「ふぅ……」
俺は劇が終わるとため息をついた。
机の上のサンプラーとスピーカーの電源を落とし、ケーブルを抜く。
音声データが残っていてよかったと心底思いながら、椅子の背もたれに全体重を預ける。
やっぱり、課題は多いな。
即興の朗読劇だったが、今のみんなの実力を見るのには悪くはなかった。
俺の頭の中ではオーディションのことを考え始めていた。
だから、近づいてくる人影に意識が向いていなかった。
「樫田? どうした?」
「ん、ああ、さ……夏村か」
「疲れてる?」
「まぁ、な」
現実に視野を向けると、遠くで杉野と増倉が池本と話していた。
どうやら、何とかなったようだ。
「池本は一件落着?」
「たぶんな」
「その割には、顔が喜んでない」
「一段落ってわけじゃないからな。俺としてはむしろ大変になったよ」
たぶん池本は今以上に伸びるだろう。
諦め半分だったのが、情熱を抱いたのだから。
演出家としては選択肢が増えたと喜ぶべきところかもしれない。
だが、俺個人としては胃が痛いな。考えることが増えた。
「……演出家は樫田だけど、劇はみんなで創る」
「ありがとうな」
「分かっている?」
「分かっているよ」
その励ましの意味も、それ以外も。
けど、それでも俺は演出家になった責任を一人抱えるだろう。
俺はそういう人間だから。
そんな考えを見通してか、夏村は何か言いたげに俺を睨む。
都合の悪い俺は、話をそらそうと何か別の話題を考える。
そんな時、田島がこちらにやってくるのが見えた。
「おお、どうした田島?」
「あ、すみません。お話し中でしたか?」
「大丈夫だ、な?」
「……うん、問題ない」
俺が視線を送ると、夏村は睨むのを止め肯定した。
ああ、これ後で怒られるパターンだ……。
そう心で思いながら俺は表に出さず田島の話を聞く。
「で、どうしたんんだ?」
「樫田先輩にお礼を」
「……池本のことか?」
「はい」
「それなら杉野と増倉にするんだな。俺は自分の仕事をしただけだよ」
「それでも、一番初めに相談したのは樫田先輩ですから。ありがとうございます」
田島は頭を下げた。
俺は困ったが素直に受け取ることにした。
その上で、気になることを聞くことにした。
「どういたしまして、かな…………お礼ってわけじゃないが一つ聞いていいか?」
「はい。何ですか?」
田島が顔を上げる。
予想外のことだったのか、困惑した顔をしていた。
「どこまで、予想していたんだ?」
俺の言葉に田島の表情は驚きへと変わる。
横にいる夏村は何のことかって顔をしていたが、田島はその意味を理解したのだろう。
「まるで私が全部分かっていたみたいな言い方ですね」
「全部とまではいかないが、一番初めに危惧したのは間違いなくお前さんだろ?」
「……でも、それは」
「別に咎めているわけじゃないんだ。ただ気になってな。なんとなく目的のある動きをしていたからさ」
田島の動きは迅速だった。
誰よりも早く池本もがこのままではいけないことに気づき、そして俺や杉野に相談した。
演劇経験者としての勘なのかとも思ったが、杉野と一緒に俺と増倉のところにやってきたとき俺の中で何かが確信に変わった。
田島は何か目的を持って行動している。
「目的……そうですね。間違ってないです」
「そっか。苦労するぞ」
「え? 聞かないんですか?」
「言いたかったら聞くけど、そういう雰囲気でもないんだろ?」
俺がそう言うと、田島は目を大きく見開き呆気に取られていた。
なんだよ。
「樫田、性格が悪い」
「何でだよ!?」
横で見ていた夏村が、ぼそっと呟く。
えー、そういうのは杉野の役目じゃん。
「ふふ、すみません。今はまだ言えません」
「いいよ。時期が来たら教えてくれ」
「はい」
田島は笑顔で返事をした。
まぁ、大方の予想はつくが今聞くことじゃない。
今考えないといけないのはオーディションのこと。
区切りがついたところで、金子がやってきた。
「樫田先輩、ちょっといいっすか?」
「おう。悪い夏村、田島。席外してくれるか?」
「わかった」
「はい」
二人は理由を聞かずに、離れてくれた。
おそらく金子の真剣な表情から状況を読み取ったのだろう。
「ありがとうございます」
「いいや、でどうしたんだ?」
俺が聞くと金子は少し言いづらそうに目をそらす。
覚悟を決めるように、少しだけ間が生まれる。
そして金子は話し出した。
「実は――」
――――――――――――――――――――――――
「お疲れ、山路」
「ん? ああ大槻。お疲れさまー」
オレが話しかけると、山路は少し遅れて反応した。
……。
「なに、見てたんだ?」
「別に―。ちょっと疲れてねー」
そう言いながら、山路の視線はみんなに向いていた。
つられてオレも視線を送る。
杉野と増倉のところには池本が近づく。
たぶん上手くいったのだろうと勝手に推測する。
さすがは杉野だ。
「大槻はいいのー? みんなのところ行かなくてー?」
「いいんだよ。俺もお前と同じだよ」
山路がこっちを向き、驚いた表情をした。
ああ、やっぱりな。
オレの中で確信を得る。
杉野と増倉のところに池本が行くのは当然として、樫田と夏村のところに田島がいる。
椎名と金子はそれぞれ一人で考え込んでいる。
この風景が楽しくてでも自分がその輪に入っていない孤独感を覚える。
たぶん、それは山路も同じだろう。
「今までサボっていたツケなのかなー」
「それはそうだろうな」
今までサボってきたオレと山路が部の中心的でないのは、当然のことだ。
ある意味、自然淘汰なのかもしれない。
それでも、オレや山路にも意地や覚悟がある。
「それでも主役、やりたいんだろ?」
「ああ、やりたいね」
はっきりと答える山路。
その力強さにオレは嬉しくなった。
「じゃあ、頑張らないとだな」
「そうだねー」
「軽いな、おい」
「焦ってもしょうがないのは事実だしねー。出来るだけのことをするだけだよ―」
「まぁ、それもそうだな」
そう言って俺達はもう一度みんなの方を見る。
見ながら話を続ける。
「なぁ、山路」
「ん?」
「俺さ、ゴールデンウィーク色々あったじゃん?」
「? そうだねー」
「だからさ、なんとなく分かるんだよ。お前のしようとしている事」
「そっかー」
「驚かないのかよ」
「まぁ、樫田と大槻は薄々勘づくかなー、とは思っていたよ」
「あー、確かに樫田も気づいてるか」
視線の先では、樫田が夏村と田島と何かを話している。
きっと演出家として話をしているのだろう。
「樫田には申し訳ないけどねー」
「なんか喋ったのか?」
「ううん。ただ大槻と同じで、頑張れとは言われたよ」
「そっか」
じゃあ、あいつも分かっているんだろうな。
本当、苦労人だな。
「…………」
「…………」
その後オレたちは黙ってみんなを見ていた。