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第103話 再確認と変化

 さてさて、そんなこんなで土曜稽古が終わった。

 帰り道の途中で俺は駅前のショッピングモール、そのフードコートにいた。

 いつものごとく、椎名と話すためだ。

 俺達はお互いに飲み物を買って席に座る。


「今日は色々あったわね」


「そうだな」


 そんなことを言っているせいか、今になってどっと疲れが出てきた。

 主に軸となったのは池本のことだが、それと同時に椎名に話さないといけないことが増えた。


「まずはお疲れ様。池本、いい方向に行っているようね」


「ああ、正直化けたと言ってもいいぐらいにはいい方向に行っているよ」


 雨降って地固まる。

 紆余曲折あったが結果良ければすべてよし。

 池本については特に話すこともないだろう。

 俺は増倉について話すことにした。


「劇終わりに増倉に言われたんだが、部長目指すそうだ」


「なんですって」


 椎名の表情が真剣なものへと変わる。

 そりゃ、驚くよなぁ。


「つっても、チラッと言われただけで詳細は知らない」


「いいえ、それだけで十分だわ」


「?」


 たぶん、椎名は何かを察した。

 俺には分からない、椎名と増倉の関係性なのだろう。

 そう思うと増倉が去り際に俺に対して言ったのも、間接的に椎名に知らせるためだったのかもしれない。

 考え込む椎名。俺は黙って反応を待つ。


「そうね。予想外ではあるけれど、それでも私たちのやることは変わらないわ」


「ってことは、まずはオーディション?」


「ええ……そういえば、杉野はやりたい役を決めたのかしら」


「おう。主役狙うことにしたわ」


「そう」


 椎名はどこか安心したように笑った。

 確かに話してなかったな。

 あー、山路のこととか話した方がいいだろうか。

 俺が考えていると、椎名が心配そうに聞いてきた。


「何か悩み事があるのかしら?」


「まぁ、分かる?」


「分かるわ」


 ここにきて、轟先輩に能天気と言われたことを思い出す。

 これは椎名に任せた方がいいか。

 難しいことは考えない。轟先輩にも言われたし。


「実はな」


 男子で集まり、そして山路に宣戦布告されたことを椎名に話した。

 俺が話し終わると椎名は難しい顔をした。


「そう、そんなことがあったのね……」


「それにさ。今日も津田先輩にも言われたんだよ。何で宣戦布告されたか考えてみろって」


「津田先輩が?」


「ああ、なんかあるんだろうな」


「…………」


「……椎名?」


「え、ああ、ごめんなさい」


 椎名は何かを真剣に考えていたのか、俺の声が届いていなかった。

 そんなに気になることだったのだろうか。


「……そうね。杉野は一度山路と話した方が良いかもしれないわね」


「話す? 宣戦布告されたことを?」


「それでもいいし、部活のことなら何でもいいと思うわ」


「? まぁ、分かったよ話してみる」


 椎名の言っていることの意図は分からなかったが、確かに一度山路と話をしてみるのはいいかもしれない。

 ただ、そう言っている椎名の顔が複雑そうになっているのは気になった。

 ひょっとしたら、池本のことのように何か深刻な問題が隠れているのかもしれない。

 日和見主義の俺だったらこれ以上は踏み込まなかっただろう。

 けど、今は違う。

 俺は落ち着いて椎名に聞いた。


「なぁ椎名、何がそんなに心配なんだ?」


「……別に、そんなつもりはないわ」


「けど、何か引っかかることがあるんだろ?」


「…………」


 椎名は答えなかった。

 言いづらそうに、目をそらされた。


「椎名。今日の池本のことで話したとき言ったよな。俺の青春にはみんなが必要だからって。たまたま今日は上手くいったけど、一歩間違えれば池本は今よりひどくなっていたかもしれない。逆に俺がもっと早く状況を理解していれば、もっといい方法があったかもしれない」


「そんなの可能性の話だわ」


「そうだな。でもよ。俺はもっとちゃんとみんなのことを知りたいんだ。今までみたいに平穏無事ならいい日和見じゃなくて、みんなを知って向き合いたいんだ」


「……そう、それが杉野の覚悟なのよね」


 想いが通じたのか、椎名は微笑んだ。

 しかし次の瞬間には真剣な表情で俺を見てきた。


「でも、そうであっても安易に言えないことはあるわ…………それにこれは私の憶測なの」


「椎名」


「私から言えるとしたら、山路は相当の覚悟であなたに宣戦布告したことぐらいね」


「覚悟?」


「ええ。きっと杉野の想像以上の」


「そっか」


 椎名は予想がついているのだろう。

 山路が主役を狙うその動機と覚悟を。

 やはり、山路と一度話す必要があるのだろう。


「もし……もし、山路のことで相談が必要なら樫田の方がいいかもしれないわ」


「樫田か。やっぱりあいつも分かっているのか?」


「おそらくはそうでしょうね」


「そっか、ありがとう。山路と話してみるわ」


 すげーな樫田は。

 あいつ、知らないことないんじゃないか?


「……杉野。私たちの目的は全国よね?」


「ああ、そうだな」


「でも、杉野はみんな行くことにもこだわりがあるのよね」


「……ああ、そうだ」


「正直、わたしにはそのこだわりはないわ。ついていけない人は置いていってもいいと思っているわ」


「…………」


「けど、けどもしみんなで全国を目指せるって言うなら……私も杉野の意見に賛成よ」


「椎名……」


 それは、予想外の言葉だった。

 何か心境の変化があったのだろう。

 それはゴールデンウィークの大槻の叫びか、あるいは演技の化けた池本を見たからか。

 なんにせよ、俺には嬉しい言葉だった。


「ああ、みんなで全国目指せるといいな」


 俺は素直に椎名に同意したのだった。


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