さてさて、そんなこんなで土曜稽古が終わった。
帰り道の途中で俺は駅前のショッピングモール、そのフードコートにいた。
いつものごとく、椎名と話すためだ。
俺達はお互いに飲み物を買って席に座る。
「今日は色々あったわね」
「そうだな」
そんなことを言っているせいか、今になってどっと疲れが出てきた。
主に軸となったのは池本のことだが、それと同時に椎名に話さないといけないことが増えた。
「まずはお疲れ様。池本、いい方向に行っているようね」
「ああ、正直化けたと言ってもいいぐらいにはいい方向に行っているよ」
雨降って地固まる。
紆余曲折あったが結果良ければすべてよし。
池本については特に話すこともないだろう。
俺は増倉について話すことにした。
「劇終わりに増倉に言われたんだが、部長目指すそうだ」
「なんですって」
椎名の表情が真剣なものへと変わる。
そりゃ、驚くよなぁ。
「つっても、チラッと言われただけで詳細は知らない」
「いいえ、それだけで十分だわ」
「?」
たぶん、椎名は何かを察した。
俺には分からない、椎名と増倉の関係性なのだろう。
そう思うと増倉が去り際に俺に対して言ったのも、間接的に椎名に知らせるためだったのかもしれない。
考え込む椎名。俺は黙って反応を待つ。
「そうね。予想外ではあるけれど、それでも私たちのやることは変わらないわ」
「ってことは、まずはオーディション?」
「ええ……そういえば、杉野はやりたい役を決めたのかしら」
「おう。主役狙うことにしたわ」
「そう」
椎名はどこか安心したように笑った。
確かに話してなかったな。
あー、山路のこととか話した方がいいだろうか。
俺が考えていると、椎名が心配そうに聞いてきた。
「何か悩み事があるのかしら?」
「まぁ、分かる?」
「分かるわ」
ここにきて、轟先輩に能天気と言われたことを思い出す。
これは椎名に任せた方がいいか。
難しいことは考えない。轟先輩にも言われたし。
「実はな」
男子で集まり、そして山路に宣戦布告されたことを椎名に話した。
俺が話し終わると椎名は難しい顔をした。
「そう、そんなことがあったのね……」
「それにさ。今日も津田先輩にも言われたんだよ。何で宣戦布告されたか考えてみろって」
「津田先輩が?」
「ああ、なんかあるんだろうな」
「…………」
「……椎名?」
「え、ああ、ごめんなさい」
椎名は何かを真剣に考えていたのか、俺の声が届いていなかった。
そんなに気になることだったのだろうか。
「……そうね。杉野は一度山路と話した方が良いかもしれないわね」
「話す? 宣戦布告されたことを?」
「それでもいいし、部活のことなら何でもいいと思うわ」
「? まぁ、分かったよ話してみる」
椎名の言っていることの意図は分からなかったが、確かに一度山路と話をしてみるのはいいかもしれない。
ただ、そう言っている椎名の顔が複雑そうになっているのは気になった。
ひょっとしたら、池本のことのように何か深刻な問題が隠れているのかもしれない。
日和見主義の俺だったらこれ以上は踏み込まなかっただろう。
けど、今は違う。
俺は落ち着いて椎名に聞いた。
「なぁ椎名、何がそんなに心配なんだ?」
「……別に、そんなつもりはないわ」
「けど、何か引っかかることがあるんだろ?」
「…………」
椎名は答えなかった。
言いづらそうに、目をそらされた。
「椎名。今日の池本のことで話したとき言ったよな。俺の青春にはみんなが必要だからって。たまたま今日は上手くいったけど、一歩間違えれば池本は今よりひどくなっていたかもしれない。逆に俺がもっと早く状況を理解していれば、もっといい方法があったかもしれない」
「そんなの可能性の話だわ」
「そうだな。でもよ。俺はもっとちゃんとみんなのことを知りたいんだ。今までみたいに平穏無事ならいい日和見じゃなくて、みんなを知って向き合いたいんだ」
「……そう、それが杉野の覚悟なのよね」
想いが通じたのか、椎名は微笑んだ。
しかし次の瞬間には真剣な表情で俺を見てきた。
「でも、そうであっても安易に言えないことはあるわ…………それにこれは私の憶測なの」
「椎名」
「私から言えるとしたら、山路は相当の覚悟であなたに宣戦布告したことぐらいね」
「覚悟?」
「ええ。きっと杉野の想像以上の」
「そっか」
椎名は予想がついているのだろう。
山路が主役を狙うその動機と覚悟を。
やはり、山路と一度話す必要があるのだろう。
「もし……もし、山路のことで相談が必要なら樫田の方がいいかもしれないわ」
「樫田か。やっぱりあいつも分かっているのか?」
「おそらくはそうでしょうね」
「そっか、ありがとう。山路と話してみるわ」
すげーな樫田は。
あいつ、知らないことないんじゃないか?
「……杉野。私たちの目的は全国よね?」
「ああ、そうだな」
「でも、杉野はみんな行くことにもこだわりがあるのよね」
「……ああ、そうだ」
「正直、わたしにはそのこだわりはないわ。ついていけない人は置いていってもいいと思っているわ」
「…………」
「けど、けどもしみんなで全国を目指せるって言うなら……私も杉野の意見に賛成よ」
「椎名……」
それは、予想外の言葉だった。
何か心境の変化があったのだろう。
それはゴールデンウィークの大槻の叫びか、あるいは演技の化けた池本を見たからか。
なんにせよ、俺には嬉しい言葉だった。
「ああ、みんなで全国目指せるといいな」
俺は素直に椎名に同意したのだった。