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第19話 迷子捜し

 ――翌朝。


 起床した透理は、体がすっきりした状態であると気づいた。昭唯も隣で起き上がっている。透理は僅かに着物が開けている。その首筋には、朱い痕が散らばっている。その時昭唯が言った。


「恐らく入浴も不要な結界も張ってあるのでしょうね。ただ気分的には体を流したいのですが。なんとも面白味がない国ですね」

「そうだな。食事も不要とは言うが、俺は食べたい」

「私もです。隠力倉庫にある品を食べましょうか」


 昭唯が隠力倉庫を一瞥する。

 箪笥のような倉庫の抽斗を開けると、見慣れぬ品の他、馴染みのある食べ物もあった。たとえばおにぎりだ。ただし透明な包装がなされている。透理は『梅』と書かれているおにぎりを手に取った。


「これはどうやって食べるんだ?」

「包みをあけるのでは? 順番が書いてあります」


 て昭唯が包装を取り去っているのを見て、透理も真似てみる。するとパリっとした海苔と白い米が見えた。透理は昭唯と顔を見合わせてから、立ったままでおにぎりを食べる。微かにきいている塩味、中に入った種の無い梅干し、美味だった。二人は、次々に『昆布』や、聞いた事の無い『ツナマヨ』などを食しながら、本題に入る。切り出したのは昭唯だ。


「まずは嘉唯と三春を見つけなければなりませんね」

「ああ」

「手がかりは……ありませんので、通行人にでも聞いてみましょうか」

「そうだな。そう遠くには行っていないと思うんだが……」


 二人も無事に宿を見つけているのだろうかと、透理は思案する。土童が、人間に尽くす以上、野垂れ死んでいる可能性は低いと考える。ここは、地上とは違う理で動いているのだから。それでも心配だと思い、透理は嘆息した。


「行きましょう」


 食べ終えた昭唯の言葉に、透理が頷いた。

 こうして二人は部屋を出て、軋む階段を降り、玄関から外に出た。宿は拠点にするつもりなので、また此処へと帰ってくるつもりであるから、道順をしっかりと透理は頭にたたき込んだ。


「まずは、箱のあった丘から通じる各路の通行人に話を聞くとしましょうか」

「そうだな」


 歩きながら二人は、まずは丘の方角を目指した。そして自分達が通ってきた以外に、いくつかの路を見つける。


「左端の通りから探しましょう。嘉唯は迷うと左を選ぶ癖があります」

「分かった」


 透理は左の路地に視線を向ける。そちらは白い石畳だった。突き当たりには、木と井戸が見える。桶を担いだ魚売りの姿や茶屋などが視界に入る。いずれも黒い首輪を身につけているから、土童なのだろう。勿論聞く相手は、土童でも構わない。


「すみません」


 茶屋の暖簾をくぐり、昭唯が微笑を向ける。その上辺の優しげな笑みを、茶屋の売り子らしい赤い着物姿の女性は、目を丸くして見ている。着物の模様は橙色の糸で縫われている、大輪の牡丹だった。


「昨日、十二歳くらいの、二人連れの少年を見ませんでしたか? 二人とも、背は低いです。服装は、片方は緑の着物姿、もう一人は白い装束です」


 昭唯が尋ねる一歩後ろで、透理は女性の土童を見守る。


「ええ。昨日ここで、あんみつと抹茶のかき氷を食べていきましたよ。この辺りには、あの年頃の人間は少ないので、私もいらっしゃったことに驚きましたから、よく覚えていますよ」


 すると二十代前半だろう女性が、小さく頷きながら答えた。

 昭唯がチラリと透理に振り返る。透理が頷く。そして今度は透理が尋ねる。


「今どこにいるか分かるか?」

「さぁ……昨日は、此処を出たら宿を探すと話していたので、私は斡旋が得意な土童が、突き当たりの木の前にいつも立っているとお伝えしましたが」

「有難うございます、重要な手がかりとなりました」


 昭唯が微笑し、踵を返す。透理も走り出したい気持ちを抑えて、会釈してから昭唯の隣に並ぶ。そうして外に出て、二人は遠目に見える木の方向を目指した。気づくと透理は足早になっていた。草鞋越しに石畳の感触を意識しながら、透理は歩く。


「見つかるとよいのですが」

「ああ、そうだな。土童が見つかれば、どの宿にいるかは分かるだろう」


 二人でそんなやりとりをしながら木の前に着くと、確かにそこには一人の土童がいた。ひょろりとしていて目の下にクマがある土童だった。顔を見合わせてから、昭唯が声をかけ、事情を説明する。


「――ああ、確かに来た。だが、人を待つから宿は不要だと言って、食料を受け取り歩いていった」


 その言葉に昭唯は目を丸くしてから、呆れたように息を吐く。


「どちらに行ったか分かりますか?」

「丘に戻ると話していたが?」

「……そうですか」


 礼を告げて、透理達は引き返す。そして少し歩くと、沈黙を打ち消すように昭唯が言った。


「振り出しですね」

「ああ、そうだな……」


 感情の窺えない声音だが、透理の気分が沈んでいるのは明らかだった。

 その後も二人は通行人に声をかけ、第二、第三の通路を探してまわった。目撃情報がたまに聞けるものの、これといった情報は無く、明確な手がかりには繋がらない。


「困った迷子ですね……」


 昭唯の呟きに、透理が頷く。


 ――このままでは埒があかない。


「昭唯」

「なんです?」

「二手に別れよう」

「効率的ですが、我々まではぐれるのは危険では?」

「夕刻になったら、宿に戻ろう。そこで合流可能だ」

「それもそうですね。分かりました。では私は第四の通路で、引き続き話を聞いてみます」

「……俺は、もう少し中心街に行ってみる」

「分かりました」


 こうして二人はその場で別れた。

 透理が跳ぶように地を蹴る。その姿はすぐに昭唯からは見えなくなった。


 透理が向かった五つの通路の先にある大きな広場には、土童も人間も多数いた。

 周囲をさっと見渡し、己の格好は目立つようにも思ったが、他に衣類はない上、忍術を使うにはこれが都合いいので、気にしないように考えながら、透理は一人の土童に声をかけた。


