「よう、無事みたいだな?」
刃についた血を振り払い、ウルフが完全に動かないことを確認した後、あたしはダガーを鞘に納める。
二人に声をかけながら近づいていくと、剣士の男も剣を鞘に納めながらこちらを向いた。
「あ、ああ。ありがとう。君のおかげで助かったよ」
「おう! たまたま通りかかっただけだけど、良かったな!」
「……ありがとう、ございました」
「姉ちゃんの方も平気そうだな」
「ええ。本当に助かりましたわ」
なんか貴族みたいな喋り方をする姉ちゃんだな? もしかして金を持っているか?
「すまない、助かったよ。昼間なら楽に森を抜けられると思ったんだけど」
声の感じであたしと同じか少し上くらいの年齢だと直感する。そんなことを考えていると、小柄の人物と共に握手を求めてきた。
「この子を守りながらだとなかなか動けなくてね、ありが、とう……!?」
「困ったときはお互い様だ。気にすんなって。こいつらを持って帰れば金になるし。ん? どした?」
「……!?」
握手を交わしたその時、フードの男が驚愕の声を上げて硬直し、直後、隣に居た女の子が小さく呻いた。
「い、いえ、なんでもありませんわ! 助けていただいてありがとうございます。女性なのにお強いですわね」
「お、サンキュー! ま、奇襲と奇策はシーフの特権みたいなもんだしな。ヴァイキングウルフの素材は山分けでいいよな?」
「いえ、わたくしたちは必要ありませんわ」
「うーん、今は必要ないかな?」
なんと、毛皮も肉も要らないとふたりは言う。
売れば二日は働かなくて済むくらいのお金は入るんだけどな。どこかを目指しているみたいだから荷物が重荷になると言う感じかね。
顔を見せないのは、まあ、事情があるんだろう。こういうのは深く聞かないのが冒険者の鉄則だ。言いたきゃ勝手に話してくるし。
「そんじゃ、あたしはこいつを解体していくとするよ。どこへ行くかわからねえが、気をつけてな」
あたしがそう言ってヴァイキングウルフに解体用のナイフを向けると、女の子が恐る恐る声をかけてきた。
「……あ、あの、先ほどの腕を見込んでお願いがあるのですが、このまま次の町までわたくし達の護衛をしてもらうことはできませんか?」
「あん?」
急な申し出に、あたしは間の抜けた声を上げて振り返る。すると今度は男が一歩前へ出て喋りだした。
「僕からもお願いしたい。ここから町まで半日はかかるはずだけど、今みたいに彼女を守りながら魔物を相手にしていたら日が暮れてしまう。君はシーフだろう? 腕も立つようだし、接敵に敏感な人物がいるのはありがたいと思ってね」
「ま、まあ、そこまで言うなら……」
と、社交辞令と分かっていても頬が緩むのを抑えられず、承知しようとしたところで親父の言葉が脳裏に浮かぶ。
(仕事は仕事だ、情に流されたりして報酬の件をおろそかにするなよ? ギルドを通さないで請け負うなら覚悟を決めておけ。裏切る奴は簡単に口約束を覆すからな)
……だったな、親父。
急に黙り込んだあたしに困惑するふたりへ、わざとらしく咳をしてから話を続ける。
「ん、んん! それは護衛依頼ってことでいいか? 依頼なら報酬は貰う。用意できるんだろうな?」
フードの男が女の子に顔を向けると、彼女は小さく頷き、男に何かを手渡していた。そしてそれをあたしに見せながら口元に笑みを浮かべて言う。
「ああ、こういった宝石をいくつか用意する。それでどうかな?」
「お……!?」
男が見せてきたのはルビー、サファイア、エメラルドのアクセサリーだった。驚くべきはその大きさで、手のひらサイズはありそうな代物だ。
「確認するかい?」
「……」
あたしは無言で頷いて男の言葉を肯定すると、男は一番大きなルビーをあたしに手渡してきた。
受け取ったアクセサリーを調べ、本物であることを確認して男へ返す。
「交渉成立だ、その依頼引き受けた! ……と言いたいところだけど、一旦、近くの町へ戻っていいか? マッシュルームスネークの頭を納品しないといけなくてさ」
「ひっ!?」
先ほど草むらに並べた頭を指差すと、見せると、女の子が小さく呻いてさっと男の後ろに隠れた。
ったく、これくらいでびびってたら森抜けなんてできないぞ? しかし優しいあたしはそんなことは口にしない。
「あたしの名前はリアだ。あんた達は?」
「……すまない、名は聞かないでくれるか?」
「……」
「マジか。まあ、いいけどよ」
フードを目深に被っている時点で訳アリってのは、分かっていた。 まあ、あたしを騙そうって感じではないのでいいだろう。
ということで蛇の頭を再び袋に詰めてから急いで町へと向かった。途中までついてきたけどフードの人物は森の入り口で待つとのこと。
こそこそ隠れているみたいな行動で、少々厄介ごとの臭いがするけど、実入りはいいし危なくなったら離脱するつもりだ。
あたしは受付に向かい、依頼完了の手続きを続ける。
「悪い、用事ができた。すぐに査定を頼む」
「お、早いな、嬢ちゃん。……ボーナス含んでほら、銀貨五枚だ」
「サンキュー。それと、森で出会ったふたり組から護衛依頼を受けた。多分、到着先の町で手続きをすることになると思うけど、覚えておいてくれ」
「……オッケーだ。えっとお前の名前はリア、だな。気をつけろよ?」
「へへ、ありがとよ! またな」
テーブルに置かれた報酬の銀貨を乱暴に回収して財布にしまい込むと、その足を再び町の出口へ向けた。
まだ昼にもなっていないけど、土地勘のないあたしは目的地までの距離を知らないのでなるべく早めの行動をしたい。
「それに、あのふたりは頼りなさそうだからなあ」
町の出口に向かいながらあたしは肩を竦めてそう呟く。
剣は上等なものだったけど、腕はまあまあって感じだ。さらに言うなら魔物除けの道具もなく、女の装備は森に出向く格好じゃないからだ。
ま、それでもあたしなら斥候をして魔物を回避するくらいわけはないので、土地勘が無くとも護衛だけなら可能だと判断したというわけ。
「待たせたな、行こうぜ」
「ありがとう、よろしく頼むよ」
「……お願いしますわ」
再び森に踏み入り、二人と合流すると慎重に進む。
そこでふと、あたしは至極当たり前のことを聞いていないことに気づき、前を向いたまま後ろを歩くふたりに声をかける。
「なあ、なんで乗合馬車を使わなかったんだ? そうじゃなくても街道を進んだ方がいくらか安全だろ?」
「はは……まったくもってその通りなんだけど、事情があってね。森を抜ける方が近道なんだ。できれば今日中に隣町まで到着したい」
「乗合馬車でフードを被ったままでは目立ちますし、街道を歩けば八時間ですが、森を一直線に抜ければ五時間程度まで短縮できますから」
「ふうん」
人に見られたくなくてこのルートを選んだなら、今はその暑苦しいフードを脱げばいいのにと思う。
まあ、それはともかく優しいあたしは野暮なことは尋ねない。報酬さえもらえれば、な。