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第110話 オーディション審査後 問われる本質 

「ありがとうございました」


 俺はそう言いながら部屋を後にした。

 廊下に出るとすでに山路が待機していた。


「杉野、お疲れさまー」


「おう。ありがとう」


「どうだったー?」


「やりきった。自信はある」


「おお、強気だねー」


 いつもの飄々とした山路からは、特に緊張などは感じなかった。

 準備万端って様子だった。

 でも、どこか迷っているようにも見えた。

 何が、というのは分からないがそう思った。

 だから俺は言った。


「山路も頑張れよ」


「うん。ありがとうー」


 態度を変わらない山路からは、それ以上何かを感じなかった。

 俺の気のせいか?

 ならいいがなんとなく喉に小骨が引っかかっているようだった。


「じゃあ、僕は行ってくるねー」


「あ、ああ。じゃあ」


 山路が教室に入っていったので、俺は待機所の方へ戻ることにした。

 待機所の方の教室の扉を開けると、一瞬注目が集まる。

 俺がきたことを確認すると一年生たちは台本読みに戻る。


 あれ? 轟先輩はいないのか。

 教室を見渡して、いない人を確認する。

 俺はどうしようか迷いながらも、奥の方にある机に座ることにした。

 こっから一時間ちょっとあるのか。少し休憩するか。

 やり切ったからの脱力感、結果に対する恐怖感。


 色んな感覚に襲われる。

 まぁ、もうやり切ったんだ。後は待つだけだ。

 そう思っていると、誰かが近づいてきた。

 近づく人影の方を向くと、意外なことに増倉が立っていた。


「ねぇ杉野。ちょっといい?」


「ん? ああいいけど……」


 俺がそう言うと、増倉は教室の扉の方を指さした。

 外に行こうということなるのだろう。

 俺が頷くと、増倉は黙って扉の方へと向かった。

 ついて来いということなのだろう。

 なんだ? 

 とりあえず俺は増倉に続いて教室を出た。


「ちょ、おい」


 増倉は歩みを止めずに進み続ける。

 俺は急いで追いかけ、横に着く。


「どこに行くんだよ」


「購買。ちょっと話があるから付き合って」


「お、おう」


 俺は返事をして、そのまま黙って付いて行った。

 購買にはすぐに着き、増倉は自販機が飲み物を買っていた。


「で、話しって何だよ」


「急かすね」


「ちょっと疲れんだよ。分かるだろ?」


「まぁ、そこはごめん」


 素直に謝られるとこちらも急かしにくい。

 増倉が飲み物を飲んでいる間、俺はただ待った。

 何かを躊躇っているかのような、嫌な静けさがあった。

 ペットボトルから口を放し、増倉が俺を見た。


「どうしても確認したくてさ」


「確認?」


「そ、香奈の意志は分かっているつもりだけど、杉野はどうなのかなって」


「…………」


 ああ、そういう話か。

 つまり俺が全国大会を目指す意志があるかの確認というわけか。

 どう言ったものか考えていると、増倉が続ける。


「このタイミングなのは申し訳ないと思っているよ。けどね。今しかないと思ったの」


「どうして?」


「今回のオーディションの結果で色々決まるからその前に……でもオーディションの前だと決まってないかもしれなかったから」


「だから、この狭間にってことか」


 なんとなく増倉の言いたいことが分かった。

 結果が出てからでは遅いのだろう。それは場が結論を出して言葉に重みを感じない。

 だからといってオーディションの前に話してもダメだ。それは何も示していない状態での言葉で、どうとでも言えてしまうから。

 それ故、この数刻の狭間が聞きたかったのだろう。

 増倉が小さく頷く。


「確認させて、本当に杉野も香奈と同じなのかを」


 真剣な表情で俺を見るその瞳には、警戒と不安があった。

 椎名とよく対立する増倉にとって重要な問題なのだろう。

 俺は慎重に言葉を選びながら話す。


「同じかっていうと違う」


「……どこが?」


「椎名の青春と俺の青春の違いだよ」


「青春?」


「ああ、俺はみんなで辿り着きたいんだ。誰かの犠牲や何かを失ってまで目指そうとは思っていない」


「……強欲だね」


「仕方ないだろ。性分なんだから」


「ふふ、なにそれ……そっか。青春の違いかぁ」


 増倉は一瞬笑うと、まるで独り言のように呟いた。

 俺がその意図を分からずにいると、増倉は笑顔のままこちらを見た。


「杉野の青春。それってどうして香奈と同じ場所を目指そうとしているの?」


「……どういう意味だ?」


「香奈はさ。青春の証拠とでもいうべき何かがほしいから目指している。これは分かるの。でも杉野。あなたはどうして辿り着きたいの?」


「…………」


「池本のことで分かったでしょ。杉野の進む道には誰かが犠牲になることや失う可能性があるんだよ? どうしてそれでも辿り着きたいの?」


 即答できない自分がいた。

 答えは持っているはずなのに、それを誰かに面と向かって言うための何かが俺にはなかった。

 足りないのは勇気か? 決意か? 志か?

 どうして。その簡単な質問に俺はどう答えればいい。

 言葉を出そうと、必死になる。


「杉野。私から見たらあなたはまだ覚悟が出来てない。現状維持を好んでいる日和見主義のままだよ」


 はっきりと、増倉は言った。

 俺の中に核心を突かれた衝撃が走る。


 ……ああ、そうだな。俺の中にはまだ椎名ほどの覚悟はない。

 どうしようもない日和見主義が潜んでいる。

 ただ、それでも俺は。


「だとしても、進むよ」


「その言葉の重さ分かっているの?」


「ああ、分かっている」


「そっか。私としては一緒に楽しい部活を作りたいと思っているのに」


「そんなに椎名の目指す方向が気に食わないか?」


 俺が聞くと、椎名は首を横に振った。

 そして、真っ直ぐに俺を見てくる。


「気に食わないんじゃないよ。それこそ、青春の違いじゃないかな」


 その声音はどこか優しく、諭すようだった。

 たぶん、俺の知らない二人のことなのだろう。


「私は証拠も結果もいらない。楽しい今とみんながいればいいと思っている」


「それは……」


「……もう一度聞くね? 杉野はどうして辿り着きたいの?」


 増倉はきっと俺の本質的な部分を見抜いているのだ。

 どうしようもない日和見主義を。


「……人ってそう簡単に変わるものじゃないし、私はそれでもいいと思う。けど、このままだと一番辛いのは杉野だよ?」


「俺が? どうして?」


「それは……ううん。それはオーディションの結果が出れば分かると思う」


「?」


 増倉の言葉の意味を理解できなかった。

 そして、会話は突然と終わる。


「これ以上はきっと平行線だね。そろそろ戻ろっか」


「あ、おい」


 教室に戻ろうとする増倉を呼び止める。

 しかし彼女は、気にすることなく歩み出した。

 俺はそれをただ見ていることしかできなかった。



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