目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第51話「死んでもお断り!」




「聞いてほしいのだけど。私、今度ドニスに行くことになったわ」



 ネム連邦・国際円卓報告会。

 今まさに帰ろうと支度をし始めたエルヴィス盟主とリチャードの動きを止めるように、白銀の髪・赤の瞳を持つ皇女・キャロラインは話し出した。


 その張りのある声にエルヴィスは、ぴくんと一回、興味の無さそうに眉を跳ね上げ問い返す。



「…………『2週間』? …………国賓訪問か?」

「そう。招かれたの」


「…………へえ、ドニスに」



 キャロルの言葉に、エルヴィスは若干こうべを垂れながら相槌を打った。その声色に『へえ。以上の何物でもない』という色をのせて。


 ────ドニス。

 キャロライン皇女が治める『セント・リクリシア』の南東に位置する小さな国だ。ノースブルク諸侯同盟とは特に目ぼしい国交もしておらず、国の認知をしている程度。


 リクリシアもそう国交を深めていたわけではない。

 リクリシアの王──つまりキャロラインの父が亡くなってからはいまだ国交もなく、今回が初めての国賓訪問となる。



(ふぅん……ドニスね……先の大戦でも特に目立った支援もせず、小さくなっていたあの国だよな? 軍事力はほとんど持っていない、国力のないところだ)



 訪れたことはないその国の情報を、知りうる限りで頭の中に並べるエルヴィスに、キャロラインはコーヒーの入った品のあるカップを片手に一口。赤き瞳を開いて言う。



「現国王が誕生日に生前退位されるらしいの。王子と王女が集められて、盛大な式典を開くそうよ」

「…………へえ。誕生日」

「ドニスの王っつったら〜、もう70超えてなかったか〜?」



 円卓を囲み、拳で頬杖をつくエルヴィスの隣、後ろ頭に両手を当てて、宙を仰ぐのはリチャードだ。その呑気な声を一蹴するように、キャロラインは瞳でリチャードを射抜くと、張りのある声で答える。



「そう。あそこは20人も王子と皇女がいるのよ。」

「…………は〜〜…………20人……」


「…………20人…………」



 聞いて、二人は驚嘆の声を漏らした。

 リチャードとエルヴィス、尊敬と怪訝な顔つきが円卓を囲む。

 エルヴィスはドニスという国を訪れたことはないが、王城にずらりと並ぶ『20人もの王家の子』を想像し、辟易とした息が出る。


 『一昔前の貴族ならありがちな家族形態』だが、正直、彼の感性からしたら『一夫多妻』・『20人もの子供』など、考えられることではなかった。



 ”──1人を愛し、求めるのも、あってはならないと、思っているのに。”


