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第102話 まるで予言者みたいな先輩

「ダメだな」


 樫田の一言目は否定だった。

 俺が驚いていると、増倉が聞く。


「何が?」


「池本の演技だ」


「どこがよ」


「……目に見えて良くなったのは、二人とも気づいたはずだな?」


 樫田が俺と増倉を見る。

 俺たちが頷くと、話を進める。


「だからこそ厳しいことを言うが現状のままでダメだ。もう一歩。何か長所になるものを持たないと、他のやつには勝てないだろうな」

 はっきりとした樫田の言葉。

 そして、俺と増倉は樫田の言いたいことが分かった。

 確かに池本の演技は良くなった。

 だからといってオーディションで受かるほどかと言われれば、そうではない。

 言ってしまえば、他の人の背中が見えたぐらいに距離が縮まったにすぎない。


「正直、今日の段階でここまで伸びるとは思っていなかった。あと一週間もないが落ち着いて練習すればオーディションで戦えるぐらいの演技はできるだろうな」


「はい」


「分からないことは聞いてと言いたいが、人間何が分からないか分からないことの方が多い。だから、立ち止まったと感じたら他の人に相談しろ。それはこの二人でも俺でもいい。演技には一人で向き合う時間も必要だが、やり方が分からないと元も子もないからな」


「はい、ありがとうございます」


 話しが終わると池本は樫田に感謝した。

 そして樫田は今後、俺と増倉へのダメ出しをする。


「杉野はそうだな……演技の方向性はそれでいいと思う。あとは台本しっかり読んで読解だな」


「ああ、分かった」


「増倉、お前は逆に、演技の方向性を少し変えてみてもいいかもしれない」


「了解。どんな感じに変える?」


「ここなんだが、少し――」


 台本を片手に、増倉と樫田が話し合う。

 俺はその横で台本と向き合い、自分の演技の修正を考える。


「ちょいちょい杉野」


 そんなとき、珍しく津田先輩から呼ばれた。

 樫田の横に座っていた津田先輩は立ち上がり、俺と肩を組む。


「悪い樫田、杉野ちょっと借りるわ」


「分かりました」


 樫田はすんなりと了承して増倉との話に戻る。

 津田先輩に連れられるまま、体育館の端の方に行く。


「なんですか先輩?」


「あー、あれだ。労いの言葉ってやつだ」


 ネギライ? なんすかそれ?

 津田先輩が肩の組むのを止め、俺と向き合う。


「お疲れ様ってことだよ」


「はぁ…………?」


「分かってないだろ」


「すみません。何についての労いですか?」


「そりゃお前、池本の演技についてだよ」


 津田先輩はそう言うとさっきまでいた方を見る。

 池本が樫田と増倉の話を聞いていた。


「ああ、ありがとうございます」


「まさかあそこまで伸びるとはね。正直驚きだわ」


 おー、津田先輩が驚くってことはよっぽど予想外だったんだな。

 でもこんな端までやってきたってことは、それだけじゃないんだろうな。


「なんか疑ってんな」


「だって津田先輩が話しかけてくるってことは労いの言葉だけじゃないんですよね?」


「まぁそうだな」


 にやっと笑って、分かってんなと言いたげな津田先輩。

 分かりますよ。後輩なんで。

 一回周りを確認してから、津田先輩は話し出す。


「杉野はやっぱ、オーディションで主役狙ってん?」


「ええ、まぁ」


「ふーん、そっか」


 そう言いながら、津田先輩は何かを考え出す。

 じっと俺を見て、吟味する。


「性格上、杉野はオーディションじゃ燃えないタイプだと思ってたわ」


「そんなことないですよ」


「なるほどねぇ」


 俺の否定の言葉から何を読み取る津田先輩。

 山路に主役をやると宣言されたから燃えた、とは言えない。

 けど津田先輩は辿り着くだろう。

 俺がなぜ主役をやりたいのか、そしてそこに至るまでの過程を。


「いいダチを持ったな」


 ほら、辿り着いた。

 驚くこともせず、俺は答える。


「そうですね。ありがたいことです」


「でも、お前はそのダチの意図を理解しているか?」


「え?」


「おおかた宣戦布告でもされたんだろうが、何でされたか分かってんのか?」


「それは……」


 言われてみれば、なぜだ?

 …………。


「まぁ、今のお前じゃ分からないかもしれないが、ちょっと考えてみろ」


「……それが、次の問題になるからですか?」


 新入部員歓迎会の時、過程はどうあれ津田先輩は恋愛のもめごとが起こることを言い当てた。

 どうして分かり、なぜ言い当てられたのか。

 たぶん、素直に聞いてもはぐらかされるだろう。


「杉野、俺は予言者じゃないぞ。可能性を考慮して事前対策を打っておいて最低限のダメージで済むように行動しているだけだ」


「それで予言者じゃないんですか……」


「ああ、俺にだって外すことはあるし杞憂で済んだことだってある……まぁ、ちょっと考えてみろ」


「はい……分かりました」


 頷くと、津田先輩はさわやかに笑った。

 俺にはその意図が計り知れなかった。


「んじゃ、戻るか」


 そうして、俺と津田先輩は樫田たちのいる方に戻った。


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