然だ。それに加え、彼女自身も戦争で息子を失くしている。
そんな中、私たちのような余所者を受け入れる事を快く思わないのは納得出来るし、置いてもらえるだけでありがたい。
だがそれ以上に、村を捨てた裏切者を自身の家に招き入れる事が彼女からすれば最も不愉快なのだろう。
私たちは直ぐに案内された家の台所に立ち、昼食の準備に参加させられた。
試行錯誤しながら、時には叔母に怒鳴られながらも私たちの新生活はこの瞬間から始まったのである。
結局、昼食が完成したのは午後三時近かった。
大した料理でもないのに時間がかかったのは、私たちが叔母の足を引っ張ったからに違いない。
もちろん叔母の機嫌は悪く、食事中でも口を開くことは無かった。
「……全く、今更になって良く戻って来れたもんだよ。命惜しさに村を捨てておいて」
ようやく口を開いたと思ったら、嫌味だった。
私は箸を止め、目を伏せるが、雪は気にせず箸を口に運んでいる。
「和子、やめないか。姉さんたちはこの子たちを守るために疎開したんだ。そんな言い方をするものじゃない」
叔母の旦那の、幸雄が静かに呟く。
私たちを引き取ることを提案してくれたのも彼だ。恐らくこの村で唯一、私たちの疎開は村への裏切りではなく、生きるための手段だったと理解してくれている。現段階では唯一の味方と言っても良い。
「結局、その疎開先で姉さんもその旦那も死んでしまったじゃない。この娘だって、左目が……なんだい、その気味の悪い色は」
叔母が忌々しそうに私の片目を箸で指差す。
私の宝石のような輝きを放つ、義眼に。
「ああ、これ……これは」
「鶴ちゃん、無理に話すことは無いんだ」
私が左目を失った経緯を話そうとすると、幸雄さんが優しい口調でそれを制止した。
「いえ、私はこの目、綺麗で気に入ってるんです。疎開先で出逢った方がある人形を私に譲ってくれて、その人形から拝借したんです。綺麗な色でしょう? エメラルドって言うらしくて……」
しかし、それに構わず私は片目を失った時の鮮明な状況を説明し始めた。
爆発が起きて、その破片が眼球に突き刺さったこと。その時の痛み、苦しみを含め私は箸を止めて説明をした。
「ああ、その頂いたお人形もとっても可愛いんですよ。古くてちょっと汚れてますけど……ほら」
つい熱の入ってしまった私は、箸を止めて荷物からある人形を引っ張り出してくる。元々はこの人形に入っていた目を、今は私が義眼として拝借しているのだ。
私はこの人形を心底気に入っていた。造形もそうだが、何より生きているかのような存在感がなんとなく頼もしい印象を与えてくれるのだ。
「皆さんも、きっと気に入りますよ」
だが、周囲の反応は私の予測したものとは大きくかけ離れていた。
叔母さんは持っていた箸を落とし、幸雄さんは茶碗を落っことした。
そして、二人とも恐怖に似た様な表情で固まってしまっている。
「鶴ちゃん……それをどこで、誰に」
「え、だから疎開先です。両親を失った私たちを、手厚く看病してくれた宣教師の方がいたんです。その方が私にこの人形を」
「骨人形……」
その時、叔母さんが人形に対して忌々し気に呟いた。
「え?」
「鶴! 食事中にそんな気味の悪いものを見せるんじゃないよ、全く」
最終的には叔母が怒声を上げ、私の生々しいほど鮮明且つ残酷な説明は中断された。
叔母の私への目は確実に変わった。面倒な餓鬼を見る目から、汚物を見るような目に。
だが、何故だろう。二人ともこの人形を見た途端に黙り込んでしまった。まるで、見てはいけない物を見てしまったような。
不思議に思いながらも、その場では私は黙って人形を荷物に戻す事しかできなかった。
翌日、私は学校へと向かう。叔母の言いつけもあって、左目には眼帯をした。私は気に入っているけれど、大半の人間はそうは思わないらしい。気味が悪いと口うるさかったので黙って眼帯を付けたのである。
学生が学校へ向かう。当たり前の事なのだが、そこに雪の姿は無かった。
雪は元々身体が悪く、学校にもほとんど通えた試しがない。
当分の間はあの意地の悪い叔母のいる家に雪を置いていかなければならないことを思うと、私は朝から憂鬱な気分になった。
学校に通うのは久しぶりだ。この村の学校は一つしかなく、ほとんどみんなが顔見知り。
疎開の前には皆が仲良く、楽しく生活していた。戦争さえなければ、きっと今もそんな暮らしが続いていただろう。
まずは職員室へ向かい、担任へ軽い挨拶をする。
だが担任の態度は昨日の祖母と同じような、私を軽蔑するようなものだった。
