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第2話 辛辣男と口の減らねー女 2






 声は、唐突に飛び込んできた。 

 渦中の二人が目を向けた先、向かいくるのは一人の青年。 




 年の頃なら20代。黒く短めの癖毛。

 シンプルな白い襟付きのシャツに細身のベスト。 

 黒のパンツに、膝下丈のブーツを鳴らして、限りなく黒に近い青き瞳に、明らかな苛立ちの色を宿しているこの男。


 今の名を『エリック・マーティン』。

 この物語の男主人公だ。



 そんな彼の登場に、内心、驚き声を上げるのは────ミリアである。



(…………う──────わ────……

 彫刻が歩いてるぅ────……!?)




 心の中で響き渡る『引き気味の驚嘆』。


 その外見・まるで彫刻。

 キリリとした勇ましさの中に、幼さも残る綺麗な顔。

 その上、身長もそれなりにあるのだから、ぱっと見非の打ち所がない。



(……こっ、こんな小説みたいな展開ある……?)と動揺するミリア……だが。



 口には出さない。

 ここはしゃべらない方が花である。



(言わない方がいいやつ……! だまっとこ……っ!)



 とりあえず『言わない』と『緊張』の入り混じった雰囲気で空気を合わせる彼女の前──エリックはナンパ男の「誰だお前」という発言に冷めた嗤いを向け、呆れ返った眼を向けると




「……俺がどこの誰だろうと、関係ないだろ。

 そんなことより……。

 今、君たちがここでしているのは迷惑行為だ。周りを見てわからない?」



 嘲笑うかのように首を傾げ問いかける。

 出すのは『うんざり』。

 込めるのは『怪訝と侮蔑』。




 初対面なのに挑戦的な物言いで煽る彼だが、それも仕方ない。


 エリックはこの土地を守る立場の男であるのだ。

 閑静な商店街で騒がしい2人は、彼にとって迷惑以外の何者でもなかった。




 エリックは述べる。

 ナンパ男に向かって、まずは牽制と威圧を込めて。




「……ここは道も狭いし、露店も多く並んでいる。

 君たちが少し取っ組み合いでもすれば、商店に迷惑がかかるんだよ」


「…………ハ? 正義の味方でも気取ってんのか、あ?」


「……別に、そういうわけじゃないけど。

 彼女を盗りにきたわけではないから……、その手を離してくれないか?」




 煽りながら、視線で刺すのは「彼女の腕」。掴んでいるそれを辞めろと訴えるエリックの気迫に負けて、ナンパ男が威嚇しながらも気まずそうに手を離す。


 途端手首を握るミリアを視界のすみに捕らえ、エリックは──次に。辟易と呆れを孕んだ眼差しをミリアにも向け・・・・・・・言い放つ。





「……俺としては、アンタだけじゃなく、君も。

 二人まとめてお引き取り願いたいところなんだけど?」

「……ちょ、わたしも!?」




 うんざりを煮詰めたような顔つきで言われ、ミリアは驚きの声を上げた。


 『助けてもらえると思ったのにそうじゃなかった』 

(嘘でしょ、こんな恋愛小説展開、あるのか本当に!?)と思っただけに、飛んだ番狂わせを食らった気分である。




 しかし、エリックの表情・態度は変わらないのだ。




「…………君も同罪だろ。

 さっきから火に油ばかり注いで」

「……同罪って……!

 ちょっとひどくない?

 わたしは嫌だって言ってるのにこいつがしつこいから!」


「嫌なら相手にしなければ良かったんじゃないか?

 それをいちいち答えるからこうなるんだ。

 さっきから見ていたけど、君、最初は愛想を振りまいていたよな? 男がその気になるのも当然だと思うけど?」


「わ・た・し・は!

 ────…………苦笑いしてたんですぅ!!」


「…………あぁあぁ、はいはい」



 ミリアが放った渾身の抗議に、辟易と項垂れる彼。




(「ああ言えばこう言う」な、この女……!)

 と、内心毒づきつつも、その苛立ちをなるべく隠して、エリックは毅然と声を張ると、



「……どちらにしても迷惑だ。

 ……君が困ってるみたいだから助けようかとも思ったけど……、その威勢なら問題なさそうだな?」



 威勢のいい彼女に一瞥。

 挑戦的な笑いを添えて。



「──じゃあ、騒ぎは立てないでくれよ?

 彼女が欲しいのなら、きちんと身なりも整えて、同意を得た上でディナーにでも誘って口説いたらいい」

 「────はっ……!? ねえ、ちょっと……!」


 「へっ?」



 さらりと抜けようとするくせ毛・慌てる彼女。

 そんな流れについていけないナンパ男をよそにエリックは、表情を変えず、黒き瞳で二人を流し笑い口を開いた。





「………………悪かったな? 狩りの邪魔をして。

 とにかくこっちは、暴れなければそれでいいから。

 ……彼女を説得するのは骨が折れそうだけど、応援しておくよ」

「ちょ、ま……!?」



「────ああ、繰り返すけど。

 『あくまでも、同意を得たうえで』、な。

 それさえ得たなら、あとは好きにやってくれ」 





 ミリアの声も軽々と。

 『ああ、面倒だった』と言わんばかりにひらひら手を振り背を向け歩き出すエリックに、ナンパ男が『あ、良いんだ』と理解した、瞬間。







「…………ちょっ…………っと!」


 ────声と共

 細い指が引き抜いたはミリアの“足元”。ぺたんこの靴。





「……中途ぉ!」 

 素早く掴まれた靴が 勢いよく弧を描き





「──半端にぃっ!」 

 指先を離れて────── 一直線。





「────たぁあぁぁぁぁすけんなああああああっ!」

 ────ッ タァァァァァンッ!







