三階建てに見える。このように大きい建物で、複数階ある建造物自体、透理にはあまり馴染みがない。それは昭唯も同様だったらしい。
「まるで私の羅象山の寺のように陽力を用いているのかと考えてしまいますが、見目が異なります」
「そうか」
硬く門は閉ざされていて、横に小さな扉がついている。
「……正面から入れると思うか?」
少し離れた位置で立ち止まった時、透理が尋ねた。
門の前には、槍を持った男が二人立っている。
「難しいと考えています。不審者を警戒してるのは明らかです」
己らは間違いなく不審者に分類されるだろうと透理は思う。
「潜入しましょう」
昭唯の声に頷きながら、自分達を監視するなにかを削除してきてよかったと透理は改めて考えた。
「ただまだ昼間だ。夜を待とう」
「ええ、そうですね。それまでの間は、少し街を散策しませんか?」
「散策?」
「せっかく来たのですから、帰る前に思い出に焼き付けておきましょう」
随分と昭唯は前向きだなと思い、苦笑しながらも透理は頷く。引き返した二人は、『ホログラフィック図書館』と書かれた巨大な四角い施設を見つけた。
「ここはなんでしょうか?」
「入ってみるか?」
「ええ」
二人はその中へと足を踏み入れる。他には誰も客はいなかった。案内係の土童が、二人を見つけると、無数に並ぶ部屋の一つに促す。二人がその中に入ると、群青色が四方と天井を埋め尽くしていて、まるで夜の中に放り込まれたような気分になった。中央に台座があって、その上に透明な球体が載っている。巨大な硝子玉のようだと思いながら何気なく透理が手を伸ばす。すると球体がいきなり光を放ち、周囲に四角い窓のようなものが無数に展開していった。
「っ」
透理はそこに映る光景を見て、驚愕した。
「これ、は……」
「地上の様々な時代を映し出しているようですね……」
昭唯も驚いたように、周囲を見渡している。
その中には、濡卑の一座が旅をする風景もあった。前長がまだ若く、透理が幼かった頃の旅の風景も映っていた。まだ三春が生まれる前の出来事だ。濡卑であるからと、立ち寄った村で、石を投げられて、透理が額から血を流している光景が映し出しされている。胸が痛くなった透理が拳を握りしめた時、昭唯がじっと透理を見た。哀れまれるか、同情されるか、そう覚悟した透理が、それでも勇気を出して昭唯を見ると、真面目な表情をしていた昭唯が、それから静かに微笑んだ。
「よく耐えたのですね。貴方はとても強かった。昔から」
「っ」
「過去があるから、今の貴方があるのでしょう? 透理が強い理由に、私は少しだけ触れることが出来たように思います」
そういうと握りしめて爪が食い込んでいた透理の右手を、そっと両手で握り、昭唯が持ち上げる。その温もりが嬉しかった。
二人は映し出される様々な時代の風景に囲まれながら、視線を合わせる。
彼らが生きているのは、紛れもなく〝今〟だった。
その後、ホログラフィック図書館を後にした二人は、茶屋を数軒まわり、夜の来訪を待った。
そして一番星が輝く頃、再び邸宅の前へと訪れた。
「まずは構造を把握しましょうか」
「ああ」
頷き合って、二人は家の裏手に回る。そちらにも勝手口があったが、こちらには誰も立っていない。しかしそこから堂々と入れば、自分達の侵入が露見する可能性が高い。そう思い、正面の白い壁を見てから、その向こうの庭にある松の木を透理は一瞥した。
「此処を乗り越えて、松を足場に、二階にある出窓から三階の出窓までのぼって中に入ろう。忍術で俺が鍵を開けるから、そこから室内に入って、屋根裏に身を隠して、邸宅の中の状況を把握しよう」
「……随分と簡単に言ってくれますね」
「待っていてもいい。俺が行く」
「いいえ、私もお供します」
昭唯はそう言って錫杖を握り直すと、それを強く突いて足場にし、軽々と塀を乗り越えた。そして松にのぼる。透理も慌てて跳び、庭に着地してから、松の木に手をかけた。既に昭唯は二階の窓に飛び移っている。忍者顔負けの身体能力だなと考えながら、透理も飛び移り、そこからは懸垂をするように三階へと上がった。そして振り返り、下に手を伸ばす。上がり方を検討していたらしい昭唯がそれを見てにこりと笑うと、透理の手を片手で掴んだ。透理が昭唯を引き上げる。こうして二人は無事に三階に到達した。
幸いその部屋は無人だった。いいや、偶然では無い。事前に透理は気配を探って無人であることを知っていた。そこから窓の鍵を忍術で解錠し、二人は視線を交わしてから中へと入る。そして天井を見れば、四角い排気のための穴らしきものがあった。透理が跳んで、柵のようなものを外し、屋根裏に通じていることを確認する。そして再び手を伸ばし、昭唯に手を差し出す。それを掴んだ昭唯も、無事に天井裏へと入った。二人は這うように進み、各地ののぞき穴のような役割を果たす排気口から、各地の部屋を見てまわる。するとある部屋に肥えた男がいた。束帯姿で、抽斗を開けている。
「うん。ここにある【通行手形】の枚数ならば、いつでも欲する者に与えられるな。不審者は論外だが」
男はそういて笑うと、チラリと床を見た。それから抽斗を閉め、鍵をかけると、椅子から立ち上がり、部屋から出て行った。確かに【通行手形】と話していたし、抽斗の中には透明な薄い板が入っていたのを透理は見た。