私は教室を出ると、すぐに下駄箱まで向かった。
靴を履き替え外に行く。
「ごめん! 遅くなった!」
「ううん大丈夫だよ。春佳ちゃん」
「っす。先輩たちに挨拶できた?」
私の言葉に、真弓ちゃんと金子君が優しく答えてくれた。
少し安堵しながら、私は困り顔をしているだろう。
「それが先輩たち、すごい真剣な空気だったから挨拶せずに帰ってきた」
「あー、二年生全員残っていたもんね。きっと大切な話だ」
「っす。仕方ない」
「挨拶は今後するよ」
「そうだね。それが良いよ…………じゃあ、私たちも話そっか」
真弓ちゃんが笑顔で、だけど空気は緊迫感が増しながら言った。
視線が金子君に集まった。
「……駅まで歩きながら話そう」
彼は動じることなく答えた。
金子君が前を歩き、私と真弓ちゃんが一歩後ろを横並びで付いて行く。
正門を出たあたりで真弓ちゃんが聞く。
「なんで音響に入ること、相談してくれなかったの?」
少し怒気の混じった声。
真弓ちゃんはきっと怒っているのだろう。
同じ一年生として、友達として相談されなかったことが許せないのだろう。
金子君は背中越しに発した。
「それはごめん」
「ごめんじゃなく理由を教えて」
謝る金子君。
追及を止めない真弓ちゃん。
私はどっちに加担することなく見守る。
「理由……理由かぁ」
「どうして? どうして言ってくれなかったの?」
悲しそうな真弓ちゃんの声に反応してか、金子君が歩みを止めた。
私達も止まる。
ゆっくりとこちらを振り向いて、金子君は真剣な表情で私たちを見てきた。
「……泣けなかったんだ。俺」
「!」
「……」
何のことか私はすぐに分かった。
たぶん、真弓ちゃんも。
「先輩たちのあの朗読劇。俺は泣けなかったんだ」
「それが、理由?」
「いや、少し違うかな。正確には泣いている二人を見た時かな」
金子君の言葉を聞いて、私は胸が苦しくなった。
あの時、私が情熱を得たように彼も何かを感じ取ったんだ。
思わず、聞いてしまった。
「金子君はそれでいいの?」
二人が、驚いた表情でこちらを見てきた。
さっきまで黙っていたのに急に喋り出したからではない。
きっと、声が思った以上に真剣さを含んだからだろう。
「正直分からない。ひょっとしたら役者をやった方が良かったのかもしれない」
「なら――」
「でも、二人を見たり樫田先輩と話したりして、俺の中で一つ生まれたんだ」
「それって」
「ああたぶん『渇望』ってやつだ」
金子君は少し照れ臭そうに笑いながら言った。
そっか。金子君もなんだ。
何かが腑に落ちた。そして安心した。
言葉に出来ない何かで私たちは繋がっている。
「俺さ。二人ほど演劇に本気じゃないんだと思う」
「え」
私が肩の力を抜いていると、金子君がそんな予想外のことを言った。
少し遠くを見ながら金子君は続きを言う。
「……でも、でも今の演劇部は好きなんだ。三年生の先輩たちはカッコいいしすごいって思える。二年生の先輩たちは尊敬できるし、一緒にいて楽しい。それに同級生の二人はどこまでも本気で演劇しているし。今までの俺の人生になかった新しい今が好きなんだ」
私の中で一つ、金子君への尊敬が生まれた。
まだ二か月しかいない演劇部を彼は心の底から好きだと言った。
私が必死に春大会に出ようとしたように、彼は彼なりにこの部活を自分の居場所にしようとしているんだ。
「そっか。じゃあ仕方ないか」
横にいる真弓ちゃんが諦め半分のように、そう言った。
「ありがとう。田島」
「でもね金子。こういうのは今回だけ」
「え?」
「隠し事とか相談事はなるべく共有すること」
「そうね。私もそれが良いと思う」
真弓ちゃんの言葉に私は同意した。
金子君が音響って決まった時、私は寂しさを覚えていた。
その理由はきっと、金子君がこの二ヶ月で演劇部を好きになったのと同じようなものだろう。
「春佳ちゃんもそう言っているし、いい?」
「分かったよ、これからは共有する」
「よし、これで私たちはドウシだ!」
「「どうし?」」
嬉しそうに言う真弓ちゃん。対して私と金子君は言葉の意味が分からず首を傾げた。
同士、動詞…………ああ、もしかして同志ってこと?
「同じ志を持つ者ってこと!」
「それは演劇部の仲間ってこと?」
「友達じゃないの?」
私や金子君がそういうと、真弓ちゃんはなぜか得意げに笑いながら答える。
「もちろん仲間でもあるし友達でもある。でも私たちはそれぞれ渇望を持って、成し遂げたい志を持っているでしょ」
「それはそうだけど……でも、志はそれぞれ違うんじゃ」
確かに私と金子君はそれぞれ渇望がある。
それは言葉にできるほどの具体性を持ってはいないけど、ずっと心の根っこに宿っている感性。同じ志ではないと思う。
けれど真弓ちゃんは首を横に振った。
「同じだよ。過程や求める結果は違うかもしれないけど、私たちは同じ志を持って演劇部にいるんだよ」
「それは何だ?」
金子君は率直に聞いた。
真弓ちゃんの言う志とは何を指すのか。
彼女は問いに対してなんら悩むことなく言う。
「青春がしたいっていうこと」
当然でしょ? そう言わんばかりの言い方だった。
言葉が出なかった。
その代わり、私も金子君も笑った。
「はは、ははは! そっか」
「ふふふ、そうだね!」
「な、何さ二人して笑って!」
真弓ちゃんが顔を真っ赤にした。
ごめんごめん、おかしかったからじゃないよ。嬉しかったから笑ったんだよ。
真弓ちゃんの言う通り、私たちはそれぞれの渇望があって求める過程も結果も違う。
けど、それは何故か?
青春がしたいからだ。
憧れも望みも成し遂げたい理由も、その一言で片付いてしまう。
それでいて、それを真弓ちゃんの口から出たのが私は嬉しくて仕方なかった。
「もー、二人とも笑いすぎ!」
そう言いながらも、真弓ちゃんは本気で怒っているわけではなさそうだった。
私たち三人はしばらく笑った。
きっと、これが私たちの青春の始まり。