「ふうー……緊張するぜ……じゃない、しますわ」
「そうそう、その調子ー。さて、申し訳ないけど今日から謁見をお願いするねー」
「お、おう、かかってこい!」
「くっくっく、戦いじゃねえんだか……いてえ!?」
昨日は緊急だったからあまり気にせずにいたけど、やっぱり相手を欺くのは緊張する。
とりあえずイフリーの後頭部を叩いて気を落ち着かせておこう。
「フォローは頼むよ」
「もちろんです。リアさんの回復魔法で治しきれないものに関してはこちらでポーションを用意しますので」
「うん」
ディーネが髪の毛や服のチェックをしながらそう言ってくれた。目元のほくろは化粧で消してくれたので鏡でみたらアリアに見える。
「予約は十組ほどじゃ。怪我人は優先的に回すから頼むわい」
「うん」
「リア、大丈夫―?」
「うん」
「リア、デートしようぜ」
「うん……ってするか!」
「んふ!?」
「お、いい角度でチョップが入ったねー」
緊張して生返事をしていたところ、イフリーが妙なことを言ったので首にチョップを入れてやった。
「もとに戻ったみたいですね。では、謁見の間へ行きましょう」
「いてて……んじゃ、俺とノルムで受付をするから、こっちは頼むぜ」
「よろしくー! さ、お仕事お仕事ー」
という感じで朝を迎え、いよいよ謁見して聖女の仕事をすることになった。
ひとまず、初見の人ばかりらしいのであたしが気を付けるのは言葉遣いくらい。
まあ、一日くらいで改善されるわけもないのでディーネとシルファーに助けてもらうことになると思う。
そんな危うい橋を渡るような一日が始まる。
◆ ◇ ◆
「アリア様、お初にお目にかかります。私はアベンドの町で商人をやっている、ウィリアムと言います」
「こ、こんにちは。きょうは、どういったご用件で参ったのでしょうか?」
一発目は少し太めの商人だった。あたしは笑顔を作りながら挨拶をする。脇で笑顔を見せているシルファーが『硬いよー』と小声で言ってくるけど勘弁して欲しい。
さて、このウィリアムと名乗った商人は後ろに大きな荷物を持った男を控えさせていたが、両方ともケガをしていない。となると回復魔法以外の用件になる。ということで先の質問だ。
するとウィリアムさんは片膝をついて語り出す。
「献上品をお持ちしました。どうかお受け取りください」
「お、プレゼントか?」
「は?」
「い、いえ、プレゼントですか?」
「そうです! 聖女様に捧げると幸運を授かるという噂を聞きつけて参った次第。おい、前へ」
「はい!」
ウィリアムさんが後ろの男に声をかけると、元気よく返事をして荷物を手に出てきた。
そこでシルファーとディーネが顔を見合わせて頷くと、荷物をもった男のところへ歩いて行った。
「では、こちらでお預かりしますね」
「開けてもいいかなー?」
「もちろんでございます」
シルファーが箱を持って尋ねると、ウィリアムさんはニコニコしながら頷いていた。
あたしのところに持ってくる前に検品を行ってくれた。少し前で中身を一つずつどこからともなく持って来たテーブルの上に置いていく。
「衣服と装飾品かなー?」
「後は果物とかですね。では、これはアリア様に」
「ありがとうございます」
「ははー」
二人に笑みを浮かべながらお礼を言うと、ウィリアムさん達は物凄く頭を下げていた。
で、献上品を持って来たシルファーが小声であたしへ言う。
「……一応、こっちに来てもらってからムーンシャインをかけてあげる形になるよ」
「え、そうなのか……?」
どうもケガをしていなくても、奇跡の力を受けると運が上がるというような話があるらしい。それをしてあげて欲しいとのこと。
「良いものをありがとうございます。では、あなた方に祝福を与えましょう」
「おお! ありがとうございます、ありがとうございます!」
「お、おらもですか!?」
「聖女様は平等ですから」
商人と使用人って感じかな? ディーネが微笑みながら道を開けると、二人はゆっくりあたしの前へと歩いてきた。
「膝をついて祈りをー」
そしてシルファーの言葉通りに膝をついた。そこでディーネに目配せをされたので、あたしは慌てて玉座から降りて彼等の前に立った。
「……ムーンシャイン」
「おお!?」
あたしが『なんかいいことあれ』と思いながら二人の頭に手をかざして口を開くと、パァっと光が降り注いだ。
「なんか暖かいだよ……」
「うむ……」
「……」
あたしは冷や汗をかきながら黙って手をかざす。横に立っていたシルファーとディーネも微笑みながら汗をかいているのが分かる。
特に疑われることもないなと思っていると、ウィリアムさん達二人の様子に変化があった。
「う……あ、熱い!?」
「旦那様、これは耐えられないだ!」
「きゃあ!?」
なんと突然、二人は上着を脱ぎ始めた。ディーネが驚いていると、シルファーが慌ててあたしの背中を叩く。
「もしかして火属性が漏れているかもー! 早く止めてあげてー」
「火!? なら涼しくなるよう考えればいいか? えい!」
あたしは風を起こそうと考えて両手を前に出す。すると今度は上着と二人を吹き飛ばしてしまった。
「あ、やば!?」
「やりすぎですよ!」
「で、でもなんか制御できなくて!?」
「どわああ!?」
「おら、もうダメですだぁぁ!」