教師であると同時に彼も村人。村を捨て逃げた私には少しばかりの侮蔑の感情があるのだろう。
この村を去る際にも村人から散々な罵声を浴びせられた。
だが、父と母はそれに黙って背を向け、私たちの手を引き村を去った。
あの時、子供ながら自分たちは禁忌を犯しているのだと実感していた。
実際、私たち家族を蔑む村人は、叔母の様に今でも多いだろう。
無言で私は担任と共に教室へ向かい、そのまま教室へ入る。
教室の中が一瞬で静まる。教室中から私に、一斉に視線が集められる。
それは興味を持っているというのではなく、裏切者に対する明らかな軽蔑の視線だった。
その視線を振り払うかのように、私はすぐに口を開く。
「……えっと、覚えている人もいるかもしれないけど、戦争中に疎開してて……それでやっと故郷のこの村に帰ってくることができました、白羽 鶴です」
私は少し期待していた。しきたりや伝統に捕らわれた村の大人とは違い、純粋な子供たちなら私たちを理解してくれるのではないかと。
しかし、周りからの視線は変わらない。疎開前まではあんなに仲良くしていた子たちが、今は私へ氷のような視線を注いでいるのだ。
「……よく戻ってこれたね」
「裏切者……」
「……恥知らずって感じ」
教室の隅から、消え入りそうな声で言葉が交わされる。
幼いころは共に遊び、学んだ級友たちが、揃って私を罵倒している。
村のしきたりなんて、大人だけが気にしてる下らないものだと思ってた。
けれど、そんなことは無かった。私は……この村の村人たちにとって、裏切者でしかない。
戦争を経て、この村は完全に狂ってしまったのだと私は呆れたという意味でため息をついた。
別に辛くは無い。私は生きるために最善の選択をしたまでだ。両親と同じように。
友人などいなくても生きてはいける。雪に不自由ない生活を送らせることができるならそれでいいではないか。雪も、わざわざ辛い思いをするために学校に通わせる必要もない。
私が学校を卒業して、働くまでの時間をこの村で過ごすだけ。お金が出来れば、すぐにでも妹を連れて家を出る。それまでの辛抱と考えればなにも辛くなどない。
けれど、内心では分かっていた。これは、私の強がりだ。皆に蔑まれて、悲しみを感じない人間などいるだろうか。
けれど、そう思い込むしかない。そうでないと、私は妹を守る前にきっと壊れてしまう。
「鶴……?」
その時、最前列に座る男子生徒が私に小さく声を掛けた。
見覚えのある顔だった。ただ、私の中の記憶に比べて、大人びていた。
その視線は、他の生徒とは明らかに違う……少し照れているようなものだった。
「……賢? すごい、なんか男らしくなってる」
「もうあれから何年たったと思ってる、当たり前だろ。俺だって成長してるんだ」
私は周りの事など忘れ、賢に駆け寄る。
工藤 賢。彼は昔からの幼馴染という奴で、昔から家族ぐるみの付き合いがあった。
「お前は、餓鬼のまんまだな。少しも女らしくなってない」
「うるさいっての。全く、あんたの減らず口は相変わらずね」
味方などいない、そう思っていた矢先に賢がこうして変わらぬ笑顔で接してくれたことを、私は素直に嬉しく思った。
一人くらい、味方がいたって困ることは無い。いや、一人いれば十分に心強い。
「……それより、他の連中の事は気にすんなよ」
突如、賢が真剣な表情となり、静かに呟いた。
賢は生意気な態度とは裏腹に、その言葉は優しいものだった
賢は照れているのか小さな声だが、私を励ます様な言葉を口走ったのだ。
「だから、お前を悪く言う奴らの事だ。裏切者だの、恥知らずだの」
「あぁ……あたし、なんか嫌われてる……みたい。この村じゃ当たり前なのかもしれないけど」
私は自嘲気味に笑う。
これからどうしようというつもりもない。ただ、生きるためにこの村を利用するだけ。そう考えてしまえば大した問題でもなかった。
「生きるために仕方なかったんだ。お前もご両親も雪ちゃんも悪くないだろ。だから……気にすんなよ。何かあったら俺に言えよ。村の奴らの好き勝手にはさせねーから! 約束だぞ!」
だが、賢はそれでも私を慰めようと次々と励ましの言葉をかけてくる。
戦争を経ても、変わらない物がある。私は初めてこの村でそう感じた。
「うん……約束だから」
「横、座れよ。授業始まるぞ」
私は賢に言われたように隣の席へ着いた。
何でだろう。この村での生活が、少し楽しみに感じられるようになった気がする。
授業が終わり、私は賢と共に学校を後にする。
