目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第6話 縫製工房 ビスティー




(ん~…………じゃあ、あれか?


 頑張って働いて、靴だけ良いやつ買いました系かな?

 あー! それなら納得~! 

 カッコつけっぽいしー!

 まだ全然若そうだもんね、22歳ぐらい?

 あるある、そういう時期あるあるぅ。

 きっとお給料貯めて買った系だ、あのブ~ツ~!)




 愉快に勝手に想像し、勝手に自己完結。

 他人様に迷惑をかけない範囲でのそれは、ミリアの得意技だった。




(……あとはそうだなあ~。

 もしかしたら、どこかのお家に仕える使用人なのかもしれないな? 容姿はいいみたいだし、お屋敷のあるじさんが気に入りそうな感じだもんね。


 あ、あれだ わーかった!

『あまりにみすぼらしい格好はさせられない』って、家主さんが服を支給してくれてるーとか!

 あぁー! それありかもー!

 きっとそれー! わたしあったま)

「…………なあ」

「────はいっ!」



 いきなり声をかけられて、ミリアは背筋を伸ばして返事をしていた。


 完全に意識が飛んでいた。

 楽しみの妄想から引き戻されて、ミリアの頭を回るのは危機感である。




 胸の内、

 (やっば、声に出してなかったよね……!?)

 と、どっきんこどっきんこ煩い胸に手を当てつつ振り向くミリアに、エリックは、艶やかな木製のカウンターに右こぶしを置くと、静かに顔を向け、




「ここは、営業してどれぐらい?」

「え? えーとー。

 オーナーの親からだって言ってたから~~~

 軽く50年ぐらいじゃない?」




 何気ない問いに返した、曖昧な返事。

 首をかしげながら、『んー』と宙を仰ぐミリアに、エリックはゆっくりつづけた。




「…………へえ。

 じゃあ、割と老舗のほうなのかな。

 君は、ここで雇われているだけ?」

「まあ、そーだね?

 なんで?」


「いや、別に。他意は無いよ。

 ……ただ、店内が予想より昔の装いだったから」

「あははは! 

 正直に言っていいよ? 『古い店だ』って。

 まあ、そこが気に入ってるんだけどねー。」



 彼の気遣いを笑い飛ばし、どストレートに言うミリアはご機嫌だ。




 カウンターをすりすりと撫でる指が雄弁に語る。

 『この感じが良いんだ』と。



 愛おしげに撫でるミリアは、次の瞬間。

 ぱっと顔を上げ、そこに両手をつきながらエリックに顔を向けると、彼に紹介する・・・・ように店内を一望し、






「こー見えても、トイレや中は綺麗だよ?

 アンティーク工房みたいでいい味出してるでしょ。


 オーナーの親の頃は純粋に縫製工房ドレスショップだったんだって。それをオーナーが改装したの。


 おかげで他のショップより少し手狭なんだけど、「それが」良くない?

 メニューもイマドキ珍しい木彫りだし。

 シャルメも、見て? 

 これ14年も前のなんだよ~」

「…………『シャルメ』?」



 言いながら、カウンターの上。

 彼女が『布』を引き抜いたのとほぼ同時。

 姿を現した『シャルメ』に、エリックの、目の色が──変わった。





 ────先ほどから気になっては、いたのだ。

 カウンターの作業動線を遮るように、堂々と鎮座し、隠されていたその存在。




 縫製工房のお友達で『大事な相棒』は

 井戸の手押しポンプと同じ、深く濃い──重厚な緑色。


 鉄製の本体 頭部にセットされた巻き糸が、本体内部を通って、縫い針の先を通る。





 『等間隔とうかんかく 魔動まどう 縫製機ほうせいき シャルメ』




 今や服飾産業になくてはならない革命機だ。




 今は古ぼけた、無骨な本体に彼女が手をかざすと同時

 ぽわんと灯りが点り

 糸を通した針の先が────きらりと輝きを放つ。




 その様子にエリックは思わず息を吸い込んだ。

 シャルメが自体が珍しかったのではない。



 彼が驚いたのは その『型』だ。





「……ちょっと待ってくれ。

 14年どころじゃないだろ、それ……!


 初期型魔具まぐ「シャルメ」。

 縫製業界を変えた発明品の第一機……!


 …………出たのは18年以上前のはずだ。

 どうしてこんなところに?」



 まさかの出会いに驚きが隠せない。

 彼はその、限りなく黒に近い青き瞳を輝かせながら、シャルメの頭部を撫でると、興奮した様子で言う。




「……従来の《足踏み式 |等間隔《とうかんかく》 縫製機ほうせいき》に、魔力を定着させて自動化したもの……! 

