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第11話 不思議な医術



「うどん、食べられるか?」


 濡卑の人々が運んできた食材から、なにやら透明な袋に入る白いものを取り出し、彩がそう尋ねた。


 透理達の動揺に気づいた素振りは、一切ない。


「ええ」


 ここのところ満足に食事をしていなかった昭唯が、笑顔のまま頷いた。

 勿論――警戒心を隠すための作り笑いだろうと、透理は判断する。


「――ご馳走して頂けるのですか?」


 昭唯の言葉に、静かに彩が頷いた。


「うっ」


 その時、奥の一角から呻き声が響いてきた。


「孝史……!」


 透理が孝史の顔を覗き込む。位置が床板よりも奥だったから、最初に運んだ位置に、孝史は横たわらせたままだ。重症過ぎて、一度横にしたから、動かすのが危険だったというのもある。


 孝史の側に、昭唯もまた膝を突いた。

 するとゆっくりと彩が歩み寄ってきて、屈む。膝に手を当てて、孝史を覗き込んでいる。


「――これは、縫って輸血をしないと命に関わる」


 淡々と呟いた彩の言葉の意味を、透理は昭唯を見る。昭唯も首を振っている。二人とも理解が出来ないのだと、透理は悟った。


 縫うというのは布地なら分かるが、輸血という言葉は初めて聞いた。


「誰か、火を見ていてくれないか?」


 彩が声をかけると、すぐそばから、嗄れた声が上がった。


「火の番は得意じゃ」


 馨翁が声を上げた。


 その姿に、透理が息を呑む。


「何、気にすることはない、雪童様のたっての願いなんじゃからな」

「……よろしくお願いします」


 透理が静かに頷く。

 それから彩は、持参した鞄をあけ、中から半透明な袋に入った赤い液体を取り出した。透理は思わず息を詰める。血に見えたからだ。


「それは……?」


 昭唯が尋ねると、彩が視線を向けた。


「輸血パックだ。万が一に備えて持ってきたんだ。治療用の医療キッドもある。これは血液型等が不一致であっても、問題なく使用が可能な品だ」


 彩は、静かに孝史の手を持ち上げる。意識がない様子で、顔色が非常に悪い。彩は孝史の手に、なにやら針をまずは刺した。その後、切り裂かれている腹部を、丁重に縫っていく。


 それを見て、目を丸くしていた透理は、何が起きているのか分からないながらも、雪童の、神の御業なのかと考える。だが昭唯は違う見解だった様子だ。


「異国の医術ですか?」

「まぁ」


 淡々と彩が声を返す。


「頭領、着物が沢山ありました!」


 そこへ、濡卑の一人が透理に声をかけた。


「……そうか」


 淡々と透理が頷く。喜ばしい報告だったが、今は孝史のことで必死だった。


「ああ、よかったら着替えろ」


 それを聞いていた彩が、振り返りながら声をかけた。

 その言葉に透理は驚いた。


 ――このように、普通の人として、普通の遭難者として扱われたことが、これまでには一度しかなかったからだ。そのたった一度は……今、死にかけている孝史や、隣にいる昭唯の手による施しだ。


「それと奥に温泉がある。自由に入れ。一人で入りたい時は、隣にもう一つ浴槽がある」


 彩が続けたそんな言葉に、いよいよ透理は困惑した。

 ――濡卑の入った風呂には、雛原村の人間ですら入らない。唯一の〝禁〟だ。


 膿やふやけた皮膚が、湯を汚す事は、腐肉を見るまでもなく普通は分かる。


「じゃあ俺から先に入る!」


 すると嘉唯が、先に声を上げた。

 それを聞いてすぐに、多くの村人達が立ち上がる。


 嘉唯の意図を察するように、次々と、濡卑の事には触れないままで、村人達が湯に入ると声を上げた。村人の後で入る分には、腐肉は問題にならない。村人はそれを知っているので、先に入ると述べたのだと、透理にはよく分かった。


 そんな気遣いが、透理にとっては優しくも辛いものだった。

 濡卑の人々は、まだ荷運びをしながら、村人達が温泉へ向かうのを見送っている。


「あがったら、二階の押し入れに布団が入っているから、出して適当に休め。後は、薬缶にはほうじ茶を作っておく」


 孝史の処置を終えた彩が、静かにそう告げる。

 透理は罪悪感に似た何かを胸の内に覚えながらも、何も言わないままでいた。





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