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第107話 オーディション開催 無自覚の成長

「では、これよりオーディションを始めます!」


 部活の開始は轟先輩の宣言からだった。

 教室内の空気が少し強張るのを感じた。


「分かっていると思いますがこれで春大会の役が決まります。一年生は貴重な体験で、二年生は去年と比べて自分の成長を知るいい機会です。悔いのないように全力で臨んでください。審査するのは樫田ん、津田んの二人ですがタイムキーパーとしてコウもいます。そして流れの説明ですが、高学年の女子から順番に隣の部屋で一人ずつ行います。予定時間は一人十五分ほど、その後五分の休憩後に次に人が呼ばれます。その間待っている人は台本読みなど自由にしていて大丈夫です。学校内ならどこにいてもいいですが、すぐに連絡が取れるようにはしていてください。キリのいいところで昼休憩をはさんで午後の再開になると思います。説明は以上ですが何か質問はありますか?」


 轟先輩が教室全体は見渡しながら聞いた。

 俺たち二年生はもちろん一年生からも特に質問は出なかった。

 緊張感のある空気の中、轟先輩は笑顔になった。


「では、最後に私からのアドバイスです! まずは自分が楽しむこと! これが出来ないと良い演技はできません! 以上!」


 快活とした轟先輩の笑顔を見ながら、オーディションは始まった。

 とはいえ、高学年の女子からということは、一番槍は轟先輩だ。

 その後に椎名たち三人をやるので一時間以上は自由になる。


 どうしたものか。

 既に樫田と津田先輩、木崎先輩は隣の部屋で準備している。

 女子たちも順番が近いということで、台本を必死に読んでイメトレしている。

 一年生たちもそれに倣ってか、台本を片手にそれぞれ行動している。

 俺たち二年男子は、おそらく午後になるだろう。

 今から張り詰めていたら体力と気力持たない。

 かと言ってこの空気を壊すようなことをしたくなかったので、俺は一度教室を離れることにした。


 飲み物でも買いに行くか。

 そう判断して教室を出ようとすると、大槻が声をかけてきた。


「お、杉野もか?」

「ああ、大槻もか」


 頷かれたので俺たちは黙って教室を出た。

 少し歩くと大槻が口を開いた。


「みんなすごい緊張感だな。あそこにいたらそれだけで体力奪われるわ」


「だな。かといって邪魔できないし」


「それな。まぁ、今更じたばたしたって仕方ないし男子はどうせ午後になるだろうし、自販機で飲み物でも買って喋らね?」


「ああ、いいぞ」


 一人で何しようかと悩んでいたから丁度良かった。

 俺達は購買の方へと歩き出す。


「杉野は準備とか大丈夫か?」


「まぁ、同じだよ。今更慌てても」


「けど主役狙ってんだろ?」


「だとしてもだよ。やることは昨日までに済ませてきたよ」


「さすが」


 話していると、空気に当てられて緊張していた部分が弛緩していくのが分かった。

 ああ、こういう時に友と話せるというのはいいものだ。

 大槻が一度当たりを見渡してから、俺に小声で聞いてきた。


「あれから池本とか大丈夫そうか?」


「……大丈夫だよ、たぶん」


「たぶんかよ」


「先週から見間違えるほど良くなったけど、それでも女子の中でどう戦えるか」


「どいつもこいつも一癖あるもんなぁ」


「けど、やって後悔することはないんじゃないかな」


「……そっか。杉野がそういうなら大丈夫か」


 大槻はどこか安堵したように呟いた。

 なんやかんや、こいつも面倒見のいい先輩だ。


「そっちの方はどうなんだ? 金子は?」


「まぁ、順当にいけば男子は役の数足りているし大丈夫だろ。やりたい役をできるかは知らんがな」


「それはみんな一緒ってことか」


「だな」


 そんな話をしていると、購買へとたどり着く。

 俺たちはいくつか自販機が並んでいるところでそれぞれ飲み物を買う。

 俺は左から二番目の自販機にあるジンジャーエールを買った。


「お前それ好きだよな。よく本番前に炭酸飲めるな」


「いいだろ、好きなんだから」


 大槻に指摘されて気づくが、たぶん演劇部では俺が炭酸好きなことも周知の事実なのだろう。

 俺はその場で開けて飲んだ。

 土曜日の学校ということもあり、周りには誰もいなかった。

 ふとここで我に返り、大槻と二人ということが珍しいことに気づいた。

 いや、全然気まずくはないし改まって何かということもないんだが、大槻と二人っきりなのはあのゴールデンウィーク以来だろうか。


「ん? どうしたこっちじっと見て?」


「あ、いや。大槻と二人で喋るのも久しぶりだなって」


「なんだよ気持ち悪い」


「…………」


「…………」


 あ、はい。引かれましたー。

 完全に言葉間違えましたねー。

 大槻が完全に困ってんじゃん俺よ。

 話変えよう。


「それはそれとして…………あー、その、大槻は最近サボらなくなったよな!?」


「露骨に話そらしたな……」


「いいだろ。なんか心情の変化でもあったのか?」


「変化……まぁ、そうだな」


 大槻は買ったペットボトルに口をつけた。

 そして飲み終えると、顔を少し赤らめながら言った。


「分かんだろ。ゴールデンウィークみんなに迷惑かけたんだ。これ以上かけられねーよ」


「そっか」


 大槻の言葉に嘘はないだろう。

 けど俺はそれでも昔の大槻ならそんなこと考えずにサボっていたかもしれないと思う。

 だからきっと成長したのだ。

 それは失恋のお陰か。あるいはみんなと向かい合い話し合ったからかそれは分からない。

 大槻であれ池本であれ、人は知らぬ間に成長しているものなのだなと俺は実感した。

 照れくさそうにしている大槻はたぶん、そのことに気づいていない。


「な、何笑ってんだよ!」


「え? ああ、笑ってたか?」


「口元がにやけているぞ」


「すまんすまん」


 気づかぬ間に俺は笑っていたらしい。

 きっと嬉しかったのだろう。そして可笑しかったのかもしれない。

 大槻が自分の成長に気づいていないことが。

 その後も俺達は、あーだこーだ言いながら話し合った。



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