「それじゃ、誤解は解けたってことであたしは帰るよ。というか町まで送ってくれない?」
ポカーンとしている三人を尻目にカバンを拾いながら尋ねてみる。
まあ、道だけ教えて貰えれば一人でもいいんだけど、間違いで連れて来られたし、乗合馬車賃金くらいは出して欲しいもんだ。
そんなことを考えていると、誰かがこの部屋に入ってくる。
「なんか表が騒がしかったから目が覚めたけど、アリアが戻って来たのか!」
「あ? 他にも人が居たのか」
「なに言ってんだ? ……って、お前は誰だ?」
「ん?」
近くに寄って来たのは赤いツンツン頭をした男だった。騎士みたいな鎧を着こみ、身長は結構高い。
強そうなその男が興味深いことを口にしたので、あたしは聞き返す。
「アンタ、あたしがアリアじゃないってのが分かるのか?」
「おう、当たり前だぜ! アリアはそんなに胸が大きくないからな! ……ぐへ!?」
「ど、どこを見てんだ!」
「おー、イフリーがぶっ飛ばされた。確かにアリアじゃないねー」
赤髪の男はイフリーと言うらしい。そいつを拳で殴りつけると、シルファーが手を叩いて感心していた。ま、これでアリアじゃないということが確実に分かったと思う。
「知られた経緯がちょっとアレだけど、そういうことだね。それじゃあたしはこれで」
まだ固まっているディーネと爺さんに片手を上げて挨拶をし、踵を返す。
それにしてもここってどっかの町なのかなあ。まあ、親父も別に活動場所を限定している訳じゃないしここのギルドでも――
「ハッ!? ちょ、ちょっと待ってくだされ!」
「うお!?」
扉に向かって歩き出すと、爺さんらしからぬ動きであたしの前へ回り込んで来た。
びっくりして後ずさりをすると、爺さんは困惑顔で詰め寄って来た。
「う、ううむ……どこをどう見てもアリア様じゃが……イフリーが違うというのであればそうなのじゃろう」
「確認の仕方がいやらしいけど、まあそうだよ。さ、どいてくれ」
そう言うと、爺さんが膝から崩れた。その様子にびっくりしていると、爺さんが頭を下げて口を開く。
「勘違いして申し訳ない。まずは謝罪させてくれ」
「あ、ああ。別にいいけど……」
「謝礼をしたい。それとそなたにお願いがあるのじゃが、聞いてもらえんじゃろうか」
「ほう」
「お、目が光ったねー。とりあえず食事でもしながら話をしようよ。ノルムさんが言いたいこと、わたしも分かったから」
「ふう……これは、頭が痛いですね」
そこで苦笑するシルファーと、顔をしかめたディーネも近づいてきた。
まあ、朝飯をタダで食わせて貰えるのは悪くない。謝礼もあるなら話くらいは聞いてやってもいいかと考えた。
「オッケー、腹も減ったし飯を食わせてくれ」
「うん! その前に着替えていいよ。アリアの部屋に行こう」
「わかった」
シルファーに連れられて、入って来た大仰な扉とは違う普通の扉へと入る。
そこは通路になっていて、いくつか分岐があった。
「……侵入者避けってところか?」
「分かるー? 聖女に癒しを求めてくる人は多いけど、いい人間ばかりじゃないからさ」
「それはその通りだよなあ」
依頼で金を持ち逃げする奴や、裏切ってダンジョンで人を斬る奴なんかもいる。冒険者をやっているとそんな話を聞くこともしばしばある。
ここが聖女の住み家なら警戒は十分にするべきだと思う。
……それにしてもあいつが聖女だったとはなあ。
この国に来る際、どういった場所か調べていたことがある。その時、癒しの力を使って人々を幸せにしているという聖女の話は知っていた。
ただ、幸せは自分で掴むものだと思っているし、自分で出来ることは頼らない生き方をしてきたのできっと会うことは無いだろう。
そう考えていたんだけど、人生わからないものである。
「よし、着替えたぜ! 飯食おうぜ飯!」
「お、カッコいいねー! シーフかな? そうすると顔以外は雰囲気が変わるね」
「へへ、そうだろ?」
「うん! 顔以外はねー」
満面の笑顔で答えた後、シルファーはまた、あたしの手を取って歩き出す。
ひとまず荷物で無くなっているものがないかチェックしたところ、財布を含めてそれは無かった。本当にアリアだと思って連れて来たようだ。
そのまま玉座のある通路には行かず、別の道を進んでいく。
「さ、どうぞー」
「おお!」
案内された食堂は長い立派なテーブルがあり、その上には柔らかそうなパンや、湯気の出ているスープ。さらにフルーツの盛り合わせなどがあった。
「こちらへ。先ほどは申し訳ありませんでした」
「ありがとう! まあ、確かにびっくりするくらいそっくりだったからなあ……」
そこでディーネの姉ちゃんが椅子を引いて座らせてくれた。間違いは誰にでもあるとは言うけど、仕方ない部分はあるなと思う。
「目元のホクロもパッと見てわからないので、並んだら本当に分からないかもしれません」
「ああ。でも、あたしの髪はあいつより短いけどおかしいと思わなかった?」
後ろ髪を触ってそう言うと、ディーネがパンを皿に乗せながら返してくれた。
「髪を切るのは変装の一つですからね。それくらいはやるかと。先に食べて構いませんよ」
「なるほどな。さて、いただきますー!」
確かにあたしでも逃げるならまず容姿を変えるな。納得いく理由を聞いたところで準備が整ったので、爺さんと男が来ていないけど早速、朝食をいただくことにする。
「うおお、パンが柔らかい……コーンスープが美味しい……!」
「あはは、いつもどんなのを食べているのさー」
シルファーも席に着き、足をぷらぷらさせながら肘をついた両手を頬に当てて笑う。
こいつホント可愛いちびっ子だな。
「すまない遅くなった」
「よ、いいパンチだったぜ!」
そこで爺さんと男もやってきた。男は歯を見せながら笑い、あたしに片手を上げて挨拶をしてきた。
これで全員揃ったな。どんな頼みをしたいのやら……あたしはパンをかじりながら四人に視線を向けた。