「んあ……? なんだか随分揺れるな……地震か?」
「目が覚めましたか、アリア様。……魔法をかけていたのに早いですね」
「え!? だ、誰だ、お前!?」
随分と揺れるベッドだとあたしは寝ぼけまなこで目を覚ます。
地震かと思って起き上がると、知らない女の人と目が合いあたしは飛び上がって驚いた。
「誰だ……とはご挨拶ですね。聖殿から逃亡したあなたを迎えに、いえ、連れ戻しに来たのですよ」
「なんだって……?」
ふと周囲を見るとここは馬車の中で、あたしは寝間着のままだった。
なにがなんだか分からないけど、今は状況把握が先かと、落ち着いて視線を動かす。
……ふうん、幌じゃない馬車か。どうやら貴族が使う個室みたいな荷台で、対面で座れるようになっている。
扉はあるけど鍵はかかっていないようだ。
あたしはかけられていた毛布を抱きしめて、目の前の女性に話しかけた。
「せい、でん……? えっと、ホント誰なんだ? ……なんです?」
「はあ……とぼけても無駄ですよ。そんな格好をして、誤魔化せると思ったんですか?」
さらっとし水色の髪がキレイな女の人が呆れた顔であたしに言う。
「いや、人違いだって! あたしの名前はリア! アリアなんて知らないよ!」
そういえばこの人は今、アリア様と言っていた。もしかしてあいつのことか?
「リアとはまたひねりの無い名前で……フランツはどうしたのです? 宿には居ませんでしたが」
「そうフランツ! あたしそっくりの奴と一緒に居た! そいつの護衛依頼を受けて、あたしが町まで連れていったんだ。昨日の夜、一緒に飯を食って別れた。だからあたしは別人だって」
後は酒場の姉ちゃんが知っているはずだと弁明する。だけど女の人は冷ややかな目であたしの首を指さした。
「では何故、首に聖女の証である『月光の雫』を下げているんですか?」
「え?」
そう言われて首に目をやると、あの女の子に貰ったネックレスがあった。あいつ……まさか――
「あ、あたしは違う! フランツと一緒に居たあの女に渡されたんだ! 別人だって!」
「はあ……そういうのは帰ったら聞きます。別人と言い張るなら顔も変えるべきでしたね?」
「チッ、話が通じねえな……あたしの荷物は……」
確かにあれだけ似ていたら、アリアとか言う奴がおかしいフリをして逃れようとしているように見えてもおかしくないか。
なら、ここは強硬策でいこう。どこに連れていかれるか分からないからな。
「ま、あんた達が何者か知らないけど、あたしは別人だ。悪いけど、ここで降ろさせてもらうぜ」
「なにを――」
怪訝な顔で美人の姉ちゃんが首を傾げた瞬間、あたしは足元にあった荷物をひっつかみ扉を開けて飛び出した。
「嘘!?」
「へっ、このくらいの速さなら……っと」
驚く姉ちゃんの声を背中に受けながらあたしは地面に降り立ってたたらを踏む。
「よっ、ほっ……痛!?」
なんとか転ばずに着地できたけど裸足だったのでめちゃくちゃ痛かった。だけど、このまま逆方向に逃げて森にでも隠れればやり過ごせる――
「あ、おかえりーアリア。いやあ、流石にディーネからは逃げられないでしょ?」
「うええ!?」
――と思ったら、緑色の髪をしたちびっ子が目の前に居てあたしは盛大に転んでしまった。
「あちゃー、派手に転んだなあ。大丈夫?」
「いてて……くそ、危ないだろ! じゃあなちびっ子!」
あたしは激高しながら立ち上がって再び駆けだす。荷物を抱えてダッシュをすると、ちびっ子が驚愕の声を上げた。
「おお、元気だ!? でも、もう手遅れだよ」
「あ? ……げっ!?」
「アリア様……!」
あたしの前に美人の姉ちゃんが物凄い形相で立っていた。くそ、いつの間に……!
