だが、その日から、昭唯は二人きりになると、透理に繰り返した。
今もそうだ。
「いやぁ、私は男前であり美人の恋人を持って、本当に幸せですね」
「……」
現在二人は、花刹山にほど近い
既に季節は初秋だ。
初夏に雛原村へと訪れてから、夏を越えた。
その間に……実を言えば、透理は四度、昭唯と寝た。押し倒されて焦っている内に流されて抱かれてしまった事もあれば、口づけを何度も何度もされる内、自分が欲しくなってしまって、昭唯の着物を引っ張った事もある。合計五度抱かれた結果、少しずつ透理の体は、昭唯の体温と与えられる快楽に順応しはじめた。
「透理」
後ろから昭唯に抱きすくめられ、透理はビクリと硬直する。
正直、昭唯の事を意識していないと言えば嘘になる。だが己は濡卑であり、昭唯はそれなりに高僧らしいと、今では知っている。
「っ」
後ろから耳元に口づけられ、ピクンと透理の肩が跳ねた。
「透理は私をどう思っているのですか?」
「……」
「『好き』か『愛している』でお願いしますね」
「……選択肢が無い」
「ええ? 二つもあるではありませんか、ああ! 『恋人』が抜けていましたね」
そう嘯く昭唯が、どこまで本気なのか、透理には分からない。
気恥ずかしくなって顔を逸らすと、丁度花刹山が視界に入った。
「あの山は……」
「あからさまに話を変えましたね?」
「……花刹山は、冬にはきちんと冬が来るんだろう?」
昭唯の抗議を聞かなかったことにし、透理はそう尋ねた。絵森郡は拾いから、一周するのに二十年ほどがかかる。立ち寄らない村や、途中で近道をして何度も経由する村なども存在する。
「ええ。そうですね。この時期になれば、少し早い初雪にも思えますが、あの山には遠くから見る限り、春も夏も秋も存在しません」
「何故だろうな?」
「逆に、こちらの土地に春夏秋冬がある方が不思議なのかもしれませんよ?」
「……そう考える事も出来るな」
いつも昭唯は、透理が思いつかない発想をする。透理は昭唯のそういった部分を純粋に尊敬している。
「透理、濁さないで下さい」
昭唯の腕に、より力がこもった。
「では、『好き』か『嫌い』かで構いません。貴方の気持ちはもう察しておりますし、『好き』以外の回答は許しませんが、今のままでは片想いのようで辛いのです。貴方の気持ちをはっきりと聞かせて下さい。そうすれば、あるいは諦めもつくかもしれません」
それを聞いて、思わず透理は俯いた。『好き』か『嫌い』かなら、そんなものは『ほぼ』決まっている。『好き』だ。ただ、人生で初めて、恐らくは〝恋〟をしているから、感情の名前には自信がない。だから、『ほぼ』だ。けれど。
「……俺は、濡卑だぞ。恋人になんかなれない」
昭唯がより強く、後ろから透理を抱き寄せた。
「それは、『好き』か『嫌い』かの返答ではありませんね」
「……昭唯。お前だって分かるだろ? 離せ」
そう言って透理は、昭唯の腕を振り解くと、枯葉の上に置いていた籠を背負った。
恋人になる事は、絶対に出来ないから、聞いていると空しくなる。濡卑だからだけではない。自分には、帝に直訴するという夢もある。そうすれば、恐らく極刑に処されるのは明らかだ。帝への直訴は禁じられている。その前に、父親の事も探して、必ず母の遺言を達成したいという想いもある。だからいつか、己は濡卑の一座からも離れる。この村から出て行く。定住できた今こそが、その時ではないかと考える事も多い。
「帰るぞ」
透理は歩き出す。それに、と、透理は考えていた。恋人にならずとも、今こうして隣にいるだけで心地がいい。これ以上を望んだら、己には分不相応な気がした。幸せになりすぎるのは、とても怖い。この後、悪いことが待ち受けているようで。