「……よし、準備はいいな?」
「アタシはオッケー。二人は?」
「問題ないです」
「私も」
村で仮眠を取ったり、罠を仕掛けるなどをして時間を潰し、アリア達は声を潜めて家屋で最終確認をしていた。
それぞれ武器を確認すると、ランキーが頷いて家屋から出る。その後を追ってアリア達も出て行く。
「さて、どんな魔物かしら?」
「ま、見てからのお楽しみだよ。まあ、毎日来るわけじゃないらしいけど」
「あ、そうなの?」
アリアの言葉にジャネットが頷く。肩透かしの可能性もあることを告げる。先に言ってくれれば良かったのにと口を尖らせた。
「先に聞いちゃうと気が緩むことがあるからね。初参加だから考慮したんだよ。で、ここまで来ると嫌でも緊張するだろ?」
「まあ……そうね」
フランツにそう言われて周囲を確認するアリア。村は町のように明るくない。さらに深夜ということもあり、村人も寝ているため人の気配は無い。
そして風も無いのでシン……と、辺りは静まり返っていた。
「……」
「初仕事だ、俺達がなんとかするから気負わずに見ていてくれ」
「ええ」
冷や汗をかくアリアにランキーが明るく声をかける。灯りをつけるとブルグラップが居た場合逃げてしまうため、暗闇を進む形になっていた。不安が募るのは仕方がない。
「僕の後ろに居ればいいからね」
「うん」
フランツの後ろについたアリアを引き連れ、そのまま現場へと向かう。今日は当たりか、もしくは外れか。
ごくりと喉を鳴らし、ランキーとジャネットは家の陰から顔を覗かせる。
「ふご……ふごご……」
「おっと、当たりだったぜ」
ランキーが小声でそう言いながら顎で確認するように示唆する。アリアも物音を立てずに覗く。
「わ……!? あ、あれと戦うの……!?」
畑の野菜を齧っているブルグラップの身体はイノシシタイプの魔物だが、その体躯はゆうに通常個体の三倍ほどあった。
アリアは目を丸くして驚いているが、残りの三人はそれほど緊張はしていない様子だった。
「これは……中々の個体ですね。足を狙って、動きを止めてから頭に一撃入れましょうか」
「いい案だと思う。ジャネット、射かけることができるか?」
「もちろん♪ それじゃ、アタシから行くわ……!」
ジャネットがそう言った瞬間、弓に矢をつがえて狙いを定める。続けてランキーが驚くほど足音をさせないでサッと移動をする。
「嘘……!?」
「シーフの得意技だね。それじゃお願いします」
「シッ!」
フランツが身をかがめて飛び出すと同時にジャネットが矢を放つ。夜目は効いているが、やはり暗闇の中では命中率が下がるようで二本放った矢の内、一本だけが足の付け根にヒットした。
「ごふ……!」
「気づいたか! それ!」
矢でのダメージは軽微のようだが、ブルグラップが怯んだ。その隙にランキーが張っていた罠を起動させた。
ロープを引くとブルグラップが入って来た壁の穴の前に、大きな岩が転がってきて塞いだ。
「ふご……!」
逃走しようとしたブルグラップがそれを見て足を止めた。サイドからフランツが剣を構えて突撃する。
「このまま僕が行きます!」
「よろしく! ジャネット、フランツ君に当てるなよ!」
「あったりまえ!」
ジャネットがさらに矢を放ち、身体や足元に突き刺さる。その間に、フランツが横から剣をブルグラップの顔面に振った。
「ふご……!」
「やるな……!」
ブルグラップは視線をフランツへ向けると牙をカチカチと鳴らして頭をでたらめに振って剣を弾いた。
「フランツ!」
「大丈夫、これくらいは慣れたものだよ! たあ!」
アリアに平気であることを告げながらさらに斬撃を繰り出す。
しかし、ブルグラップも負けてはおらず、矢が背中に刺さりながらも剣と打ち合いをしていた。
「こっちにも居るぞ」
「ぶふー!」
「くっ……!」
そこで逆サイドからランキーがショートソードで目を狙う。ブルグラップはすぐに気づいて身体を縦に揺さぶりフランツとランキーを吹き飛ばした。
「剛毛と皮膚が硬いね。アタシも接近戦でやるしかないか……」
「だ、大丈夫ですか? 男の人でもあんなに吹き飛ぶのに……」
弓を背中に担いでからジャネットがダガーを抜く。アリアが恐る恐る尋ねると、彼女は自分の頬をぴしゃりと叩いて言う。
「これが冒険者ってやつだからね。あんたは見てていいよ。割と手ごわい個体だから危ないし」
「え、ええ……」
「ぶふぉ……!」
ジャネットがウインクをしてサッと暗闇に身を躍らせる。直後、ブルグラップの悲鳴のようなものが聞こえて来た。
「あ、い、いけそうね!」
「たぁりゃぁぁぁ!」
「うおおお!」
暗闇の中でフランツとランキーの雄たけびが聞こえてくる。金属が叩きあう音が響き、どうなっているのか不安を感じながらも三人の無事を祈る。
「……大丈夫、いざとなれば回復魔法もあるし……」
アリアはぎゅっと拳を握り家屋の陰からそんなことを呟く。
「そっち! 走ったよ!」
「大丈夫! ……ぐっ!」
「正面は無理だ、回り込め!」
「小回りが利くから僕が引きつけます! だあ!」
「ぶふ!」
まだ終わらないのかとアリアは冷や汗を流す。だんだんと夜目に慣れてきたので、各々の動きが見えて来た。
ブルグラップは畑の狭さと家屋のせいで軽やかに動けず、その隙をついてフランツが正面で斬撃を繰り出しながら避けるというヒットアンドアウェイを繰り返していた。
ランキーとジャネットも常に背後から仕掛けるのも見えていた。
「あ、あ……頑張って……!」
「チィ……!」
アリアが声援を送った瞬間、フランツが牙を盾で防ぎながら吹き飛ばされた。
「フラ――」
近くに転がってきたフランツへ声をかけようとした瞬間、頬に冷たい液体がかかった。
「これは……血!?」
「いてて。アリア、ここは危ない。もっと奥へ行くんだ。もう少しで終わる!」
「フランツも危ないわ!」
「僕は大丈夫。装備もいいのをもらっているからね! ……よし!」
「あ!」
フランツはサッと起き上がって顎の汗を拭うと、ブルグラップへと突撃した。
頭を振り回してランキーとジャネットが弾き飛ばされるのが見え、アリアはびくっと身体をこわばらせる。
「わ、私もなにかしないと……! 冒険者としてやっていくならちゃんとしないと……そうだ――」
しかし、アリアはフランツがやられると感じて身体を震わせながらもそう呟く。
そして――