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第20話

 ――リアが聖殿に馴染み始めたころ、逃亡生活を続けているアリアとフランツは、とある町で過ごしていた。


「どう?」

「エルフやドワーフが多い。恐らく精霊の指示で僕達を探しているようだね」

「もー、面倒くさい! 早く遠くの国へ逃げて一緒に暮らしたいのに!」

「アリアは馴染んでいたけど、精霊の力は強いからね。簡単に逃げられないのは分かっていた」

「うん……」


 ベッドで暴れるアリアへ、椅子に座ったフランツが真面目な顔で告げる。

 リアが言ったように、普段は頼りなさそうに見えるフランツだが、こういう重要事態の時は熟練の戦士のようになる。


「フランツ、カッコイイ……あの時みたい……」

「い、いや、それより脱出方法を考えようよ」


 アリアがうっとりした顔で呟き、フランツが照れながら視線を逸らす。

 二人が出会ったのは王都で王子の生誕祭が行われた時だった。そこへアリア達も出向いたのだが、その時に護衛としてフランツが参加していた。

 最初は特に特徴のない普通の騎士だというのがアリアの認識だったが、嫌な貴族に言い寄られている時に機転を利かせて助けてくれたのがフランツだった。


「たまには思い出してもいいじゃない。シルファー達もあの時、あのクソ貴族のせいで離れてたのよね」

「そうそう、それでアリアをバルコニーに誘って口説く、みたいな感じだったよね」


 アリアが話を続けたのでフランツは苦笑しながらそれに乗った。


「そこを颯爽とフランツがやってきてあいつから離してくれ、ディーネやイフリーのところへ連れて行ってくれたのよね」

「あの方は女癖が悪いというのを知っていたから、聖女様になにかあったら困ると判断してやったんだけどね」

「でも気持ち悪かったから良かったわ。あなたと会えたし、ね?」


 それからアリアはフランツを気に入り、彼女の指示で自分につくように国王陛下へ頼み込んだ。

 その後、定期的に護衛と称してフランツを聖殿に呼んでいた。もちろんカムフラージュのため女性騎士や他の騎士も護衛にしていた。

 そして約一年が経った今、温めていた計画を発動して聖殿を飛び出したというわけである。


「まさか逃げ出したいって言うとは思わなかったけどね……」

「お母様や歴代の聖女はそれで良かったかもしれないけど、私は嫌よ! あのパーティだって結婚相手を見つけるために招待されたのが透けて見えるんだもの」

「まあね。聖女だって好きな人と一緒になりたいと考えるはずなんだ。僕達の行動が今後の指針になればいいと思うけど……」


 聖女も一人の人間なんだからと口を尖らせるアリアと、正当性があると言い聞かせるような口ぶりのフランツ。


 聖女が居なくなれば次など無いのだが、アリアは目を細めてニヤリと笑う。


「私達が子供を作って戻ればうるさくは言われないはずよ」

「う、うん。それは恐らくそうなんだけど、大胆な手に出たよね」

「そりゃあね。聖女不在になったら困るのは国王様や家族よ? 今後、私みたいなのが出ないようにするなら恋愛くらい好きにさせるのはアリだと思うけどねー」

「僕は処刑されないといいけど……」


 一応、戻るつもりはあるらしく、子供を作ってから事実上なにも言えないようにするのだとアリアが言う。

 フランツは天井を見上げながらその時にどうなるかと想像を巡らせていた。子供さえいれば夫は要らない。むしろ、迷惑をかけた代償か見せしめとして処刑される可能性だってあるのだ。


