「ふぅー」
昼休憩を終えると、僕は一人購買でカフェオレを買って飲んでいた。
今頃、杉野がオーディションを受けているだろう。
…………。
いけないね。少しセンチメンタルになりそうだった。
もう後戻りはできないのだ。
覚悟は示した。決意は満ちた。あとは手の震えを止めるだけだ。
緊張かプレッシャーか、なんにせよ今の僕は高揚と衰弱が同時に襲って生きているような気分だった。
こう思うと、やっぱり杉野はすごいな。
僕たちの代の男子で一番演技が出来る男だけあって、きっと緊張とかより楽しみが勝っているのだろう。
土壇場に強いもんな。
けど、今回ばかりは僕も負けられないんだ。
無謀でも、無茶でも構わない。
これは僕が証明しなきゃいけいない青春だ。
「まぁ、勝てば官軍負ければ賊軍ってところかねー」
「それは違うよ」
「え」
てっきり一人かと思っていたら、背後から声が聞こえた。
振り返るとそこにはよく知った顔があった。
「轟先輩!?」
「やぁ、山路ん」
「どうしてここに!?」
驚く僕に対して、轟先輩は笑顔だった。
轟先輩は少し上を向きながら言葉を選びつつ答えてくれた。
「えーと、そうだな……私はどっちにも肩入れするつもりはなかったんだけどね。ちょっとだけこっちを応援しようかなって」
「それって」
「しー。杉野んには内緒だよ」
人差し指を口に当てて小声で言う轟先輩。
ああ、やっぱりこの人はすごいな。
敵わないや。
「それは分かりましたけど、さっきの違うって?」
「だって、山路んは勝っても負けても演劇部でしょ」
「…………」
本当に、この人はどこまで察しているのだろうか。
僕が黙っていると轟先輩は話を続けた。
「山路んはもう覚悟を決めているんでしょ?」
「はい」
「……なら、私からは一言だけ」
「一言?」
「楽しんでぶちかましてこい!!」
そう言って轟先輩は僕の胸に拳を当ててきた。
その拳から何かを注入されたかのように、体中が温かくなった。
いつの間にか、震えも止まっていた。
「轟先輩、僕は……」
「聞かないよ。聞いてなんてあげないよ」
「そうですか……」
「だから、証明しなさい」
「!」
「君にだって青春をする権利があるって証明しなさい。それが出来た時、私はあなたの話を聞きます」
「……分かりました。ありがとうございます」
僕は数秒、お辞儀をした。
顔を上げると轟先輩はどこか寂しげに笑っている気がした。
いや、僕がそう思いたいだけなのかもしれない。
「じゃあ先輩。すみませんがもう行きます」
「おう、行ってこい山路ん!」
いつものように天真爛漫な笑顔で、轟先輩は僕を見送ってくれた。
――――――――――――――
僕がオーディション会場の教室に近づくと大槻が廊下で待っていた。
「あれー? どうしたのー?」
「べつに、応援をしにな」
「ありがとうー」
「つっても野暮だったか」
「そんなことないよー」
「さっき、轟先輩と喋ったんだろ?」
大槻が心配そうに僕の顔をうかがう。
ああ、そういうことか。
「大丈夫だよー。むしろ気合入れてもらったー」
「そっか。なら良かった」
安心したのか、肩の力を抜く大槻。
僕はその様子を見て、嬉しくなった。
いつもならのんびり話しているところだが、今はそんな時ではない。
短く、僕は言った。
「だから、行ってくるよ」
「……ああ、頑張れよ」
大槻はそれだけ言って、待機所の教室へと戻った。
僕はオーディション会場の方を見る。
そろそろ杉野の番が終わることだろう。
ようやく、僕の番がやってくる。
僕は目をつぶり、静かにその時を待った