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第5話

 角の席に腰かけたあたしは早速メニュー表を手にしてなにがあるのか物色する。

 流石に奢りで際限なく頼むのは気が引けるので、飲み物一杯と二品くらいが妥当だと思う。


「あたしは金のエールと焼き鳥、それとトマトサラダにしてくれ」

「それだけでいいんですの?」

「ま、報酬は貰っているしな」

「遠慮しなくてもいいんだけどね。まあ、後で追加もアリかな? すみません!」


 フードの男が手を上げてウェイトレスを呼んでくれた。それぞれ注文を口にすると、あたしと女の子に訝し気な顔を向けて来た。


「あなた達、ちょっと小柄だけど成人してるの?」

「……! 成人してるって」

「……! 成人ですわ!」


 あたしが不機嫌を露わにして声を上げると、女の子も同時に怒声をウェイトレスへ投げかけた。


「ほら、ギルドカード」

「あ、本当だ。ごめんなさいねー」


 ウェイトレスは肩を竦めて謝罪すると、注文を受け付けて厨房へ向かった。


「へえ、大人しいだけかと思ったら言うじゃない」

「流石にあれは酷いですもの! ……さて、ここなら顔を出してもいいかもしれませんね」

「え?」


 女の子が不意にそんなことを口にし、あたしは間の抜けた声を出した。

 だけど女の子はそんなことをおかまいなしにフードを外して顔を見せる。


「え!?」


 そしてその下から現れた顔を見て、あたしは驚愕する。


「ふふ、どうです?

「う、嘘だろ……? その顔、あたしそっくりだ!?」


 そう、女の子の顔は鏡を見た時のようにあたしそっくりだったのだ。違う点はあたしには目元に小さいホクロがあるくらいだ。


「……こうやって見ると、本当にそっくりだな」

「最初にリアを見た時は本当に驚きましたわ」

「あ、ああ……」


 二人はあたしの驚く顔を見てしてやったという感じで笑っていた。

 世界には自分に似た人間が何人かいるって話を聞いたことがあるけど、これは似すぎだと思う。


「うふふ、凄い偶然ですわ」

「はい、飲み物から先にどうぞー……ってあら、双子だったのね! ならさっきギルドカードを見せてくれたこっちのお姉さんと同い年ね」

「そういうことですわ!」

「おいおい、それは――もがっ!?」

「ふふ、こっちがお姉さまなんですよ」


 急に口を塞がれてあたしは目を白黒させる。

 ウェイトレスが「仲がいい姉妹ね」と言いながら酒を置いて立ち去るのを見届けてから力づくで女の子を離す。


「ぷはっ! おい、お前どういうつもりだ。あたしはお前の姉ちゃんじゃねえよ」

「まあまあ、そう言わずに。わたくし、一人っ子でしたから姉妹というのに憧れているのです」

「それだけ似ていると説得力があるよ。さて、リアさん。ここまでの護衛ありがとうございます! お疲れ様でした」

「お? ああ、そうだな! 乾杯といくか!」


 まあ、不思議な縁だと思うことにするか。タダ酒はありがたいしな!

 三人でジョッキを合わせてから、一気に喉へ金のエールを流し込む。魔法かなにかでよく冷えていて疲れた体を癒してくれる。 連続で依頼を受けたようなものだからなあ。


「ふう、果実酒というのは美味しいですね」

「飲んだことねえのか? 酒はいいぞー」

「あまり融通が利かない場所に住んでいたもので……でも、あなたのおかげでこれからは自由ですわ! ね、フランツ!」

「お前、フランツって言うのか」

「はあ、言っちゃダメって忠告しておいたのに……でも、まあここまでくればもう大丈夫かな?」

「聞かなかったことにしてやるよ」


 見立てだと貴族のお嬢さんと駆け落ちしたって感じだろう。名前を明かさないのは、そこからどこの貴族か身バレするからだ。

 フランツは護衛の戦士とか冒険者ならバレてもそこまで問題にならないからだな。

 それと、二人がさっきから言っているように、もう安全圏なんだろう。


「もう一杯くらい飲んでも……」

「明日は国境を出てナーフキット王国へ行くんだ。隣国でまた飲もう」

「そう……そうですわね」

「なんだかわからないけど、大変そうだねえ」

「ええ。だけど、もう大丈夫です。あなたのおかげで助かりましたわ」

「金さえ貰えればこれくらいどうってことないよ」


 どうせ教えてくれないだろうから深くは聞かなかった。あたしと同じ顔をした奴が駆け落ちで幸せになれるならまあいいかと酒を飲む。

 追加でもう一杯だけいただいてから宿へと戻った。


「では、ごきげんよう。もう会うこともないと思いますが、お元気で」

「ああ。そっちこそな。ナーフキットはあたしの故郷だ。割と暮らしやすい」

「君のクランのある町だね? 寄ることがあれば、見ておくよ」

「んじゃ、元気でな! おやすみー」

「ええ、おやすみなさい」


 これで依頼は完了だ。エメラルドの腕輪は売れば金貨十枚にはなるだろう。親父には悪いけど、少し遊ばせてもらおうかな?

 そんなことを考えていると、女の子に呼び止められた。


「あ、そうだ! これも差し上げます」

「これは?」


 あたしの前に差し出してきたのは涙のような形をした青い宝石のついたネックレスだった。眉を顰めて尋ねると、女の子は口元に笑みを浮かべて言う。


「魔除けですわ。冒険者でシーフという危険なことをされているのですから、気休めでもあった方が良いかと思いまして」

「あたしは信心深くないぞ?」

「まあまあ、折角ですし貰ってください。……よくお似合いですよ」

「むう、アクセサリーなんて、売っぱらうだけなんだけど……」

「その時はその時で。それはもう差し上げたものですし」


 売っても構わない、ってことか。それならと、あたしは首に下げることにした。


「では――」


 そう言って今度こそ二人は自室へと戻って行った。


「不思議なこともあるもんだなあ。さて、明日はこっちのギルドでも調査してみるか。ふあ……」


 一つの仕事が終わり、あたしは歯を磨いてから満足してベッドに入った――


◆ ◇ ◆


「……さて、それじゃ行きましょうか、フランツ」

「そうだね。それにしても本当に僕達は運が良かったと思うよ、アリア」

「ええ。これも日頃の行いの賜物よね!」


 リアと別れた後、二人は部屋でそんな話をしていた。フランツがアリアと呼んだ女の子は先ほどまでと違い、お嬢様のような言葉づかいでは無くなっていた。


「夜は危険も多い。とりあえず宿の人に手配してもらった馬車で町を出よう」

「急がないとね」


 フードを被り直した二人は、そのまま宿を後にした。


 そして――


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