「先に頂いてるよ。で、話ってなんだい爺さん」
食事を続けながら片手を上げて挨拶をすると、爺さんが口をへの字にして呻くように言う。
「う、むう……なんと行儀の悪い……しかし背に腹は代えられんか……」
「あ?」
なにやらぶつぶつ言っていたけどよく聞こえなかった。
そして爺さんは咳ばらいをひとつして、椅子に座ってからから本題に入る。
「頼みたいことは一つ。アリア様と瓜二つのお主に、彼女が見つかるまで聖女の代行をして欲しいのじゃ」
「聖女の代行ねえ。まあ、確かに似てるからできそうだけど……って、できるわけねえだろ!?」
「おお、流れるような一人演技」
「うるさいぞそこの兄ちゃん! いや、それはいい。なに言ってるんだ爺さん? 確かに顔は似ているけど、癒しの力なんてないぞ!」
「無論、それは承知しておる。じゃが、この場所に聖女が居ないと知られるのは非常にまずいのだ。我々も全力で探す。その間、姿を見せるだけでもいい、頼む!」
「お、おい……」
勢いよく頭を下げて爺さんはテーブルに頭をぶつけた。
「頼む! 聖女が不在ということが知られればアリアを確保しようと動く輩がおるじゃろう。もし悪い奴等に捕まれば利用されてしまうかもしれん」
「どんなふうにだよ?」
あたしが食べるのを止めて尋ねると、今度は近くに居たディーネが答えてくれた。
「政治利用が一番大きいですね。人質にしてこの国を攻めるなども考えられます」
「逆パターンもあるよねー。聖女を返せって攻めるとかも」
「マジか!?」
あいつら確かあたしの故郷ナーフキット国へ行ったはずだ……!
もし、あいつが向こうで聖女だとバレた場合、そうなるってことか!?
「あいつ、あたしの故郷に行くって言ってた! まずいよ!」
「うむ……じゃが、お主が代わりに姿だけでも出してもらえればそれは回避できる。もちろん報酬も出す」
「……!」
爺さんはローブからスッと宝石と金貨を取り出してテーブルに置いた。
金貨は言わずもがなだけど宝石も程度がいいものだと一目でわかる代物だ。
「さらに三食修行昼寝付き! どう? 毎日この食事が出てくるけど」
「ごくり……」
冒険者で食いつなぐには衣食住は必須だ。だけど、依頼が無ければどれも手に入ることは無い。
だけどここで依頼を受ければアリアが見つかるまでは全て確保されている。
正直、喉から手が出るほど欲しいものだ。
「だ、だけど、親父に頼まれているんだ。このヨグライト神聖国でギルドの仕事具合を調査しないといけないんだ」
「そこをなんとか……! 故郷が戦火に包まれてしまえば父上も危ないのだぞ?」
「う……」
真面目な顔でノルムの爺さんがそう言う。確かにネックになる話だ。
「うーん……」
「ご飯ご飯……」
「耳元で囁くなよシルファー!?」
いつの間にか隣に来たシルファーがボソッと呟いていた。押しのけてからあたしはその場に居る全員の顔を見てからため息を吐く。
「……わかったよ、金回りがいいし、問題を回避するためには必要だ。その依頼を受けるよ」
「おお!」
「そいつは助かるぜ!」
「だけどアリアはなるべく早く探してくれよ。手紙は出すけど、心配するだろうし」
「わかった。すぐに捜索隊を出そう。別の国へ入ったのならワシらはいけないからのう」
「そうなのか?」
「まあ、その話は後ほどしよう。では、食事が終わったらまず聖女の正装に着替えてからじゃな」
爺さん達はここを守るから捜索に行けないのかな? でもディーネが追って来たからそれはないような気もするけどな。
「早速か……でも、あたしは癒しの力を使えないけど大丈夫?」
「そこはまあ、なんとかするよー。傷の治療ならポーションとかを使うね。精神的な相談とかは体調が悪いとかで誤魔化せばいいと思うよ」
「なるほど」
できないことがあったとしても、姿を見せることが重要らしいや。
まあ、居るだけで飯が食えて報酬アリなら悪くはないか。
「オッケー。じゃあ飯を食ったら着替えてくるよ」
「うむ。シルファーが身の回りの世話をしていたから、引き続き任せる形にする」
「はいはーい! よろしくねリア」
「おう!」
隣に立っていたシルファーとハイタッチをする。しかし、それを見ていたディーネが眉を顰めて言う。
「……言葉遣いの調整からやらないといけませんね」
「え?」
「いいんじゃねえか、別に? 俺はそっちの方が好きなんだけど」
「いいわけありますか! 聖女がいきなり粗野になったとあれば別人を疑われるかもしれません」
えっと、イフリーだっけ? こいつの言葉にディーネが説明をする。だけど、あたしはスープを飲み干してから片目を瞑って彼女へ言う。
「でも、お前も間違えたじゃん」
「あれは、し、仕方ありません! あなたがそっくりなのがいけないんです!」
「そりゃ理不尽だろ……」
「まあまあ。身バレしないようにするにはいいと思うよー? リアはアリアそっくりで美人だし、花嫁修業の一環としてさ」
シルファーはにこにこしながらそんなことを言ってきた。
「必要かなあ」
「貴族に気に入られたらお金には困らないと思うけど?」
好きでもない相手に気に入られてもな、と、自論を口にすると、シルファーは確かにと笑っていた。
さて、それはともかく着替えを済ませようと再度部屋へ向かう。
今日は幸いにも謁見が無いらしく、アリアが一日になにをしているかを聞く機会に恵まれた。
部屋へ戻るとシルファーがクローゼットから薄いピンクの上下、それと白いローブのような羽織ものを渡された。
「ひらひらしてる……。防御に不安がある……」
「戦うわけじゃないから大丈夫だよー。わたしが傍に居れば安全だしね」
着替えた後、口を尖らせるあたしにシルファーが人差し指を立て、ふふんとドヤ顔をする。
「安全……ってどういうことだ?」
「ほらほら、言葉遣いに気を付けてー? えっとね、こういうのがあるの」
シルファーが目を閉じてあたしに手を翳した。すると薄い空気の壁のようなものが周囲に展開される。
「わたしのウインドガードは滅多なことじゃ破れないから安心していいよー。やっぱり物騒だからね!」
「マジか。なんか適当に投げつけてみてよ」
「いきなり!? アリアはずっと訝しんでいたのに。それじゃこれを」
シルファーが目を丸くして驚いていた。だけどすぐに気を取り直して部屋にあったハンガーを手に取って投げて来た。
「おお!」
一応、身構えていたけど、シルファーが言う通り、あたしに届く前に展開された空気の壁に弾かれて床へ落ちた。
「へへー、どう? まあ、リアなら自分で賊を倒せそうだけど?」
「それはあるかも。だけど、あたしは魔法がからっきしだから羨ましいよ」
「シーフの技術や戦闘経験はあるけど、魔法は習ったことが無いんだよな。学校、高いじゃない」
「あー、教えてくれる人が居ないと確かに魔法って難しいかもねー」
「そうなんだよ。さ、それじゃなにから始める?」
「そうだなあ――」
「おい! 大変だ、シルファー! 緊急で謁見の申し入れがあった!」
「え!?」
「な、なんだって!?」
慌てた様子であたし達のところに現れたイフリーがとんでもないことを口にし、シルファーと一緒に飛び上がって驚いた。