ディーネが大きな声であたしの肩を叩いていた。こっちも予想外の展開なのでそう言われても困る。
けど、二人をこのままにしておいたら壁にぶつかって大怪我をしてしまいそうだ。
「やあ! わたしが風を抑えるから、リア……じゃない、アリアは反対属性の土属性を考えてみて!」
そこでシルファーが両手をかざして風を操り出した。すると、少し勢いが落ちた。
「わ、わかった!」
相反する属性なら威力が弱まるというので、土のイメージを手に込めて見た。
すると――
「ぐは……」
「あー……」
「あ!?」
――なんと、ウィリアムさんと使用人は石になって謁見の間の端にゴトリと落ちた。
「うわあ……石化させちゃった……」
「なんと強力な……これほどとは……」
「ねえ、これ大丈夫なやつ!?」
あたしは悲鳴に近い声を上げてディーネの肩を掴んで揺する。しかし彼女は慌てることなくノルム爺さんを呼んだ。
「ノルムさん、すみません手を貸してください」
「なんじゃ。なにか問題が……おう!? なんか石像があるんじゃが!?」
「それが――」
と、シルファーがノルム爺さんに説明をした。そしてあたしの力の驚きつつ、二人の席かを解いていた。
「ハッ!? わ、我々は一体」
「旦那様ぁぁぁ!」
ほどなくして目を覚ました二人が冷や汗を掻きながら抱き合っていた。
「いやあ、申し訳ない。ちょっとやりすぎちまった……じゃない、やりすぎました」
さすがに怒るだろうと頬を掻きながら愛想笑いを浮かべていると、ウィリアムさんはなにかを考えていた。
「あの?」
しばらく無言で腕組みをしていたが、やがて小さく頷いてから口を開く。
「……聖女様には見透かされておりましたか。……商売の運を上げるために謁見を申し入れたのですが、次の商談は……その、不正に加担しておりましてな……」
「え」
「旦那様……」
どうも次の商談以外でも不正を行っていたことがあるらしく、そのことがバレないためと、聖女の奇跡があれば心の中で正当化できると考えていたようだ。
だけどそれをあたしが見越して、罰を与えたのだと思ったみたい。
「あー、コホン! そうです。聖女様は最初から分かっておりました。行き過ぎた欲は炎のように身を焦がし、それが発覚すれば風で吹き飛ぶように一瞬でなにもかもを失うのです」
「うんうん。石になったらもう元には戻れないでしょ? アリアはそれを伝えたかったんだー」
おお……ディーネとシルファーがもっともらしいことを口にしていてあたしは感嘆した。
確かにそう捉えられなくもないかと胸中で拍手をする。
「やはり……今日はここに来てよかった。今後は真っ当な商売をするとここに誓います。お前も聞いたな?
「は、はい! 旦那様はご立派ですだ!」
「そ、そうですね。見ている人は見ています。誠実に生きることで不正を働くよりも益を得ることができるはずですわよ……」
「は、はい! 本日はありがとうございました!」
すっごい晴れやかな顔でお礼を言われた。ちょっと言葉が怪しかったけど、ディーネ達は微妙な笑顔を浮かべるだけだった。
「気を付けて帰るのじゃぞ」
「貴重なお時間をいただきました。では帰るか。なにか美味いものでも食いに行こう」
「いいんですかい!?」
「ははは! なんだか気分がいいからな!」
ノルム爺さんに送られて謁見の間を後にするウィリアムさんと使用人。それを見送ってからあたしは自分の手とシルファーの顔を交互に見る。
「へへ……」
するとシルファーとディーネがへらっと笑みを見せてから口を開く。
「えへ……って、なんで出来るのー!? 最初のって本物のムーンシャインなんだけど!」
「先代の力そのままでしたね……ちょっと弱い感じがありましたけど、回復魔法ではなかったです……! リアさん、あなた本当にシーフなんですか!?」
「そ、そんなこと言われても!」
青ざめた二人にガクガクと身体を揺すられて、あたしは涙目になる。まさかとは思ったけど、今のは本当に聖女の力だったようだ。
「その後は魔力が暴走していたけど、あれもとんでもない力だよー? 結構、風を抑えるの大変だったし」
「そうですね。石化なんてノルムさんが居なかったら解けなかったでしょうし……」
全属性持ちでもおかしいのに、魔力が桁外れなうえ、ムーンシャインも使えるのはどう考えてもおかしいと二人は頭を捻っていた。それはあたしも聞きたいよ。
「なんで出来たんだろ……」
「むぎゅ。うーん、こうなると双子だって言われた方がしっくりくるんだけどねー」
さすがにちょっと怖くなったのでシルファーに抱き着いた。彼女がアリアと双子説を口にすると、続けてディーネが言う。
「聖女様の始祖にもしかしたら兄弟や姉妹が居て、その血筋とかならあり得るかもしれませんね」
「あー、確かにそこまで遡ればあるかもしれないかな……? でも、そうなら凄いよねー」
「……」
シルファーの言葉にあたしはもう一度、手の平を見つめる。捨て子のあたしが聖女の末裔、ねえ?
力を使えたということはなにかしら秘密があると思うけど――
「おーい、次の謁見者を通すけどいいか?」
「うひゃ!? あー、いいよー!」
「よろしく頼むよ」
扉を少し開けてからイフリーが声をかけてきて、あたし達は飛びあがって驚いた。
考察する前に仕事をするかと、あたし達は顔を見合わせて頷くと、次の客を迎え入れた。