「訪問者に決まりはなく、お医者さんでも治せない病に対処する。それから精神的に参っている人の話を聞くだけの時もあります」
あたしの質問に、ディーネはハッキリとそう答えた。
回復魔法や癒しの力がどの程度なのか分からないけど、疑問を返す。
「医者でも治せないのに魔法は効果があるのか?」
「そこは聖女だけあって、アリアに伝えられている癒しの力は治療に使えるよー。でも、効いたり効かなかったりして安定はしなかったかな」
「聖女なのに安定しないとかあるんだな……」
「まだ修行中でもあるし、その内きちんとすると思うけどねー」
ムーンシャインという癒しの力はまだ若いからか、完全に癒すことができないのだそうだ。そこでふと気になったことを口にする。
「そういえば母親はどうなんだ? 聖女じゃないの? その人に来てもらえばいいんじゃないか?」
そう、代々ということは母親がそうだと思ったのだ。しかしディーネが頬に手を当ててため息を吐いた。
「うーん、残念だけどそれも難しくてね」
「え?」
「能力が衰えているのは目を瞑れるんだけど、一度ここを出て行ったら後は一般人として暮らすようになるの。だから聖(こ)殿(こ)に入れる資格が無い」
「でもそれを言ったらあたしは他人じゃん」
そんな制約があるとは益々面倒なところだなあ。するとシルファーが真面目な顔をし、両肩に手を置いてからあたしへ言う。
「だからこれはわたし達も賭けなんだってー。見つけられなかったらマジでこの国がアリアを草根の根分けてでも探しに走るの。戦争は言い過ぎたかもしれないけど、迷惑はかかるのよ」
「だから秘密裏に、か……ったく、あの馬鹿……」
「まー仕方ないよ。フランツと本気で好き合っていたしね」
「それであたしがこんなことに巻き込まれたんだ、たまったもんじゃないよ」
あたしは腕組みをして口を尖らせる。金払いが良くなければ絶対やりたくない仕事だ。
「偽物だってわかって処刑、なんてことにはならねえだろうな?」
「そこは大丈夫ー。わたし達が全力で逃がすよ。でも、メンツのために、見つかるまで居てくれって言うと思うけどねー?」
「ガバガバだな、聖女……」
いっそこんなしきたりなんて無くせばいいのにと思うが、聖女が国に居ることがステータスとのこと。偉い人の考えることは分からない。
アリアが逃げ出したのも分かる気がする。
ま、あたしも嫌になったら逃げだすつもりでもあるけどね? 伊達にシーフをやってないし、構造を把握するため暇な時は周辺の調査をするつもり。
「とりあえず聖女の成り立ちと役割はそんなところじゃな。奇跡の力を持つ聖女という肩書はもちろん健在。お布施もあるし生活に必要な物は王都から送られてくる。なにも無ければ安心して暮らせる場所じゃ」
「バレないようにすれば、だろ?」
あたしがフッと笑いながら肩を竦めると、シルファーはにっこりと微笑んでから頷いた。
「うんうん、その通りー♪ いやあ、リアは話が分かるから助かるよー。アリアは我儘だったからさ」
確かにそんな感じはあったかと思い返す。あたしも別にいい子ってわけじゃないんだけど。
「他になにか聞きたいことはあるー?」
そこでシルファーがにこにこしながら尋ねてきた。あたしは少し考えた後、四人を見て答える――
「そうだな……シルファーとかディーネの姉ちゃんって何者なんだ? 色んな奴を見て来たけど、聖女の世話係になれるくらいなら」
「……ふうん、凄いね。他の人間なら絶対にそこには触れないんだけど」
「ん? どういうことだ……?」
あたしの質問を聞いてシルファーが真顔でそう呟く。少し背筋に冷たいものがはしる。
「わたし達はいわゆる精霊というやつでねー。四属性を司るの。わたしは風の精霊、シルフの化身なんだー」
「せ、精霊……!?」
おとぎ話などで聞いたことがある。強大な力を持っていて、百人くらいなら一人で相手ができるとか。
「ふふふ、驚いたー? って、あれ?」
「ちびっ子でこんなに可愛いのに精霊なんだ」
「うわあ!?」
あたしは椅子から立ち上がり、シルファーをぎゅっと抱きしめた。シーフ仲間から女っけが無いとか粗暴とか言われるけど、可愛いものは好きなんだよな。
最初に見た時から抱きしめたいと思っていたのだ。
「今の話を聞いて驚くかと思ったのにー」
「驚いたけど、見た目はあたし達と変わらないし、そう怖くもないかな?。ふへへ、昔は妹が欲しかったんだ」
「やめてー! わたしはリアより年上だよー」
わしゃわしゃとシルファーの髪の毛を撫でまわしてやった。
「もー、終わり! それじゃ、次は聖殿の中を案内するよ。明日から謁見だから、主要なところだけ見てディーネに引き渡すー!」
「ごめんごめん」
構い過ぎたせいでシルファーがむくれてしまった。でもそれはそれで可愛い。
そのままあたしの手を引いて移動を始める。
「とりあえず着替えたところがアリアの部屋みたいだけど、あたしが使っていいものなの?」
「ま、大丈夫でしょ。逃げ出したんだし、帰ってきて使われてても文句は言えないよー」
「ま、それもそうか。早く見つかって欲しいもんだ」
「そうだねー。リアをこのまま拘束しておくのも心苦しいよ。あ、ここがお風呂だよー」
そんな話をしながらまた建物に入り、てくてくと歩いて行く。最初に到着したのはお風呂だった。
「お、いいな! って、もう沸いているのか」
「水の精霊と火の精霊がいるから……というのは冗談で、ここは温泉なんだよ」
「へえ、入り放題かあ。ひと仕事を終えてお風呂上りに一杯……たまらない……」
「おじさんくさいよ!?」
うるさい。疲れた体に染み込むんだよ。そこであたしはそういえばと、わざとらしく話を変える。
「そういえば修行があるとかしれっと言ってたけど、何をするんだ?」
「あ、聞こえてたー? うーん、基本的には運動かな? アリアは体力が全然無くてね、すぐ食っちゃ寝するから強制だったんだー」
聖女はぐーたらだったのか。
「後は魔法かな? そういえばリアも魔法を使いたいみたいだし、やってみる?」
「あ、やりたい!」
「なら、勉学もセットだねー」
「うげ、勉強……」
「あはは、リアは勉強が苦手なんだー」
あたしは学校に行ってないから賢くはないと自負している。シーフクランでリンダさんが計算や文字を教えてくれたくらいだもんなあ。
親父も計算高いけど、勉強ができるタイプじゃなかったし。
「魔法を使うなら理論を知らなきゃいけないよー。使いたいなら必要だね。ディーネが先生をしてくれるし、やってみたら? どうせ謁見が無い時間は暇だし」
「まあ……」
そう言われたらそうかもしれない。魔法が使えるようになったら仕事も楽になるし、タダで教われるならアリだ。
「あ、そういえば町に行ったりできるのか? 調査もしておきたいんだけど」
「んー、七日に一回、近くの町に行くことがあるけど、ギルドは難しいかもねー。お買い物はできるけど」
「あー……」
聖女が町へ行くと囲まれてそれどころじゃないみたいだ。姿を見せるデメリットの方が強いから大人しくしとこうかな。下手に町に行って見破られる可能性があるし、それは避けたい。
今は魔法だなと思いつつ施設を見て回ることにした。