だけど周囲に目を向けると開けているのが分かる。あたしの足なら脇を抜けて逃げ切れるはず。
「まずは木に隠れて……って、周りになにもない!? ていうかよく見たらなんか壁に囲まれているじゃないか!?」
そう、周囲は身を隠せるところなどなく、お花畑のような場所が広がっていた。
さらに遠目には町の防壁のようなものもあった。
「こ、ここは……どこなんだ……」
「まだそんなことを言っているのですか? 聖女の住処である聖殿。あなたの自宅ですよ」
「お疲れ様、ディーネ。それじゃ戻ろうか。アリアはノルムにしっかり怒られようねー」
「うう、一体なんなんだよお前達は……」
あの外壁はしっかり調べないと出られない気がすると、盗賊の勘が言っている。
あたしは半泣きになりながらちびっ子に手を引かれて歩き出す。
こうなったらしっかり話し合った方が良さそうだ。ひとまず大人しくついていくことにし、荷物の中にあった靴を履いた。
「ん? なんかちょっと会わない内に手が職人さんみたいになってるね?」
「お、分かるのかちびっ子?」
「ちびっ子!? ……アリア、なんかおかしくない?」
「とぼけているのですよ、シルファー。さ、聖殿へ急ぎましょう」
ふむ、美人の姉ちゃんがディーネでちびっ子がシルファーね。とりあえず名前は覚えておこう。
それにしても面倒なことになっちまったなあ……まあ、流石に落ち着いて話せばわかってくれるだろうけどな。
そんなことを考えながら手を引かれて一番大きな建物に向かって歩いていく。
シルファーは小柄だけど、逃げ出さないよう掴んでいる手は結構力強いと感じる。
「ノルム、連れ戻してきましたよ!」
そして宮殿のような建物に入ると、ディーネが大きな声で叫ぶ。
「おお! でかしたぞ、ディーネ!」
すると奥から物凄い髭をした爺さんがどたどたと走って来た。
「凄い髭だ……!?」
「な、なんじゃアリア様!? わしの髭など珍しく無かろうに!?」
地面に届きそうなくらいの髭に、あたしは少し感動を覚えるのだった。さて、この爺さんがトップかね? 話が分かる奴だといいんだけどなあ。
そのまま背後と右をブロックされた状態でシルファーに手を引かれて再び歩き出す。
しばらく清潔感のある通路を進んでいると、やがて目の前に大きな扉が現れ、中へと誘われた。
「さて、寝巻のままでは話もできませんな。シルファー、ディーネ。アリア様に着替えを――」
と、髭長のじいさんがそう言った瞬間、あたしは待ったをかける。
「待った! その前にあたしの話を聞いてくれ」
「む? なんですかな? 逃亡した言い訳は聞きませんぞ?」
「そうだよー。おかげで徹夜で捜索する羽目になったんだから!」
シルファーが可愛く頬を膨らませて抗議の視線を向けて来た。うん、可愛いちびっ子だ。
それはともかく、あたしは荷物を足元に置いてから腕組みをして口を開く。
「そっちの美人の姉ちゃん、ディーネさんには言ったけどあたしはアリアじゃない。そっくりだけど本当なんだ。確かにアリアとフランツには会ったし一緒に飯も食った。だけど宿で別れたんだ」
「まだそんなことを……」
「証拠になるかわからないけど、あたしの目元にはホクロがあるんだ。アリアには無かったはずだぜ?」
そう言って親指を目元に向ける。すると、シルファーとディーネが顔を近づけて来た。
「んー? 自分で描いていたりして」
「うわ!? やめろって!?」
シルファーが目を細めてホクロを指でこすってきた。慌てて引きはがす。
「消えない……まさか、本当に……」
「だからそう言ってるだろ?」
ここでようやくディーネもあたしが別人であることを認めてくれた。
はあ、これで帰してくれるな……そう安堵していたんだけど――