元々生徒の少ない学校だったが、戦争を経て更にその人数は減っていた。
私の座っていた席も元々は違う生徒の座席だった。だが、彼は帰らぬ人となった。
そんな席に裏切り者の私が座っているのだから、何と皮肉な話なのだろう。授業中も周りの生徒からの視線は痛かった。
帰り道、数年ぶりに賢と他愛のない話をしながら舗装もされていない砂利道を歩く。
賢は黙って私の話に頷くだけだったが、不思議と私は嫌な気分にはならなかった。
「それでね、疎開先で……」
「っち……」
私の言葉の途中、賢が忌々しそうに舌打ちをする。どうやら賢の視界に何か不快なものが入り込んだようだ。
その視線の先には、村唯一の神社である『鈴音神社』だ。そして、そこに群がる数人の老人がいた。
「賢……あれは?」
「ああ……ボケ老人の集まりだ。気にすんな。見つかる前にさっさと行こう」
賢は静かに吐き捨てる。
神社自体は昔からこの村に伝わるもので、私も知っていたし何も驚く事では無い。
ただ、それに群がる老人たちの様子が異常だった。神社の前に数人の老人が、まるで許しを請うかのように地面に頭を擦り付けている。
「気にすんなって言われても……」
こんな光景、以前の村では見たことが無かった。
確かに鈴音神社は大昔からこの村にある神聖な場で、私も何度か家族でお参りに来た覚えがあった。
だが、目の前の老人たちの行いは明らかに異常だ。何度も何度も頭を床に擦り付け、ぶつぶつとお経のような事を唱えている。流石に気味が悪い。
賢の言う通り、本当に痴呆なのかもしれない……などと考えていると、一人の老人が私たちの存在に気付いたようで、こちらへ顔を向ける。
「賢! そんなとこで突っ立っとらんで、お前もこっちきて鈴音様に拝まんかい!」
老人の耳障りな声がこちらまで響く。
「アホか! 鈴音様なんか……いつまで昔の話にこだわってんだ!」
「こんの罰当たりが!」
賢の返答に老人は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
会話の内容から、老人は賢の祖父のようだ。恐らく私も会ったことがあるはずなのだが、今更になって気付いた。私の知っている頃とは比べ物にならない程に老け込んでいたからだ。
「鈴音様……? そんなの昔からあったっけ」
私は首を傾げ、賢に問う。
「ああ……昔に信仰されてたこの村の神様なんだって。ここ数十年は存在すら認知されてなかったのに、今になってまたその鈴音様を祀り上げようとする動きが活発になっててな。まぁ、その伝承を元々知ってたのは俺たちの親より上の世代くらいからだな」
鈴音様……そんなの初めて聞いた。この村の名前の由来も、その神様からなのだろうか。
「どうして今になって」
「……日本が、戦争に負けたからだよ。戦争に負けたのは、ここ数十年、村人たちが鈴音様への信仰を怠ったからだって一部のジジィとババァ騒ぎ始めてな、今じゃ毎日あんな調子だ」
賢は自身の祖父を、哀れむような視線で見る。
痴呆が始まった老人たちが、日本が戦争に負けたという事実を受け入れられず、こうして鈴音様とやらに縋っているといったところだろうか。
本当にそうなら、哀れなものだと私も思う。あの老人たちも戦争によって狂わされたのだ。
賢の話によると、賢の祖父を軍事関係者で戦争を機に多くの仲間を失った。その影響か、敗戦後は痴呆の症状が表れ始め、今では手が付けられない程に進行しているという。
「その鈴音様ってのは、元々は村の娘だった。だが、その娘は混血だった。村の男と、海外からやってきた女の間に生まれたな。それを理由に村全体から酷い村八分に遭ったそうだ。鈴音はそれが原因で村人たちへ深い憎しみを持ち、そしてとうとうその憎悪は爆発し、鈴音は村人三十名の首を日本刀ではねた」
「あ、それは聞いたことある……『鈴音三十人殺し』って」
その事件が聞いたことがあった。けれど、それが鈴音様って伝承の元だとは全く知らなかった。
村八分……事情は違えど、まさに今の私だなと思う。
けれど、村人三十人を虐殺するほどだ、私なんかよりもっと酷い差別を受けたのだろう。
「その後、鈴音も自らの首をはねて死んだ。だがその鈴音の起こした『鈴音三十人殺し』がきっかけで村人たちは鈴音への冷たい仕打ちを反省し、懺悔としてある人形を鈴音に見立て、祀ったんだ」
「人形?」
「人形には鈴音の遺骨を入れたらしくて、それは『骨人形』と呼ばれていたそうだ」
あの時の叔母の言葉が蘇る。確かにそう言っていた。じゃあ、私があの宣教師からもらった人形が?
