「あ、そっか! よっしゃ、ついにこの日が来た!」
「ひゃん!? 急にどうしたのー?」
あたしが急に大声を上げたので、あたしの髪を整えていたシルファーがびっくりしていた。
なにごとかと尋ねてくるシルファーに壁のカレンダーを指さしてから言う。
「今日は町へ行く日だろ? 久しぶりに外だ、外」
「あー、そうだね。ここに来てからもう十二日くらいだっけ? 前の週末はディーネとの特訓で潰れちゃったもんねー」
「そうそう」
一週間は七日あるんだけど、あたしがここに来た時は頭から数えて四日目にあたる『土の日』だった。
だから週末の『暁の日』と『陽の日』は言葉遣いとかの特訓に回されていくことがなかったのだ。
「金は持っているし、なんか買おうかな」
「アリアはよく雑貨のお店に行くよー。ご飯とかおやつはわたし達が用意するからアクセサリーとかを買うね」
ほら、と、鏡のついている机の引き出しを開けると色々な貴金属が入っていた。
「あー、アクセサリーね。なんか効果があったりするの?」
「効果?」
「うん。防御魔法がかかっていたりとか、麻痺を効きにくくするみたいなやつ」
「あ、そういうのはないよー」
本当にただのアクセサリーだとシルファーが手をひらひらさせて笑っていた。
なんらかの付与が無いとつけていても意味がないと思うのは冒険者との差って感じがするなあ。
「これなんてリアに似合うと思うけどー?」
「はは、付与が無かったらジャラジャラするのをつけるのはシーフにゃ似合わないよ」
音を立てる、というのは斥候や索敵をする上で非常に厄介なものとなる。
だから効果があってもあたしは指輪とか腕輪みたいにぴったりと身体に密着するものしかつけなかったりする。
「なら、お店でいいのを見つけようかー。はい、終わり!」
「サンキュー」
「ダメダメ、ありがとうございますだよー」
「お、そうだな!」
久しぶりの自由時間で浮かれていたあたしはシルファーのお説教など構うことなく着替えに入る。
服を脱ぎ捨てるなと怒られたけどスルーした。
「それにしても……」
「ん?」
「可愛い服しかないなあ……あたしの服じゃダメ?」
「ダメだよー。リアは今、聖女なんだから。町に行ったら注目されるよー」
「マジか……」
当然と言えば当然だけど、精霊達も全員ついてくるそうだ。となると確かに目立つ。
「さ、というわけで、わたしのコーディネートで今日はお出かけしよー!」
「あ、ちょ、そんなの似合わないって!」
「顔はアリアと一緒だから大丈夫だよー♪」
そう言ってシルファーが目を光らせてあたしに飛び掛かって来た。
◆ ◇ ◆
「今日は町に……行く気満々ですね」
「おう……」
「なんじゃ、不機嫌じゃのう」
着替えてから食堂へ向かうとディーネがあたしの恰好を見て苦笑していた。口を尖らせて返事をすると、新聞を読んでいたノルム爺さんが首を傾げる。
「いやあ、アリアよりスタイルがちょっといいから着せがいがあるねー♪」
「ぐぬう」
「なんで唸ってるんだよ? 似合ってるじゃねえか……ぐあ!?」
椅子に座っているイフリーがそんなことを言うので頭をはたいておく。
「はいはい、照れない照れない。というわけで今日は町へ行くよー」
「それは問題ありませんが、言葉遣いには注意してくださいよ?」
「わかってるよ……わかってます」
あたしは頬を膨らませながら着席をする。
自分の着ている服がフリフリの可愛いものなので、似合っていると思っていない。
……まあ、その恥ずかしいってやつだよ……
「ほらー、似合っているって」
「そうですね。なにが不満なのです?」
「いや、いい。今日は絶対なにか買うぞー!」
「いきなり叫ぶなよ。まあ、ご褒美みたいなもんだからある程度は金を気にしないでいいぜ」
「マジ!? えへへへ……」
お金に糸目をつけずに商品を買えるなんて夢みたいだとあたしは頬が緩む。新しいダガーとかいいかもしれない……!
「うわ、だらしない顔ー!?」
「そりゃ、なんでも買っていいって言われたらこうなるって」
「なんでもいいとは言っておらんぞ!?」
「そのあたりは町へ行ってからにしましょう。朝ごはんも向こうで食べましょうか」
「さんせーい!」
ノルム爺さんが目を丸くして驚いていた。ちょっとくらいいいじゃんかね? ひとまず出かけるなら向こうで色々済ませようと提案が出た。
それならとノルム爺さんとイフリーが『その場で』服を変えた。
「おし、行こうぜ!」
「今の、精霊の力……?」
「そうだねー。男性体はオシャレより利便性を取るから魔法で変えちゃうんだよねー」
「楽だしいいだろ? 馬車を回してくるぜ」
イフリーは笑いながら親指を立てて食堂を出て行った。衣装は鎧兜から貴族が着るようなジャケットと紳士が被りそうな帽子に変化していた。
「爺さんは……」
「ん?」
爺さんは灰色のローブから司祭様が着そうな豪華な羽織ものになっていた。いつもこうなら結構かっこいい爺さんなのにと思えるレベルだ。
「シルファーもできるのか?」
「もちろん! でも、服は自分で選びたいかなー」
ということらしい。あたしも自分で選びたかったけど! ……とは言わず、馬車に乗るため外へと向かった。
「へえ、いい馬車だな。こいつも元気そうだ」
「名前はハリヤーだよー。やっぱり聖女の馬車はいいのにしないとさ」
シルファーの紹介で若い馬が一声鳴いた。パワーがありそうで頼もしく感じる。
「御者は俺がやるから、他は後ろのキャビンに乗ってくれ」
「お、一頭だけで引くのか?」
「うむ。ワシら精霊は重さという概念が無いからな。軽くも重くもできるのじゃ」
「嘘だろ!? ……いいなあ」
「あら、どうしてです? やはり女性は軽い方がいいと思っていたり?」
ノルム爺さんの言葉を聞いて衝撃を受けた。驚いているあたしにディーネが尋ねてくる。
だけどそんな殊勝な理由じゃないことを、荷台に備え付けられた椅子に座りながらに告げる。
「ダンジョンに罠があるんだけどさ。重さで発動する落とし穴とかはかからないからいいなあって」
「なるほどな。確かに重量で判定のある罠は厄介だ。俺達にゃ分からないが、理解はできるぜ」
「だろ?」
御者のイフリーが聞いていて、小窓からニヤリと笑っていた。こいつは軽いが、見た目通り戦士系なので実は話が合う。
正直なところ一緒に依頼とか受けたら頼もしいと思う。
「さあて出発だ!」
「「ごー!」」
イフリーの言葉にあたしとシルファーが片腕を上げて相槌を打った。
なんか町に行くのも久しぶりだけど……アリアの真似をしてってのが緊張するなあ。
そんなことを思いながら一路近くの町へと向かうのだった。