 渾身の抗議を込めた靴が、遠のく癖毛の背中を打った!









「中途半端に助けんなぁぁああああああああぁっ!」

 ────タァンッ!



 背中に何かの感触。

 後ろで静かに音を立て転がる何か。



 それ・・に、彼は背を伸ばし、立ち止まる。



 振り向きざま、視界の隅。

 黒く青き瞳が捕らえた「落ちている靴」が状況を物語り────




「……………………は…………?」



 エリックは瞬時に理解した。

 自分が今、何をされたのか。



 足元に落ちた靴から、流れるように女に目をむければ、そこには




 フルスイングの姿勢で 

 こちらを睨みつける──ミリアの姿。



 バチッと目があったと同時に、彼女は勢いよく口を開く!



「助けるなら最後まで助けろっ!

 わたしの意思! どうなる! 

 どうみても! 無理じゃん! 

 そういうの! 良くないと思う! 

 一番良くない!」

「……………………ちょっと。」




 飛んできた文句にエリックは思わず勢いよくきびすを返し、ミリアのハニーブラウンの瞳を捉えながら、嫌味と怒りを込めて言い放つ!






「随分と乱暴な引き止め方をするんだな? こんなこと、初めてなんだけど?」




 苛立ちをあらわに煽る彼だが──それはそうである。

 ひ弱な声で『……助けてください……!』と縋るならまだしも、この女、靴を投げつけてきやがったのだ。



 そんなことをされて黙っていられるほど、エリック・マーティンは穏やかでもお人よしでもない。 




「……靴を投げるなんて、何を考えてるんだ?」

「中途半端良くないと思う!」


「あのな……! 助けを求めるのなら、それ相応の頼み方があるだろ。もっと可愛らしくできないのか?」

「可愛らしいとかよくわかんない!」




 ノータイムで返ってくる反応。

 ミリアのはちみつ色の瞳と、エリックの暗く青い瞳がバチッと絡まり対峙して、次の一手はミリアの口から放たれた。




「今そんなモード出ない! 可愛らしくなんてできない! 

 ……っていうかこんなふうに困ってるのに、そうやって見捨てるのってどうかと思う!」


「困ってるように見えないからそうなるんだろ?」

「困ってるじゃんどう見ても!」

「喧嘩を売ってるじゃないか!」


「……おい、女!」



 いきなり始まったエリックとミリアのドンパチを前に、声をあげたのは、存在を忘れ去られたナンパ男だ。




 自分がここにいるというのに、全く無視してかみつく彼女と、それに応える野郎と。

 忘れられたナンパ男からすれば、『いい加減にしろ』という話である。



 ──が。





「喧嘩なんて売ってない、売られた方だし!

 だいたい、こんな汚いカッコして声かけるとか、舐めてるとしか思えないでしょ!?」

「ならどうして無視をしない?

 君が最初から相手にしなければ、彼だって」

「……だぁからぁ、無視するの苦手なの!」



「────へえ。それは知らなかった。

 初耳だよ。お嬢さん?」

「うわあムカつく! なんだそれ!」


「おい、お前!」




 横から声をあげるナンパ男。


 自分をよそにドンぱち始めた二人に『無視かコラ!』と物申したい────が。




「そりゃそうでしょうね、言ってないもん!

 っていうか、今初めてお会いしました!

 ”どうも初めまして!”・”助けてください!”」

「……は? 今それを言うのか?

 そんなヤケクソ気味に言われても助けようという気持ちが起こらないんだけど?

 君もさっき言ってたじゃないか『的外れだ』って。

 頼み方にもあるんじゃないのか? 

 『的』ってやつが。」


「……ああ言えばこう言う~!!」

「…………──ハ! どっちが?」



 割り込む隙など、ありはしなかった。




 エリックに噛み付くミリアは気付いていない。


 「無視するのが苦手」といいつつ、今思いっきりナンパ男を無視していることに。怒りの対象が完全に切り替わっていることに。



 ──そしてそれが──ナンパ男を無意識に煽っていることに。




 売り言葉に買い言葉で加熱する彼女相手に、黒髪のエリックはというと、首を引き、見下ろしながら笑い捨てるのである。



「……まあ? そうだなぁ。

 君が可愛らしく『助けてください』って頼んできたら……、助けてあげてもいいけど。

 でも、どうかな? 君は口が減らないみたいだし、実際 初対面の俺ともここまで話している。

 そいつとの会話にも困らないだろう?」


「困る困らないんじゃないんだなぁ~~~っ!

 嫌なの、むりなの! 生理的に無理!

 わたしにも選ぶ権利というものがある!」


「…………だから。

 『 最 初 か ら 相 手 に し な け れ ば 良 か っ たん』」

「だぁ・かぁ・らぁ! 無視はできないじゃん! 柔らかく断ってるうちに下がってほしかったのにこんなことになって、っていうかこいつ!」





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