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第2話 滞在の条件


 後ろを振り返った透理は、一座の皆が疲れているのを見て取り、早く村で休みたいと考えた。つい足を速めてしまいそうになるが、それは堪える。


 こうして濡卑の一座は、三十分ほどして、落葉村へと足を踏み入れた。

 時・分や十二の月は、古から伝わっている数え方だ。


 村へと足を踏み入れると、最初に気づいた村人が、嫌そうに眉を顰めた。隣にいた奥方が血相を変えて隣家へ飛び込む。すぐに濡卑の一座の来訪は村中に知れ渡り、少し進むと村長が顔を出した。壮年の大柄な男だった。髭面で、猟をするらしく火縄銃を持っていた。


「濡卑の一座か」


 地を這うような声で言われ、一歩前に出た透理が頷く。


「三日間、滞在させてもらいたい」

「ふぅん。三日だけ滞在させるのは、まぁ、ある意味決まりといえば決まりだがなぁ。ああ、腐肉の嫌ぁな臭いがするな。こんな村の真ん中には置いておけん。滅多に法師様が来ない寺にでも泊めるか。一座の頭領はお前か?」

「ああ」

「そうか。慣例では、頭領と神子と、滞在場所の村長、つまり俺は事前に話し合いをする事になっているんだったな。村に滞在中の規則を伝えたり」

「宜しく頼む」


 透理の声に、村長が横を向いて、村人の一人に顎をしゃくった。


「案内してやれ」

「はい!」


 透理もまた振り返り、一座の者達に向かって頷く。それから歩みよってきた三春を一瞥し、安心させるようにその背に触れた。


「お前らはこっちだ」


 こうして村長が歩きはじめたので、三春を連れて透理は後に従った。


 連れて行かれたのは、村長の邸宅で、そこには村の重役らしい屈強な男達がいた。皆筋骨隆々としており、獣のようにギラついた目をしている。案内された土間で、透理と三春は並んで座った。


「それで? お前ら、名前は?」

「俺は透理、こちらは神子の三春だ」

「ふぅん。率直に言うが、何人女を出せる?」


 その言葉に、透理は面の奥で唇を噛んだ。どの村に置いても、大抵聞かれる質問である。滞在する賃料として、女性の体を差し出せと、男達は卑しい目つきで笑う。だが、透理はいつも同じ答えをしている。


「その……女性は皆、今は〝さわり〟が重い者ばかりで、とても閨の相手は出来ないんだ」


 こういえば、腐肉を嫌って、皆悔しそうながらも退くのが常だ。


「へぇ。じゃあ、男でいい。そこの神子様は、障りがないから、神子なんだろう? 呪いから一人だけ逃れているから、体のどこにも腐肉はないんだとかなぁ」


 すると村長がそう言って下卑た笑いを浮かべた。


「なっ」


 これまでこのような言葉が返ってきた事は一度も無い。狼狽えて透理は凍りつく。

 村長の周囲にいた男達が立ち上がる。


「ま、待ってくれ。三春はまだ十二歳だ……そうでなくとも、そんな……」


 これまで男性の体を求められた事は無かったが、透理も知識としては、近年この絵森郡では男色もひっそりと流行しているとは耳にしたことがあった。だからといって、女性を差し出せないのと同様に、男性を差し出すつもりもない。いくら差別されている身であるとはいえ、そんな非道は認めがたい。


