(ん~…………じゃあ、あれか?
頑張って働いて、靴だけ良いやつ買いました系かな?
あー! それなら納得~!
カッコつけっぽいしー!
まだ全然若そうだもんね、22歳ぐらい?
あるある、そういう時期あるあるぅ。
きっとお給料貯めて買った系だ、あのブ~ツ~!)
愉快に勝手に想像し、勝手に自己完結。
他人様に迷惑をかけない範囲でのそれは、ミリアの得意技だった。
(……あとはそうだなあ~。
もしかしたら、どこかのお家に仕える使用人なのかもしれないな? 容姿はいいみたいだし、お屋敷の
あ、あれだ わーかった!
『あまりにみすぼらしい格好はさせられない』って、家主さんが服を支給してくれてるーとか!
あぁー! それありかもー!
きっとそれー! わたしあったま
「…………なあ」
「────はいっ!」
いきなり声をかけられて、ミリアは背筋を伸ばして返事をしていた。
完全に意識が飛んでいた。
楽しみの妄想から引き戻されて、ミリアの頭を回るのは危機感である。
胸の内、
(やっば、声に出してなかったよね……!?)
と、どっきんこどっきんこ煩い胸に手を当てつつ振り向くミリアに、エリックは、艶やかな木製のカウンターに右こぶしを置くと、静かに顔を向け、
「ここは、営業してどれぐらい?」
「え? えーとー。
オーナーの親からだって言ってたから~~~
軽く50年ぐらいじゃない?」
何気ない問いに返した、曖昧な返事。
首をかしげながら、『んー』と宙を仰ぐミリアに、エリックはゆっくりつづけた。
「…………へえ。
じゃあ、割と老舗のほうなのかな。
君は、ここで雇われているだけ?」
「まあ、そーだね?
なんで?」
「いや、別に。他意は無いよ。
……ただ、店内が予想より昔の装いだったから」
「あははは!
正直に言っていいよ? 『古い店だ』って。
まあ、そこが気に入ってるんだけどねー。」
彼の気遣いを笑い飛ばし、どストレートに言うミリアはご機嫌だ。
カウンターをすりすりと撫でる指が雄弁に語る。
『この感じが良いんだ』と。
愛おしげに撫でるミリアは、次の瞬間。
ぱっと顔を上げ、そこに両手をつきながらエリックに顔を向けると、彼に
「こー見えても、トイレや中は綺麗だよ?
アンティーク工房みたいでいい味出してるでしょ。
オーナーの親の頃は純粋に
おかげで他のショップより少し手狭なんだけど、「それが」良くない?
メニューもイマドキ珍しい木彫りだし。
シャルメも、見て?
これ14年も前のなんだよ~」
「…………『シャルメ』?」
言いながら、カウンターの上。
彼女が『布』を引き抜いたのとほぼ同時。
姿を現した『シャルメ』に、エリックの、目の色が──変わった。
────先ほどから気になっては、いたのだ。
カウンターの作業動線を遮るように、堂々と鎮座し、隠されていたその存在。
縫製工房のお友達で『大事な相棒』は
井戸の手押しポンプと同じ、深く濃い──重厚な緑色。
鉄製の本体 頭部にセットされた巻き糸が、本体内部を通って、縫い針の先を通る。
『
今や服飾産業になくてはならない革命機だ。
今は古ぼけた、無骨な本体に彼女が手をかざすと同時
ぽわんと灯りが点り
糸を通した針の先が────きらりと輝きを放つ。
その様子にエリックは思わず息を吸い込んだ。
シャルメが自体が珍しかったのではない。
彼が驚いたのは その『型』だ。
「……ちょっと待ってくれ。
14年どころじゃないだろ、それ……!
初期型
縫製業界を変えた発明品の第一機……!
…………出たのは18年以上前のはずだ。
どうしてこんなところに?」
まさかの出会いに驚きが隠せない。
彼はその、限りなく黒に近い青き瞳を輝かせながら、シャルメの頭部を撫でると、興奮した様子で言う。
「……従来の《足踏み式 |等間隔《とうかんかく》
この型は初めて見た……!
