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第9話

 イフリーがあたしとシルファーを連れて謁見の間へと向かう。


「ど、どういうことだよ! 今日は来ないって言ってたろ?」

「うーん、たまにあるんだよー。大怪我をしたとかでさ」


 到着した謁見の間で腕組みをしながら渋い顔でシルファーが言う。

癒しの力を求めてくる人は後を絶たないけど、聖女にも休みは必要だから今日みたいな日を設けているようだ。

 だけど緊急で怪我人などが居た場合は受け入れることがあるのだそう。


「いや、でもアリアは居ないし、ひとまず断ってもいいんじゃ?」

「そういうわけにも行かなくて。ごめんなさい、サポートはするからとりあえず会ってもらえる?」


あたしも渋い顔でイフリーに言う。すると謁見の間にディーネさんが入って来て、あたしに頼んで来た。 続けてノルム爺さんも入ってきて口を開く。


「すまぬリアよ。ディーネの言う通りサポートはする。打ち合わせをしよう」

「……仕方ねえ。やるって言ったからな。で、どうするんだ?」

「言葉遣いは気を付けてねー? とりえずディーネとイフリーが両脇を固めて、わたしが玉座の後ろで指示を出すよ」

「ポーションは?」

「私が一緒についていきます。リアさんは手を翳すフリだけしてもらえれば、後はこっちで患者さんを隠しながらポーションを使えば大丈夫だと思うわ」

「ワシは連れの者の気を引くとしよう」


 役割を冷静にそれぞれ決めていく。ディーネさんの案は現実的だと思い、あたしは冷や汗をかきながら頷いた。


「それじゃ呼んでくるわい。みな配置に!」

「オッケー!」


 ノルム爺さんがその謁見者とやらを呼んでくるといい、扉を出ていく。

 その間にあたしは玉座に座り、その時を待つ。


「ふう……」

「ごめんねー。落ち着いて対応をお願い! 後はわたし達がなんとかするよー。あ、そうそう、癒しの魔法はムーンシャインって言うんだ、覚えておいて。ポーションをかける時にそれらしい顔で頼むねー」

「それらしい顔って……」


 シルファーが無茶なことを言ってきたのであたしは口を尖らせる。

明日とかならまあ、百歩譲って覚悟が出来てたと思うけど、まだ数時間程度しか経っていないので焦ってしまう。


「ムーンシャイン、ムーンシャイン……」

「あんまり気負わないでくださいね? アリアなんてあくびをしながらやっていましたよ」

「マジかよ……聖女のイメージってのもあるだろうし、さすがにそれは不味い気がするけどなあ」

「ふふ、言葉遣いは乱暴なのにきちんと考えておりますねリアさんは」

「そうか? クランの頭領である親父がそうだったけど、立場にあった態度は必要だろ?」

「アリアよりしっかりしてると思うぞ? っと、来たみたいだぜ」

「流石イフリー、気づくのが早いねー。それじゃよろしくー」


 ディーネとイフリーがあたしに感心していたところで、どうやら訪問者が到着したらしい。その瞬間、シルファーが玉座の後ろに移動する。

そして、でかい扉がゆっくりと開き始めた。あたしは頬を叩いてから気合を入れる。


「っしゃあ、来い……!」

「言葉遣いは気を付けて!?」


 ディーネに小声で怒られた。横に居るイフリーが笑いをかみ殺していたので肩を叩いてやる。

「聖女様、謁見の者が来られましたぞ」

「あ、ああ……じゃなかった。ええ」


 コホンと咳ばらいを一つして、なんとなく『それっぽい』感じに言葉を出す。

 爺さんが冷や汗をかきながら『まあギリギリ大丈夫じゃ』といった感じで頷く。そのまま一歩横に移動した。そこへ子供を抱えた母親が前へと出てくる。


「ああ、聖女様お目通りありがとうございます!」

「構わないぜ……じゃない、構いません。それで今日はどうしたんだ?」

「え?」

「ちょ、ちょっとアリア様は調子が悪くて。ご用件は?」


 ディーネが気を付けてと言わんばかりの視線をあたしに向けてきた。あたしが視線を逸らしていると、抱えられた子供が口を開く。


「父ちゃんと採集に行っていたら、木にぶつかって怪我をしちゃったんだ……」

「ありゃ、こりゃ痛そうだな」

 子供が腕をまくると、大人でも痛そうな傷が目に入る。冒険者ならよくあるケガだけど、放置しておくと悪化して病気になることがあるので油断はできない。

「治療院は?」

「ちょうどお休みでして……」


 なるほど、これくらいなら治療院で治せると思ったけど、運悪く休みだったらしい。

 さて、物凄いケガとかでなくて良かった。これならポーションでも誤魔化せるな!


