「戻りましたよっと」
「お帰りなさいませ、お父様」
「うおお……リアと同じ顔でそれは止めてくれ……」
「あはは……申し訳ないです」
ギルドの依頼から戻って来たリアの父であるギルフォードをアリアとフランツが出迎えた。
しかし、性格の差によりギルフォードは脱力して勘弁してくれと手をひらひらさせながら眉間を指で押さえていた。
「まあ、その顔でお嬢様されたら私達もそうなるよ」
「ジャネットさん」
その後ろからギルドのメンバーであるジャネットが笑いながら姿を見せた。
見つけた縁ということもあり、アリアとフランツの世話係として接してくれていた。
「で、なんだ? 食事はいいものを与えているし、部屋も悪くないだろ?」
「ええ、その点は感謝しています。加えてお願いがあるのですがよろしいですか?」
「ええー……」
ギルフォードはすでに厄介ごとに首を突っ込んでいるため、大人しくしていて欲しいと嫌な顔を隠しもせず呟いていた。
ジャネットがその様子を見て笑っていると、ギルフォードは咳ばらいをしてから応接室へ来るように指で示唆する。
なんだかんだと娘と同じ顔をしているアリアには甘い父親であった。
程なくして応接室へ四人が集まると、アリアが口火を切った。
「お疲れのところ申し訳ありません。ひとつ、お願いがありまして」
「さっきそんなことを言っていたな。なんだね?」
ギルフォードは口をへの字にして腕組みをして質問を返す。アリアは小さく頷いてから話を続ける。
「はい。率直に言うと、私をギルドの依頼に連れて行って欲しいんです」
「はあ!?」
「おやおや」
「まあ、その反応ですよね……」
内容を聞いた瞬間、ギルフォードは目を丸くして大声を上げた。ジャネットも声を上げはしなかったものの、目をパチパチとさせていた。
「……どういうつもりでそんなことを? ここまで旅をしてきたのなら知っていると思うが危険な仕事だ。フランツなら話はわかるが……」
「カモフラージュのためです」
「なんだって?」
ギルフォードは少し脅かしておこうと凄みを利かせて言う。しかし、アリアは気にした様子はなく指を立ててから微笑んでいた。
「彼女はリアさんに似ているという話です。アリアがリアさんの恰好をして依頼を受ける姿を見せれば追手を欺けるかと考えたんです」
「あー、そういうこと。確かにリアと同じ行動をとればそれは『リア』になるってことだね」
「ええ」
すぐに意図を理解したジャネットに微笑むアリア。ギルフォードはそれを聞いて顎に手を当てて唸る。
「うーむ、そういうことか。俺としては構わないが……なにかあっても責任は持てないぞ?」
「そこは僕も変装をして同行するので」
フランツはアリアを守るのは自分がやると真剣な顔で言う。
「わかった。確かに匿うだけより、偽装した方がバレにくいというのは間違いない。その方がウチのメンバーも安心かもしれないな」
「?」
どういうことだとアリアが首を傾げると、彼は現状を伝えてくれた。
ひとまずクランのメンバーは全員アリアの存在を知っているが、あまり長い期間を隠していると緊張が続き、面倒くさくなってくる。
別にバレたところでクランに痛手はないが、メリットはお金しかなく、匿っていたことを非難される可能性などデメリットの方が多いのではとメンバーは考えていると言う。
「確かに……」
「そうですね。私達の我儘で置いてもらっているので不満があるのは理解できます。逃げているというのは間違いないですからね。では、その不満を解消するため偽装といきましょう」
「そうするか。しかし、そんなやる気だとは思わなかったぜ」
「この逃走劇も大詰めですし、出来ることはやっておかないと、ね?」
アリアはそう言ってウインクをするとフランツと共に席を立った。
「装備はジャネットに用意してもらう。いつからやる? メンバーをあてがわないと……」
「アタイともう一人くらいでいいんじゃない? そういえばアリアは戦えるの?」
「ええ。魔法を少々」
「ふうん、なら他の冒険者とかち合わなければ戦力として数えていいって感じだね!」
「よし、なら準備を考えて明後日から変装して依頼を受けるってことでいいな?」
「お願いします」
フランツが頭を下げ、アリアと共に応接室を出ていく。残されたギルフォードとジャネットは二人の足音が遠ざかっていくのを確認してからため息を吐く。
「あははは! あの子、面白いじゃない。まさかリアの真似をするなんてさ」
「まったく……言葉遣いは丁寧だが、ああいう無茶なことを言うのはリアに似ていると感じるぜ」
「どうなんだろうね? どさくさに紛れて逃げるとか?」
「前金でいくらか貰っている。この時点で逃げてくれるならそれはそれでアリだ」
ジャネットの質問にギルフォードはそう答えた。
現時点でアリアの意図は先ほど言った、かく乱で間違いないだろうと頷く。
「なるほど。なら、後は興味本位ってところかねえ」
「恐らくな。まあ、適当に遊ばせておけばいいだろう。依頼も採取とかでもいいかもしれん。そこは任せる」
「オッケー。リアと同じ顔だけど、魔法が得意なんてねえ。あの子は全然使えなかったから」
「見た目が同じでも、中身は大きく違うってな。……リア、帰って来ねえかなあ……」
「マスターが行くように言ったんじゃん……んじゃ、後はやっておくよ」
「頼む」
ジャネットもひとまず面倒を見ると言って応接室を後にする。最後に残されたギルフォードはソファに背を預けてから天井を仰ぐ。
「……リアはなにをやっているのかねえ? 今、戻ってきたら驚くだろうな……」
なにか腹に持っていてもギルフォードは突っぱねることができる能力があるし、仲間も居る。
そのためアリアがなにを考えていても特に痛手は無いと考えていた。
「隣国へ行く、追手が居る……むしろその追手の話を聞いてみたいもんだな」
ギルフォードはそう呟く。
ただの貴族のお嬢さんにしては度胸がある。コミュニケーションもしっかり取れている。
彼の知る貴族というのは意外と口だけの人間が多かったのを考えると、アリアは少し特殊だと、そう思うのだった。
「さて、リアと同じ顔の人間に死なれたら寝覚めが悪い。装備はきちんとしておくか……」