「…………」



 『愛し、育んでいく』。『育てて後を繋ぐ』。

 求めてはならないそれらに、エルヴィスはじっとりとした息を呆れと辟易に乗せ、盟友たちに漏らす。



「……20人、ね……よその国のことをとやかく言うわけじゃないけど、元気なものだな。……それじゃあ相続争いも凄そうだ」


「だ〜よなあ」

「継承はどうするんだろうな? 目星はついているのか?」

「わからないわ。けれど、第一王子が継ぐのではないかしら?」


「────ん~、体力はあるのかぁ? あそこの第一王子は、もう50を回るはずだぞ〜?」


「…………王が務まるのか? 俺でも公務が続くと疲れも溜まるのに」

「…………同感ね」



 よそさまの国の『事情』に『──はっ、』と短く息をつくキャロルのそれが、合図だったかのように。エルヴィスは表情を変えることなく目を配らせ、ため息混じりに言い募る。



「…………70を超えるまで『現役』というのも、立派と言えば立派なものだけど? 周りとしては耄碌もうろくする前に立場を譲ってほしいところだよな」

「まーして……、子どもが20人って。王子・王女同士、命を狙う……なんてこともあるかもしれないよな〜? 子沢山も考えものってワケだ☆」

「……私たちとしては……考えられないわね…………」


「…………だな」

「……ほんとな〜」

「…………」



 そして落ちる沈黙。

 花園の中、黙り込む三人。

 そして『その気配を察知して』、リチャードは静かに席を立った。


 ──この気配・この流れ・この感じ。

 リチャードには『これ』に、何度も覚えがあった。



「──どこへ行く? リチャード?」

「ん? あぁ、少しばかりトイレへね。一息入れさせてくれ〜」



 『先の会話』が読めるリチャードが、飄々とした、抜けるような声色で花園の奥へ消え行く中──残された盟主と皇女は、さらに沈黙を深めていた。



 決して顔など合わせない。

 互いに見つめるのは『資料』だが、脳に浮かぶのは『子どもの数』と『継承問題』だ。


 固く、含みのある・・・・・牽制・・は、彼のほうから放たれた。





「…………キャロライン。君 の と こ ろ も 君 だ け だ よ な?」

「そうね? 貴方のところもそうでしょう? エルヴィス」

「────ああ」



 互いにつっけんどんに言い返す。

 空気は最悪だ。



 格調高いテーブルの上、指を組んで黙るキャロライン王女。

 25歳恋人なし・一人っ子。


 拳で頬杖をつき、光を浴びる花を眺めるエルヴィス盟主。

 26歳恋人なし・一人っ子。


 そう。相手がいないのである。

 そして互いに、『お年頃』『適齢期』。


 どちらも周りから『プレッシャー』をかけられまくっている。当然、自然と流れるのは──『お前はどうなんだ』『余計なお世話だ』という空気だ。


 じりじりと殺気立ちたる場を散らすように、エルヴィスの先制攻撃がキャロラインを突く!



「────キ ャ ロ ラ イ ン 皇女」

「私に言わないで頂戴。」



 ぴしゃん! と返えされ、びきっ! っと立つ青筋。



 これもいつものことだった。

 エリックは彫刻のような表情をにーっこりと微笑ませ、隠し切れぬ圧力を押し出しながら、拳の頬杖をつくと、



「…………キャロライン様? わたくしども領から出した、『有力貴族』の写絵はどうされました?」

「見たわよ」


「────それで?」

「無理ね、あれでは結婚できない」


「……何度目だと思ってるんだ」

「何度目かしら?」


「──あれだってウチがどれだけ必死で集めたか、わかってるのか?」

「言ったでしょう、筋肉のない男は無いと」


「君の目に適うような男を用意しろって?」

「そうね? 最低でも鎧の上からでもわかるぐらいじゃないと」


(…………ならそういう大会でも開け……!)