 この型は初めて見た……! 

 凄いな、こんなところにあるなんて……!」



「へえ、詳しいんだねえ~~。

 それ、3年前にもらったんだよっ」

「……さ、3年前?」

「さんねんまえ」



 けろっと言われて はいっ? と返した。




 3年前と聞こえたが、幻聴だったのだろうか。

 心底驚いた顔つきで彼女を見るが、不思議そうな顔つきでこちらを眺めるのみ。



 その『あまりの時間差』に驚きながら

 彼は、訝し気いぶかしげに瞳を瞼の中に迷わせると、



「………………出たのは18年も前だぞ?

 それが……3年って」

「だって たっっっっっっっかいんだもん!」




 確かめるような口調で言うそれに、飛ぶように返ってきたのは彼女の声だ。勢いに一瞬言葉に詰まるエリックの前、ミリアは不満そうに腕を組む!






「新製品なんてウン十万メイルもするじゃん!

 そんなの庶民が買えるわけないでしょ?」



 その口調は「やってられない」と言わんばかりだ。

 彼女は思いっきり頬を膨らませると,






「そもそもですよ!

 魔具自体、貴族の方や王室、あと専属の商人が抱え込んで、一般人には新製品の情報さえ回ってこないしー。


 魔具専門店に「新台入荷!」って言われて見に行っても、大体3年以上前の型落ち品。

 それでも十数万メイルはするしさ。


 ……無理むり無理ムリ。

 店の経費で落とすって言っても、高すぎて手が出ないよ、あんなの」



「……で、これは?」

「ふふふ。

 うちのお客様のアッパークラスの貴族さまがね?

 『倉庫から出てきたの~』ってくれたの。

 …………初めて使った時は感動したよね~、これは便利だ! って。

 今まで手縫いだったから本当に!」


「…………そうか」





 その話に、エリックは重めの相槌を打っていた。


 ”想定外”といえば想定外の言葉に、一拍・二拍の間を置いて、シャルメに目を向ける。

 彼の知っている中で、この『初期型シャルメ』はもうお目にかかることができない。

 彼の中では『骨董品』扱いのそれにエリックは、引き寄せられるように手を伸ばしていた。





「……なあ。もう少し、見てもいいか?

 魔具には興味があるんだ」

「…………うん、いいけど……、」





 もはや生産していないシャルメに、もう一度。彼が指を伸ばした時。

 ミリアの──『少々甘みの混じった声』が、彼を止めた。



 思わず動きも止めるような、甘く柔らかい音。

 誘惑を帯びたその音色に、エリックが顔を向けた先。

 くすくす・にっこりと彼女が微笑う。






「…………その前に」



 カウンター越し 前のめり

 胸の下で腕を組み じっと見つめるその目つき。




 自然と彼の目が”捉える”

 服の下から押し上げられた「胸」の膨らみ





 彼女の微笑む口元が 誘う






 目の前で

 すうっと身を引き 胸を張り

 細い指先が引き抜くは



 彼女の胸元

 コルセットベルトのリボン紐




 誘う指先 抜ける紐



 ふふふっ くすくす

 しゅるん しゅるん






「……ねえ、脱いで?」





 甘えた声

 緩み外れたコルセット

 ぱさりと音立て そこに落ちる




 彼は 理解した。



 ──それは

 ”オトナのお誘い”・”お付き合い”。





(────へえ……?)




 大胆な彼女に

 自身の首元に指をかけ、くすりと、もう一度。




「────フフ。

 ……嬉しいよ。ちょっと驚いたけど」




 靴を投げられた時は、予想もしなかったが

 女が『そう』言うのなら──断る理由などありはしない。





 別に、いいだろう。

 出会いが先ほどでも、なんでも。



 国内問題がどうであれ

 魅力ある自分に 

 女は皆 こうしてくるのだから。




 ──狭い店内 二人きり

 ちらりと目に付く お誂え向きの客用ソファー




 窓の外 行き交う人々 ガラス越し

 白昼堂々 これもまた一興






「……いいよ? 相手をしてあげても。

 ────君のその期待には……応えないとな?」


「ん゛っ?」

「え?」




 一瞬で変わった彼女の顔つきに固まる。

 ばっちりその気で、ぐっと引っ張った襟ぐりもそのまま、意図を汲もうとするエリックの前で──



 ミリアはふるふる首を振り、






「違う違う、ボタン取れてる。ベスト。」




「…………は?」

「ボタン。とれてる。一番上」







「………………」

「ぼたん。」













コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?