俺は椎名と話を終えると、一人で体育館を出て購買部の方へ向かった。
喉が渇いたので飲み物を買いに行く。
てか勢いで話進めて昼食べ損ねたから、今腹が減っている。
残り三時間の練習、乗り越えられるか。
何やるんだろう。
一年生たちに色々教えるんだろうけど、俺は先輩としてどう立ち回るべきだろうか。
そして、何を教えるべきだろうか。
俺は自販機に小銭を入れながら、そんなことを考える。
「お疲れだねぇ、杉野ん」
「そうなんですよ、分かります? …………って、轟先輩!?」
いつもの間にか、俺の横に轟先輩がいた。
神出鬼没すぎるだろ。
「私、スポドリがいいー」
「いや、奢りませんよ?」
「えー、ケチー」
そう言いながらも、轟先輩は自分で小銭を入れる。
俺は買った炭酸を取り出す。
「杉野ん、よく練習あるのに炭酸飲めるね」
「まぁ、実質今日の山場は乗り越えたんで」
「お、というとうまくいったんだね」
「ええ、まぁ……先輩たちは何していたんですか?」
「ちょっとコバセンと打合せ」
そう言うとスポドリを飲む轟先輩。
どうやら春大会のことで、顧問と話していたようだ。
俺もプシュっと音を出して、ペットボトルを開ける。
喉を通る炭酸。その優しい痛みを実感する。
「では、無事にオーディションで戦えそうなんだね」
「戦うって……そうですけど、相手一年生ですよ?」
「関係ないよ、勝ったものが正義さ」
何の漫画のセリフかと思ったが、言っていることは間違っていない。
オーディションとは実力主義。
楽しそうに笑う轟先輩を見ると、ああさすが先輩だなと今更に思う。
だから、思わず言ってしまった。
「先輩はすごいですね」
「ん? どうしたんだい杉野ん。らしくないね」
「らしくないですか?」
「うむ。杉野んはもっと気楽に、能天気いたでしょ」
「能天気って……」
まぁ、去年の俺を考えるとそうなのかもしれない。
平和主義で、穏便になればそれでいいって感じだったし。
けど二年生になって変わったのだろう。
「心境の変化でもあったのかい?」
「そりゃ、俺も二年生ですからね。いつまでも能天気ではいられませんよ」
「バッキャロー!」
突然、右ストレートが俺の腹にめり込む。
! なぜ!?
「ぐはっ!」
状況が呑み込めす、轟先輩を見る。
先輩は腕を組み、仁王立ちをする。
「杉野ん! 君は能天気であるべきだ!」
その堂々たる様子に俺は開いた口が塞がらなかった。
え、何で今殴ったん?
「いいかい? 君は自分の長所が分かっていない」
「長所ですか……?」
「そう! 君は君の出来ることをすればいい。君が考えて分からないことは、君より頭のいい人に投げてしまいなさい!」
「…………」
「先輩らしくとか! そういう難しいことは樫田んや椎名んがやってくれるんだよ。だから難しいことは考えない!」
「でも! それじゃあ先輩として!」
「シャラップ! 二年生とか先輩とか関係ない! 君は君だ!」
俺の言葉を遮り、轟は高らかに言った。
なぜだろうか。その言葉がやけに響いた。
……やっぱり先輩はすごい。
「でも、先輩が言ったんじゃないですか」
「ん?」
「ほら、稽古始まる前に『迷ったり詰まったりしたら真似してみたら』って、だから俺は先輩らしく」
「杉野ん……私はこうも言ったはずだよ。『だって君たちはもう先輩なんだから』って。なろうじゃないんだよ。もうなっているんだよ」
轟先輩は、そう俺に微笑みかけた。
ああ、そうだ。確かに言われた。
励ましの言葉だと思っていたけど、そうじゃないんだ。
なんとなく、今ならその言葉の意味を理解できる。
先輩らしくとか先輩としてとかじゃない。俺はもう先輩なんだ。
だからそう思うのは、ただのかっこつけだ。
俺は俺として、みんなと向き合うべきなんだ。
「轟先輩。ありがとうございます」
「よせやい。照れくさい」
「ところで、何でさっき殴ったんですか?」
「ノリ」
このやろう。
俺が睨みつけると、轟先輩が慌てて弁解する。
「に、肉体言語も時には必要かと!」
「はぁ、まあいいです。俺、能天気が長所なんで」
「おお、いいね」
轟先輩がサムアップをする。
その親指折ってやろうかと思った。
手のひら返しすぎだろこの人。
「とにかく先輩とかそういう難しいことは杉野んは考えなくていいの」
「言いたいことは分かりましたけど、それでも先輩として動かないといけない時が出てくるじゃないですか」
「そりゃあるよ。でも先輩らしいとかは後輩たちが勝手に決めることだからね。杉野んが決めることじゃないでしょ」
「確かに」
こっちからイメージで先輩らしさを押し付けるは、先輩面というやつになってしまう。
あまりいい印象ではない。
「杉野んは能天気なくせに、重要なときに刺す言葉を言うから面白いんだよ。それがなくなったら個性ゼロだよ?」
そこまで!?
てか新入部員歓迎会のときもみんなに言われたけど、俺の評価って……。
でも、肩の力が抜けているのを感じた。
「お、良い感じだね。少しは柔らかくなったかい?」
「そうですね。おかげさまで能天気になれました」
「うむ、それでいい……じゃあ、残りの稽古も頑張ろっか」
「はい」
俺と轟先輩は体育館へと向かった。