「……つっかれたー!」
「あはは、お疲れ様ー!」
謁見が終わり、あたしはみんなで集まれる部屋にあるふかふかのソファへダイブして大きな声を上げた。
それを見てシルファーが笑いながら労ってくれた。
「ん」
「なにー?」
「抱っこさせてくれ。みんなを癒したからあたしを癒してくれ」
「しょうがないなあ」
ソファで腕を伸ばしてシルファーを呼ぶと、苦笑しながら寄ってきてくれた。いい子だ。あたしより長生きしているけど。
さて、それはともかく初仕事はまずまずの成果だった。十組予定はキャンセルした奴もいたらしく、最終的に九組と顔を合わせた。
確かに聖女と何度も会うという人間はそうそう居ないため、アリアかどうか判断しにくいと思う。
まったく疑われることもなく怪我や病気を治療し、たまに話を聞いてやっていたよ。
で、驚くべきはあたしの『ムーンシャイン』は本物らしく、怪我はもちろん腰痛や爺さんがよくかかるリューマという関節の病も緩和できた。
爺さんは大喜びだったけど、シルファーとディーネが変な汗をかいていた。だけど、それが『本物』であることを告げていた。
「それにしてもこの力は便利だよな。これから依頼を受けてもシーフとしてじゃなく、魔法使いとしても働ける」
「そうだねー。聖女よりも聖女らしい力だもん。あー癒される」
あたしがシルファーの肩にムーンシャインを使う。肩が軽くなったらしい。
「そういえば話を聞くのは女の人と年寄りが多かったな」
「うん。結婚生活が上手くいってなかったり、子供の問題とかだねー。お年寄りは、身内が居ないとなかなか話し相手が居ないからさ」
「寂しいってことか」
クランにもベテランの爺さんが居るけど、言われてみれば『ワシの若い頃は』ってよく絡んでいる気がする。
「知っている友達とかに話さないのかねえ」
「知り合いに聞かせたく話とかもあるみたいだけどねー」
「あー」
なんとなくわかる気がする。そんなことを考えていると、ディーネ達が部屋に入って来た。
「ぶはは! シルファーお前、子供かよ! 抱っこされてたらまんまじゃねえ……いてえ!?」
「イフリーうるさいー」
「おお、その魔法いいな」
入ってきて早々、イフリーがシルファーに大笑いをしていた。そこでシルファーが風の塊を手から飛ばして顔面にぶつけていた。
「元気じゃのう。リア殿、今日はお疲れじゃった。礼を言う、ありがとう」
「いやいや、結構なんとかなる感じだったから楽だったよ。シルファーとディーネのフォローも助かったし」
「ふふ、なによりですね」
ディーネもひと仕事終わったからか、眼鏡の位置を直しながら微笑んでいた。
「いてて……にしても本当に凄かったみたいだよな。アリアよりも――」
「それ以上はダメじゃぞ。さて、この後は自由じゃが、明日のミーティングだけやっておこうかのう」
「オッケー。っつっても、明日の予約人数を聞いておくくらいじゃね?」
「いーえ、他にもあります! リアさん、あなた何度か言葉遣いが怪しかったでしょう? 少し特訓をしますよ」
「えー!? 初仕事なんだから勘弁してくれよ」
「特訓が終わればケーキとお茶を出しますよ」
「え、ケーキ? ……うーん」
特訓と聞いてうんざりしたので、今日は辞めようと反論をするも、ケーキを出してくれると言い出した。ケーキなんて贅沢品を出されたら唸るしかない。
「ケーキで悩むのー?」
「当たり前じゃないか。ケーキなんてそれこそ誕生日に食えるかどうかだぞ? 一切れでも悩むに決まってる」
「アリアはよく食べていたけどねー」
おやつで出ていたらしい。勉強とか特訓した時にご褒美として与えていたとか。
「おやつ……」
「涎出てるよ!? 結構、女の子らしいよねリアって」
「あたしをなんだと思ってるんだよ……」
「そう思われたくなかったら直しましょうね。好きなケーキを出してあげますから」
「うへえ……」
だけどちょっと勉強してケーキが食えるならアリだな。あたしは少し間を置いてからディーネに言う。
「なら、夕食の後、風呂に入ってからチーズケーキを所望いたしますわ」
「現金だなあ。シーフだけに?」
「ほっほっほ、上手いことをいうのう、シルファー」
あたしの言葉にシルファーとノルム爺さんが苦笑していた。ちゃんとした言い方をしたのになんだよ。
「今日はディーネが当番だったっけ? なら、晩飯は俺が作るか」
「あら、そうでしたか。お任せしてもいいかしら」
「ああ! リアはきちんとお嬢様言葉を覚えるんだぜ!」
「余計なお世話だ!」
「ははは! じゃあな、頑張れよ」
イフリーがからかってきたので追いかけると、ひらりと回避して扉の向こうへと消えて行った。
「もう!」
「イフリーはリアを気に入っているみたいだよねー。アリアにはこんな態度取らないもん」
「そうなのか? まあ、悪いヤツじゃないってのは分かるからいいけどよ」
「ほら、また乱暴な口調。ではお部屋に行きますよ」
「あああ!? やっぱナシで!」
ディーネの目つきが鋭くなり、あたしの首根っこを掴んで引っ張りだした。これはキツイ特訓になりそうだ。
「いってらっしゃーい♪ ご飯までなにしようかなー」
「ワシは庭でもいじってくるかのう」
シルファーとノルム爺さんはそれぞれご飯まで自由にするようだ。土の精霊だからやっぱり庭をいじるのだろうか?
そんなことを考えていると、自室へと戻って来た。
「でも、言葉遣いってそんなに重要か?」
「はい、減点。特訓はもう始まっていますよ。それと重要かどうかと問われたら難しいですね」
「どうしてだ?」
あたしはベッドに座って首を傾げると、ディーネが咳ばらいをひとつしてから説明を始めた。
曰く、言葉使い一つで相手の印象が変わるからとのこと。冒険者としてやっていくだけならこのままでもいいけど、粗野な人間より真面目そうな人の方が安心できるとか。
そういや前に女の子のパーティと組んだ時に『一緒にされたくない』と言っていたことを思い出した。
「そうです。勝気な態度はリアさんの魅力ではありますが、場面によって使い分けられると冒険者としての格が上がりますよ。まあ今は聖女としてボロを出さないようにというのが一番大きいですけど」
「やっぱそこかよ……」
「はい、減点。続くとおかずが減ります」
「ああああああ!?」
無慈悲なディーネの言葉に絶望し、あたしは頭を抱えて呻いてしまった。
その後、ダメ出しを何度も受けながら丁寧な言葉遣いというのを覚えることに。
ちなみに夕飯のおかずが減ることは無かったし、ケーキもちゃんと貰えた。
まあ、驚くべきは……ケーキを作ったのがイフリーだったことである。
あいつ、チャラい癖にケーキはディーネのより美味しいらしい……確かにあのチーズケーキはまた食べたい。
初仕事の一日はそんな感じで幕を閉じるのだった。