あの人形に、そんな過去があったなんて。私は急に愛らしいと可愛がっていたあの人形が恐ろしい物の様に感じられた。
その伝承を知っていたから、叔母や幸雄さんはあんな反応をしたのか。
「それって、今はどうしたの?」
「それが、ずっと昔に消えちまったんだと。その鈴音の母親の女がこの村を出るときの盗んでいったんじゃないかって話だけど。まぁ、娘の形見だけでも持っていきたかったんだろうが……その人形が消えたから災いがどうとか、今でも村の年寄りは騒いでる」
賢は呆れたように首を振る。
その人形のせいで災いが起こるかは別として、明らかにまともなものではないのはこれで明白になった。
「その母親って、もしかして宣教師の人?」
「なんだ、知ってるじゃないか。さっきは知らないとか言ってたのに……お前馬鹿だからな、忘れっぽいのも相変わらずだな」
賢のからかいに反応する気もせず、私はじっと賢を見つめる。
「けど、なんでそんなに詳しいんだ? 俺は爺さんが毎日のように家で騒いでるから嫌でも詳しくなっちまったんだが……」
「えーっと、私もね昔お母さんが似た様な事言ってたなーって」
私は咄嗟に誤魔化す。本能的に、私が骨人形を持っていることを知られてはいけないと思ったのだ。
そんな気味の悪い人形を持っていると知られてしまったら、もしかしたら賢にまで避けられてしまうのではないか、そんな事を危惧したのである。
笑えて来る。味方なんていらないと思っていた私が……賢に嫌われることだけは恐れている。
どちらにしろ、人形の事は知られるべきではないと思った。賢から他の人間に情報が漏れないとも限らないし、そうなれば私の立場は一層悪くなる。
「それより……可哀想な人だね、鈴音様って。流石に同情するよ。あ、人殺しは良くないとは思うけど……」
話題を変えるため、私は半ば強引に鈴音様の名前を挙げる。
だがそれは、純粋な感想でもあった。そして、同時に村への軽蔑の念が芽生えた。
鈴音を殺した後にいくら後悔し、懺悔しようが遅い。そんなもの、村人の自己満足であり罪滅ぼしにすらなっていない。
何故だろう、私はこの昔話に対し無性に怒りを覚えていた。
「そんで、村人がその鈴音様に捧げていた供物があるんだけどさ……何だと思う?」
怪訝な顔をしながら私の反応を伺う賢に対し、私は黙って首を横に振る。
「首だよ。村の美しい少女の……『祀り首』というらしいが……まぁ、こんなものはもう何十年も前の話だが、俺はこれを聞いた時は寒気がしたよ。自分たちの祖先の話だからな」
賢は本当にこの昔話を嫌悪しているようだった。
そんな狂った儀式を平然と行っていた狂人達が、私たちの祖先。考えただけでもいい気分はしない。自分にもその血が流れているのかもしれないと思うと、複雑だ。
そう考えれば、この村は戦争のずっと前から狂っていたのかもしれない。
「だからさ、俺……この村も、村の人も……嫌いなんだ」
賢は怯えた様な表情でそう呟いた。
そんな表情の賢を見たのは、初めてだった。