「ん? 反抗するっていうのか? なら――何をしてもいいんだったな? 罰として」

「っ、それは……」


 透理が俯く。歩けぬ者も多い現状では、暴力を振るわれたならば、ひとたまりもない。


「頼む、それだけは止めてくれ」

「頼み方ってもんがあるだろ。面を外して、頭を下げろ」


 鋭い眼光で村長が言う。怖気が走りながらも、透理は手を持ち上げて御先狐の面を後頭部へと回した。そしてまじまじと村長を見てから、両手を床について頭を下げる。


「ほう。男前だねぇ。こりゃあいい。一つ提案だ」

「提案?」

「神子くんの代わりに、頭領さんが相手をしてくれるか?」

「え……?」

「お前さんからは、腐肉の臭いが感じない。ま、多少障りがあったとしても、突っ込めりゃ問題は無ぇからな」


 村長がそう言うと、その場に哄笑が溢れた。

 透理は三春を一瞥する。真っ青になって震えている異父弟は、膝の着物をギュッと両手で掴み、涙ぐんでいる。


「……分かった。だから三春と、他の一座の者には手を出さないでくれ」

「だから言い方がなってねぇんだよ。言い直せ。『出さないで下さい』だろ?」

「……手を出さないで下さい」

「いいだろう。神子様は送ってやれ。先にこっちは楽しんでるからなぁ」


 村長の指示で、ニヤニヤ笑った一番若い男が、三春のそばに立った。


「透理……」


 三春が泣きそうな顔で己を見たので、透理は微笑する。だがどうしても顔が引きつってしまったのは否めない。


「俺は大丈夫だ。先に一座の皆のところへ行っているように。いいな?」

「……」

「三春。早く行くんだ」


 語調を強めて透理がいうと、ビクリとしてから三春が立ち上がった。

 そして男と出て行くのを、透理は見ていた。ぴしゃりと扉が閉まってすぐ、村長が笑った。


「いやぁ、素晴らしい自己犠牲だな」

「……」

「いつまでその強気そうな無表情が持つ事やら」


 そう言って笑うと、村長が透理の背後に回り、羽交い締めにした。

 別の男が、前から透理に迫る。

 黒衣にほとんど露出はないが、うなじに息を吹きかけられた時、透理は恐怖と嫌悪から全身に震えが走ったのを理解した。正面の男に、強引に服を乱される。そして掌で鎖骨の上をなぞられる。もう少し左肩の部分には、障りがあるのだが、まだそれは見えないらしい。


「っ」


 耳に息を吹きかけられた時、いよいよ怖くなって、透理はもがきかけた。

 しかし――抵抗すれば極刑、そうでなくとも何をされても構わない事になる。それは一人だけではなく、一座の全ての者に飛び火する。一人が罪を犯せば、皆が罰を受けるのも決まりだ。


「男前を虐めるのは気分がいいなぁ。どうやって嬲ってやろうか」


 耳元でにやついた声を出され、透理は息を詰める。今すぐにでも抵抗して逃れたいけれど、一座の者を思うとそれが出来ない。悔しさと恐怖と、混乱。それらに襲われた透理は、自然と目が潤んでくるのを感じた。黒い瞳に悲愴が宿る。


 ガラガラと戸が開く音がしたのはその時だった。


「村長殿、今年の寺院戸籍の件で――……っ!!」


 その場にいた透理を含めて全員の視線が、戸口に向いた。シャラランと錫杖の輪が音を立てている。そこに驚愕したように目を丸くして立っているのは、濃鼠色の着物に金色の袈裟をつけた、長身の青年だった。少し色素の薄い髪を、後ろで一つに結んでいる。首からは長い念珠を提げている。


「随分なご趣味ですね」


 目を眇め、眉間に皺を寄せた法師が、透理の背後にいる村長を見た。


「おう。昭唯しょうい様も混ざるか?」


 その言葉を聞いて、透理の涙に濡れた瞳がさらに暗く変わった。悲愴を宿した瞳で、透理は昭唯を見る。するとバチリと目が合った。昭唯は目を見開き、息を呑んでいる。それから哀れむような眼差しで微苦笑してから、大きな左右対称の目をつり上げて、キッと村長を睨めつけた。


「何をたわけた事を言っているのですか。即刻その者を離しなさい!! 何人たりとも強姦行為は許されません」

「強姦? いやいや、これはこの頭領様も同意していて、なぁ?」


 村長がしらを切るように、後ろから透理の体に腕を回す。ぐっと唇を引き結び、透理は俯いた。きつく瞼を閉じると、眦に涙が滲む。


「では、貴方がよほど下手くそで、その方は痛みに怯えて泣いているとでも?」

「なっ!?」


 昭唯の言葉に、村長が呆気にとられた顔をしてから、顔を歪めて、唇をわなわなと震わせる。


「それならそれで、一人の男として見過ごせません。床の下手な暴漢が、狼藉を働く行為を見過ごすなど、御仏に誓ってあり得ませんので」


 そう口にして口角を持ち上げると、昭唯が前へと出て、村長の首へと真っ直ぐに錫杖の尖端を突きつけた。その先に、仏門の者が持つ陽力の淡い黄緑色の光が見える。陽力ようりょくを見るのが初めてだからというよりも、自分のすぐ脇にある錫杖と震え上がっている村長の様子、自分から飛び退いた正面の男に、透理が驚いて昭唯を見上げる。すると昭唯が今度はしっかりと笑顔を浮かべて、目を合わせると小さく頷いた。


「立てますか?」

「……ああ」

「では、一緒に参りましょう。私は隣の雛原ひなはら村の住職で、この村の戸籍の管理も行っている幸栖こうのす昭唯と申します。貴方は?」

「俺は、透理という……その……」


 一瞬だけ言うべきか否か逡巡したが、装束を見れば分かると判断し、透理は告げる。


「濡卑の一座の頭領だ。この村に、一座の他の者もいる」

「ええ。存じておりますよ。先程先に、寺へと詣でましたので」


 柔和な微笑を浮かべている昭唯は、村長が離れたのを確認してから、透理の前で膝をついた。そしてそっと透理の頬に手で触れ、顔を覗き込む。


「雛原へ参りましょう。半日もかかりません。あちらには、このような不埒な行為に及ぶ者はおりませんから」





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