 断固として譲らないキャロラインの主張に思わず毒づいた。


 本来、ノースブルクの盟主であるエルヴィスが、隣国の皇女の見合いの面倒など見る義理などないのだが……彼女の父に頼みこまれてしまったのだ。


 隣国の王の頼みとあれば断るわけにもいかず……何度か縁談の支援をした。


 しかし、エルヴィスが領内からかき集めた『選りすぐりのエリート』を、彼女はパラ見でオール却下したのである。



 彼は、能力・財力・人柄などすべて考慮したうえで厳選したのだが、キャロラインは『筋肉が足りない』と悩みもせずにポイをしたのだ。イライラも募るというものである。


 しかしそんなエルヴィスに、キャロライン皇女は姿勢を正して書類を揃えながら、ツンとした声色で言い放つ。



「中途半端な筋肉はいらないわ。それでいて、頭の切れる人がいいの。そうでなければ絶対に嫌よ。貴方も連盟の次期国王はふさわしい人がいいでしょう?」


「……筋肉で国を治めるわけじゃないと思うけど?」

「……それでも第一条件なのよ。どこかにいないかしら? 素敵な胸筋を持つ男性は……」

「────…………」



 はぁ~、と悩まし気にくうを仰ぐキャロライン王女に、一瞥。エルヴィスはその冷ややかな目をくれると、短く息を吐いて、言った。



「────そういえば、君。昔そこの聖騎士像を『素敵』だと拝んでいたよな? 君の求める筋肉量は知らないけれど、あの聖騎士像にでも求婚したらいいじゃないか」

「────────エルヴィス。貴方。連邦会議にでもかけられたいの?」


「────ああ、それは失礼いたしました」

「…………っ」



 怒気を放つキャロラインに、嫌味たっぷりの声が帰る。はっきり言って最悪を煮込んだような空気の中、──「それ」は高らかに響いた。



『まあ、キャロル様とエルヴィス様よ……!』

『またご一緒されているわ……! 仲がよろしいのね……!』


「………………」

「………………」



 『本当にお美しい……!』

 『何をお話しされているのかしら?』

 『きっと愛を語らっていらっしゃるのよ!』

 『きゃあーっ!』


『………………』



 ────途端死に絶えていく二人の顔。

 表情が完全に絶命した皇女と盟主を差し置いて、好き放題響く噂話に、キャロラインは険しい顔つきで黙り込み、エルヴィスはげっそりとした息を吐く。



 ────いい迷惑である。

 お互い牽制しあってギスギスなのに。

 語っているのは政策会議で、愛もくそもあるものか。


 しかし。




『ねえねぇ! エルヴィス様のお相手って』

『次期国王ってやっぱり……!』

『──しーっ! まだ発表になってないのよ……!』


「………………」

「………………」

『………………』



 廊下の屋根を伝って響き聞こえたその会話に、複雑を押し込めた顔で黙りこみ────







「────なあ。……あれ・・。…………なんとかならないのか」

「ありえないとは言っているわ。……けれど、おさまらないのよ」



 イライラから一転。

 心底うんざりと言うエルヴィスに、キャロライン・フォンティーヌ・リクリシアも痛烈な顔で瞼を閉じた。



 そう。最近はこれ・・も、二人の頭を悩ませていた。


 確かに『美男美女』。

 側から見たら『お似合い』なのかもしれないが、鬱陶しいことこの上ない。



 ──────はあ…………

 五月蠅い取り巻きを視界の隅から消し去り、エルヴィスは今日何度目かのため息を落としすと、うんざりをそのままキャロルに口を開く。




「……皇女と噂になるこっちの身にもなってほしいんだけど?」

「それはこちらも同じよ。貴方と噂になるなんていい迷惑だわ」


「なら解決策はどのようにお考えですか、キャロラインさま?」

「………どちらかが先に結婚するしかないのではないかしら? 相手を見つければ、周りも騒がないでしょう」


「────なら、あなたに期待していますよ? キャロライン・フォンティーヌ・リクリシア皇女? わたくしめには当分、その気もありませんので。」

「…………っ!」



 力一杯目一杯。

 『 そ っ ち が 先 に 行 け 』という圧と棘が詰まりまくったエルヴィスの声に、キャロラインの瞳に怒りが灯る。



「……貴方。お相手は?」

「居ない」


「貴方に好かれたい令嬢もたくさんいると聞くわ?」

「だろうな」


「随分舞踏会を開いていないわね?」

「……ああ、やりますやります」


「…………綺麗な子も多く招くのでしょう?」

「そうですね?」


「いい出会いあるかもしれないわね?」

「そうですね。……ああ……


 皇 女 様 も

 パ ー テ ィ ー を

 開 か れ て は?


 『男性ならいくらでも』来ますよ?


 皇 女 様 ?」



「…………っ!」

「………………」



 ちゅんっ……ぴちちっ……

 ぴちちちちちっ……………………



 王家の中庭。

 夏に咲き誇る花々が見守る中。

 もはや会話も生まれぬ二人の沈黙を、小鳥のさえずりがカバーして────……




(……盟主としては評価するけれど。この男と結婚しようなんて、絶対に思えないわ……! 女神のような人じゃないと無理よ!)

(…………結婚、ね…………──俺には、縁遠い話だ)


(…………おお、コワァ……ほんっと仲悪いよなぁ……これでよく戦争にならないもんだぜ……)



 テーブルを囲む皇女と盟主。

 草葉の陰で身をすくめる王子。

 各自各々、それぞれに、憮然と呟いて。


 はぁ──────……

 深い深いため息をこぼしたのであった。







 それは、よく晴れた8月の初頭。

 エルヴィス盟主が聖堂を訪れた日から数日経った、ある日の朝。



「…………ん……………………」



 ぬくぬくとベッドの中で寝返りを打つ女性が一人。彼女の名前はミリア・リリ・マキシマム。


 自室のベッドの中、まどろみを味わう彼女は、まだ知らない。この日を境に、自身が地獄を見ることを。






コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?