「……おい」


 自分が声をかけるのは、初めてだったので、幾ばくか緊張した。本当にこういった時、昭唯の存在がいかにありがたいかを再確認してしまう。


「はい」


 すると土童が振り返り、平坦な声で返事をした。


「――この国には、寺社のように人間の戸籍を管理している場所や、地上からエレベーターという箱で降りてきた人間を把握し、管理するような場所はあるか?」


 透理なりに考えていたことを述べると、土童がすぐに頷いた。


「《|政所《まんどころ》》の右の二階で、土童が戸籍管理をしています。左の一階では、地上からのエレベーターの乗り降りを管理し、日高見国への入国者の記録と監視をしています」

「! その《政所》という施設は、何処にある?」

「あれです」


 土童は、透理の斜め後ろを指差した。透理がそれに従い首で振り返ると、そこにはいかにも都の公家が暮らしていそうな御所風の建物があった。朱色を基調としていて、金箔で模様が施されており、周囲には桜の大木が並んでいる。薄紅色の花が舞い落ちていく。左右対称の外観をしているので、右や左というのは、それを指すのだろう。


「助かった、ありがとう」


 会釈をしてから、透理はそちらに向かう。そして入り口から中へと進む。入る時に、ピンっと音がしたので、入室も管理されているのだろうかと考える。透理はまっすぐに、左側を目指す。戸籍があると言うことは、自分達が日高見国の者でないと判断されているはずだと思いつつ、まずは入国情報を確認することにした。それらを掴まれている状態の方が動きやすいのか、隠した方がいいのか思案しながら。


 左の部屋を一瞥し、二階との間に僅かな隙間があるのを確認して、透理は人の目が向いていない瞬間に、そこへ滑り込んだ。そして這って進み、中を見られる通気口から室内を見る。


 思ったよりも小さな部屋で、首輪をした土童が二名、透理の見た事の無い品に向かっていた。一見するとそれは和紙に似ているのだが、土童が手にしている筆でそれに触れると光を放って文字が刻まれる。なにより、宙に浮かんでいる。筆も墨をつけなくていいようだ。幸い文字は、透理にも理解できる、地上と同一のものだった。二人の土童は、水干姿である。


 ――二人だけならば、気絶させられる。


 そう判断し、心は痛んだが、背に腹は代えられないし、手がかりが欲しかった透理は、通気口の柵を外すと、音もなく室内に飛び降りた。そして気配無く二人の背後に移動し、手刀でそれぞれを気絶させた。椅子から倒れた土童を受け止め、ゆっくりと床に下ろす。もう片方は、机に突っ伏している。


 不思議な回転する椅子に座った透理は、正面の和紙のようなものを見る。

 そこには、人名と顔が並んでいた。


「これは……」


 絵とは違う。本人の顔が、そのまま映っている。不思議な技術だと思いながら、透理は筆を手に取ってみる。それで見つけた自分の名前に触れると、拡大されて、位置情報が出た。まさにこの部屋の光景が見える。下に狼狽えながらもう一度触れると、再び名前と顔の表示に戻った。するとその右端、赤字で【削除】と書かれていた。透理は迷わずそれに筆で触れる。すると透理の名前と顔写真が消えた。


「……」


 安堵する。この記録が存在していたら、日高見国の人間に、自分達が地上から来た――不審者だと思われかねない。それはよくない事のように思えた。続いて、昭唯の名前に触れて、位置を確認してから、今も通行人に話を聞いているのを見て取った後、削除を押した。続いて肝心の、嘉唯と三春のところを見る。すると【要注意人物・不審者】と赤字で記載されていたものだから、嫌な予感に襲われつつ場所を見た。なんと二人は別行動していた。


「三春……」


 現在三春は、一番最初に自分達が訪れた木と井戸のところで、膝を抱えて蹲り、泣いている。心配で胸がはち切れそうになりながら、これで助けに行けると安堵し、必死で自分を落ち着けながら、透理は記録を削除した。続いて、嘉唯の記録を見ると、嘉唯は大通りの一角で、首輪をしていない人間と満面の笑顔で雑談しているようだった。音声までは聞こえないが、楽しそうな顔をしている。相手は同じ年頃の、金にも銀にも見える不思議な髪色の少年で、目の色は青だ。整った容姿をしている。身につけている着物を見ても、富裕層に思えた。嘉唯は大丈夫そうだから、先に三春を保護しようと考えながら、透理は記録を抹消する。


 それから床に倒れていた土童を、自分が座っていた椅子に座らせ、透理は天井裏に戻り、その施設から外へと出た。そして急いで、記憶していた昭唯の居場所を目指し、その姿を見つけた。






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