「……それをしたら私で聖女の代は終わらせるわ。子供を殺して私も死ぬ。私を産んだ時にお母様は子供を産めない体になったみたいだし、血は途絶えるもの」

「まだお若いのに」

「体が弱かったってお父様は言ってたけど……そんなものかしらね?」

「聖女の血が絶えるのは良くないから死ぬのはやめてくれよ? それは僕も悲しい」

「……」


 大好きなフランツの言葉だが、アリアはそれについて頷きはしなかった。

彼女は我儘だということを自覚しているし、今回の騒動も我儘から始まったことだ。

 その我儘は聖殿という場所の崩壊を招くほどの所業だ。だが、彼女はこの件について深く考えていた。


「……ま、あの人を身代わりにするのはちょっと可哀想だと思ったけど」

「リアさんかい?」


 今度はフランツの言葉に頷く。そのままアリアは枕を抱えて言う。


「そうね。まあ、顔が似ているだけで、言葉も仕草も乱暴だったし、私ほど可愛くないからすぐに身代わりを辞めさせると思うけど」

「はは……」

「でも本当にびっくりするくらい似てたわよね。お姉様とか言っちゃったけど、双子と言ってもおかしくないくらいだし」

「うん。でも、彼女を置いて気を逸らすなんてことを考えるとは思わなかったけどね」

「報酬はいいのを上げたし、聖女の役に立てるなんて光栄だと思うんだけど?」

「騙す形になったのは不味いとは思うよ」


 真面目な顔でフランツはアリアにそう告げる。だが、アリアは悪びれた様子もなく肩を竦めていた。


「どうせもう会うことも無いから大丈夫よ。さて、それじゃ国境を抜ける計画を立てましょうか」

「オッケー」


 ここでようやく話が戻ったかとフランツは頷いた。

 話し合いの結果、夜は警戒されているはずなので昼間に抜けることにした。


「乗合馬車は並んでいる時に見つかりそうだから徒歩だね。次の町までは我慢してね」

「もう一つ国を抜ければさすがに手出しは出来ないものね」


 自国で捜索隊がウロウロしているとなればその国が訝しむ。冒険者ならリアのように他国への移動はあり得るものの、人探しでエルフやドワーフが大量に入りこんだらどうなるか? 戦争の下準備と思われる可能性があるのだ。

 それを見越して移動に移動を重ね、ヨグライト神聖国の権限が届かないところへ行きたいということであった。

 そしてその予測は当たっており、捜索隊も大っぴらに探せないため、たった二人を見つけるのは難航していた。


「ふっふっふ……髪を切って正解だったわね」

「そうするとリアさんそっくりだ」

「ほくろくらいだもんねー。さて、次の町を越えたら国境ね。大人しく身を隠していざ隣国へ!」


 フランツとアリアは前の町を抜け出し、徒歩で次の町へ到着する。

アリアの体力がないため休みながらだが、森は身を隠せるし、意外とアリアもキャンプ生活に慣れてきたためそれほど危機感を持たずにここまでやってこれた。

 そして最後の町に足を踏み入れた二人。ここが最後の拠点になるかと宿に行くため歩き出す。

 しかしそこで思いもよらないことが起きた。


「ん? あれ、リア?」

「え?」

「ん?」


 通りを歩いていると不意に声をかけられた。しかも身代わりに仕立ててきたリアの名を口にして。


「ひ、人違いですよ」


 アリアはフードを被っているので慌ててそう答えて早歩きをするが、声をかけてきた女性は意地の悪い笑みを浮かべながら回り込んできた。


「なにフードなんかしちゃって? ていうかこっちの男は誰よ?」

「あ、いや、僕達はおっしゃる人とは違うんです。通してもらえますか?」


 フランツは一瞬だけ焦るも、人違いだということを強調してアリアの前に立つ。すると女性は首を傾げた。

 少し考えた後、女性はポンと手を打ってから満面の笑みを浮かべて言う。


「そっか、彼氏が出来たのを親方にちゃんと紹介するまでアタシ達には知られなくなかったってことね♪ まあ知っちゃったもんは仕方ないわ! とりあえずクランに行きましょう」

「あ、いや、だから僕達は――」

「……仕方ないわ、とりあえず行きましょう。リアはシーフだって言っていたわよね。この町にあるとは思わなかったけど。ここで逃げても面倒だし、誤解を解くなら親方って人に話した方が早いかもしれないわ。成りすます手もあるけど」

「……わかった」

「どしたの?」

「いえ、何でもありませんわ。行きましょう」

「あはは、いつもなら『うるせえ!』って言ってくるのにどうしたのさ」


 女性が肩を竦めて苦笑する。アリアは確かにリアなら言いそうだと考えた。


「こほん……それでは。うるせえんだよ! さっさとクランに連れていきな!」

「はいはい、お姫様。調査も気になるし、早く帰ろう。でもリアに彼氏ねえ――」


 まったく悪気はない女性の後を二人はついていく。本当に悪い人ではないというのは話し方で分かるのだが――


「はあ……まさかここで引っ掛かるなんてね。リアさんを囮にした罰かなあ……」


 こんなことをしている場合じゃないのに、とフランツはため息を吐くのだった。

 予期せぬ出来事によりリアのクランへ行くことになった二人。

 しかし、アリアはフランツと違いこれはチャンスと考えていた。

 そしてクランに到着し、親方であるリアの養父と顔を合わせるのだが――


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