「それじゃ、治療しよう!」

「ありがとうございます……!」

「ありがとう聖女様!」

「では、お子さんはこちらへ」


 ディーネが子供だけ来るように言い、男の子は玉座の前へとやってきた。


「(ムーンシャインだからねー)」


 おっと、そうだった。一応、フリだけでもしないとな。


「じゃ、やるぞ」

「はーい!」


 男の子が元気よく返事をした後、腕を前に出して目を瞑る。治療が痛いかもと思っているんだろうなあ。


「よし、いいな?」

「……」


 ディーネに目を向けると袖からポーションを出すのが見えた。後は傷に手を当てて魔法を唱えるだけだ。

 あたしも小さい頃はこういう怪我をして親父に怒られていたなと胸中で苦笑する。


「痛かったな? でももう大丈夫だ! あたしに任せな!」

「リ……アリア様!」

「ま、やる気になってるならいいじゃねえか」


 イフリーが肩を竦めてそんなことを言う。あとで文句をいってやろう。

 ひとまず今は治療が先だとあたしは傷に手を翳して目を閉じる。


「えっと……ムーンシャイン……だっけ? 治れー」

「もう、真面目にやってください! ……え!?」

「お!?」


 あ? ディーネとイフリーが急に大きな声を出した。おいおい、まさかポーションをかけるのを失敗したんじゃないだろうな……!

 そう思った瞬間、あたしの背中が汗で冷たくなる。恐る恐る目を開くと、男の子のケガはすっかり治っていた。


「なんだ……成功しているじゃないか……」

「わ、凄い! 全然痛くないし、傷跡もないよ!」

「ああ、良かった……ありがとうございます、聖女様!」

「はは、まあ仕事だしな。……じゃない、仕事ですもの、ホホホ……」


 また言葉遣いがとか言われそうなので慌てて言いなおした。

 母親はお礼を言いながらあたしに袋を差し出してくる。


「これは?」

「お礼でございます。お金は少ないのですが、畑で採れた野菜を持ってきております」

「お、いいのか? ……いいのでしょうか?」


 チラリとノルム爺さんを見ると指で輪っかを作って頷いていた。


「こほん、ではありがたく頂戴するでございます」

「ありがとう!」

「子供は元気が一番だけど、母ちゃん達を心配させるなよ?」

「うん!」


 男の子が元気よく答えると、母親に手を引かれて歩き出す。ノルム爺さんがそれに着いて行った。

 三人が外に出て扉が閉まると、あたしは息を吐いてから玉座に座る。


「ふー。なんとかなったな!」

「お疲れ様ー! でも言葉遣いは少し直さないと、いつも顔を合わせている人にはすぐバレそう……って、二人ともどうしたの?」


 シルファーが玉座の裏から出て来てあたしとハイタッチをする。課題は言葉遣いだと口にしたが、固まっている二人を見て首を傾げていた。


「そういやさっきなんか驚いていたけど、なんだったんだ?」


 様子がおかしいのであたしも質問を投げかけてみた。するとまだ固まっていたディーネが、ハッとしてから、玉座に座っているあたしの両肩を掴んで顔を近づけてくる。


「近い近い!? どうしたんだよ!?」

「リア、あなた魔法はどれくらい使えるのかしら……!」

「え? いや、全然使えないけど……シルファーに教わろうかって話をしていたくらいだし」

「……!」


 あたしの言葉を聞いて後ずさるディーネ。その表情は驚愕に染まっていた。

 なんかムカつくなと思っていると、イフリーが頭を掻きながら気まずそうに言う。


「……いや、落ち着いて聞いてくれよ? あの子供の怪我を治したのは、リアお前だ」

「は?」

「どういうことー?」


 あたしとシルファーが首を傾げていると、今度はディーネが口を開く。


「どうもこうも……私がポーションを使う前にあの子の傷は治っていました。リアが癒しの魔法を口にした瞬間、スッと……」

「「ええー!?」」


 少し間を置いた後、理解が追い付いたあたしとシルファーは同時に声を上げることになった。


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