凄いな、こんなところにあるなんて……!」
「へえ、詳しいんだねえ~~。
それ、3年前にもらったんだよっ」
「……さ、3年前?」
「さんねんまえ」
けろっと言われて はいっ? と返した。
3年前と聞こえたが、幻聴だったのだろうか。
心底驚いた顔つきで彼女を見るが、不思議そうな顔つきでこちらを眺めるのみ。
その『あまりの時間差』に驚きながら
彼は、
「………………出たのは18年も前だぞ?
それが……3年って」
「だって たっっっっっっっかいんだもん!」
確かめるような口調で言うそれに、飛ぶように返ってきたのは彼女の声だ。勢いに一瞬言葉に詰まるエリックの前、ミリアは不満そうに腕を組む!
「新製品なんてウン十万メイルもするじゃん!
そんなの庶民が買えるわけないでしょ?」
その口調は「やってられない」と言わんばかりだ。
彼女は思いっきり頬を膨らませると,
「そもそもですよ!
魔具自体、貴族の方や王室、あと専属の商人が抱え込んで、一般人には新製品の情報さえ回ってこないしー。
魔具専門店に「新台入荷!」って言われて見に行っても、大体3年以上前の型落ち品。
それでも十数万メイルはするしさ。
……無理むり無理ムリ。
店の経費で落とすって言っても、高すぎて手が出ないよ、あんなの」
「……で、これは?」
「ふふふ。
うちのお客様のアッパークラスの貴族さまがね?
『倉庫から出てきたの~』ってくれたの。
…………初めて使った時は感動したよね~、これは便利だ! って。
今まで手縫いだったから本当に!」
「…………そうか」
その話に、エリックは重めの相槌を打っていた。
”想定外”といえば想定外の言葉に、一拍・二拍の間を置いて、シャルメに目を向ける。
彼の知っている中で、この『初期型シャルメ』はもうお目にかかることができない。
彼の中では『骨董品』扱いのそれにエリックは、引き寄せられるように手を伸ばしていた。
「……なあ。もう少し、見てもいいか?
魔具には興味があるんだ」
「…………うん、いいけど……、」
もはや生産していないシャルメに、もう一度。彼が指を伸ばした時。
ミリアの──『少々甘みの混じった声』が、彼を止めた。
思わず動きも止めるような、甘く柔らかい音。
誘惑を帯びたその音色に、エリックが顔を向けた先。
くすくす・にっこりと彼女が微笑う。
「…………その前に」
カウンター越し 前のめり
胸の下で腕を組み じっと見つめるその目つき。
自然と彼の目が”捉える”
服の下から押し上げられた「胸」の膨らみ
彼女の微笑む口元が 誘う
目の前で
すうっと身を引き 胸を張り
細い指先が引き抜くは
彼女の胸元
コルセットベルトのリボン紐
誘う指先 抜ける紐
ふふふっ くすくす
しゅるん しゅるん
「……ねえ、脱いで?」
甘えた声
緩み外れたコルセット
ぱさりと音立て そこに落ちる
彼は 理解した。
──それは
”オトナのお誘い”・”お付き合い”。
(────へえ……?)
大胆な彼女に
自身の首元に指をかけ、くすりと、もう一度。
「────フフ。
……嬉しいよ。ちょっと驚いたけど」
靴を投げられた時は、予想もしなかったが
女が『そう』言うのなら──断る理由などありはしない。
別に、いいだろう。
出会いが先ほどでも、なんでも。
国内問題がどうであれ
魅力ある自分に
女は皆 こうしてくるのだから。
──狭い店内 二人きり
ちらりと目に付く お誂え向きの客用ソファー
窓の外 行き交う人々 ガラス越し
白昼堂々 これもまた一興
「……いいよ? 相手をしてあげても。
────君のその期待には……応えないとな?」
「ん゛っ?」
「え?」
一瞬で変わった彼女の顔つきに固まる。
ばっちりその気で、ぐっと引っ張った襟ぐりもそのまま、意図を汲もうとするエリックの前で──
ミリアはふるふる首を振り、
「違う違う、ボタン取れてる。ベスト。」
「…………は?」
「ボタン。とれてる。一番上」
「………………」
「ぼたん。」