朗読劇は、何とか幕を閉じた。
過去にやったことあるとはいえ練習なしのぶっつけ本番。
甘噛み、つっかえ、間の悪さ。
反省点が多いが、劇中に一年生たちが泣いているのを感じた。
俺達は示せたのだろう。
俺達の在り方というやつを。
一年生からの拍手をもらうと、空気は一気に緩くなった。
そして、休憩時間になる。
俺と増倉のところに、池本がやってきた。
彼女の目には涙の跡があった。
「先輩、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様」
「お疲れー、どうだった池本?」
増倉が率直に聞く。
池本は落ち着いた様子で言った。
「すごく良かったです。素敵な劇をありがとうございます」
軽くお辞儀をした。
俺と増倉は目を合わせ、なんて言うか迷っていた。
「……それと、私やっぱり諦められないです」
顔を上げると真剣な表情で俺と増倉を見てくる池本。
その言葉が何を指しているのか、考える必要はなかった。
だから、俺も答えた。
「俺も、池本と劇をしたいよ」
「……先輩」
「だから、一緒に頑張ろう」
俺がそう言うと、池本の目から涙が流れた。
!? なんかまずいこと言ったか!?
俺が困惑していると、増倉が俺の背中を思いっきり叩く。
「ごめん、こいつバカだから」
「いえ、その、ありがとうございます……?」
「大丈夫? 一旦お手洗いに行く?」
「そう、ですね。独りで大丈夫です。すみません、ちょっと行ってきます……!」
池本はそれだけ言い残すと、あっという間に離れてしまった。
俺が増倉の方を見ると、冷たい視線を送ってきた。
いや、だってさぁ。
そう目が訴えると、増倉はため息をつきながら池本の去っていった方向を見た。
「これで良かったのかな」
「……良かったんだろ。これで」
「どうして?」
「だって池本のさっきの表情見ただろ? もう立派に役者だよ」
「でも、根本的な」
「そうでもないさ」
「?」
増倉は不思議そうな顔をした。
俺は感じたことを話す。
「そりゃ、オーディションがどうなるかは分からないけど、それでも池本は覚悟が決めたんだ。ならこれで良かったんだよ」
池本にとって高い壁になるかもしれないが、それでも本人が諦めずに挑戦する限りはきっとそれは意味のある挑戦なのだから。
なにより、池本の中には俺が伝えた情熱があるように感じた。
「私はむしろ心配。これでオーディションに落ちたら池本、もう立ち直れないんじゃないかって」
「それは違うよ増倉」
「え?」
「確かにさっきまでの池本だったらそうかもしれないけど、今の情熱を持った池本なら大丈夫だよ。人間、挑んだことに納得するだけの意味を持てたなら落ち込んでも、きっと立ち直れるさ」
俺の言葉に増倉は驚いた表情をした。
なんだよ? 変なこと言ったか?
「……そうね。うん。そうだ」
まるで自分に言い聞かせるように増倉はそう呟いた。
そして満面の笑みで俺を見た。
「色々あったけど、私たちはちゃんと先輩が出来たってことだね」
「まぁ、そうだな」
「まぁって何」
「いや、そういうことを思えるのはもっと先かなって」
「……そう言えるなら、杉野ももう立派な先輩だよ」
そうかぁ?
俺の怪訝そうな視線を増倉は笑いながら受け流した。
そして、ふと増倉が俺から目をそらす。
俺も同じ方向を向くと、そこにはこちらを見ている椎名がいた。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
ほんの数メートルの距離だ。
「じゃ、私はこれで」
「あ、おう」
「そうだ杉野には言っておくけど、私も部長目指すから」
「そっか…………はぁ!?」
俺は反射的に増倉の方を向いたが、彼女は既にここから離れ始めていた。
増倉が歩いていく先は樫田たちがいた。
「ずいぶんと、名残惜しそうね」
「いや、ちが……後で話すわ」
なんか椎名から怒気が見えたので、俺は言い訳を止めた。
こうなった椎名に言葉は不要だ。
俺と椎名は少しの間、黙ってみんなを見ていた。
樫田と金子が何かを話しており、そこに増倉が顔を出す。
夏村は田島と話していた。そこに戻ってきた池本が混ざる。
そして、端の方ではなにやら大槻と山路が話していた。
先輩たちの姿は見えなかった。
「池本、大丈夫そうかしら?」
「ああ、大丈夫だ。きっと」
「あなたの性分、貫けたのね」
どこか嬉しそうに椎名は笑っていた。
つられて、俺も笑顔になっているだろう。
「ああ、ありがとうな」
「私は何もしてないわ」
「それでも、俺が送りたい青春に気づいたのは椎名のお陰だ」
「選ばなかったのに?」
「それは、その、あれだあれ……」
俺がうろたえているのが面白かったのか、椎名はくすくすと笑う。
「冗談よ」
「えぐいって」
「……でも、大変なのはこれからよ」
「ああ、そうだな」
椎名はみんなを見ながら言った。
俺は頷く。
みんなは、それぞれ楽しそうに話したり笑ったりしていた。
俺の好きな、愛おしい過程。
でも気づいた。
過程が大切なのは俺の中で終わりが見えていなかったからだ。
青春の到達点。
そして、これはまだ途中だ。
オーディションの途中で、春大会への準備で、そして俺たちの目的である全国への序章に過ぎない。
たぶん、もう迷うことは許されないのかもしれない。
ここから走り続けないときっと全国には行けないだろう。
そのためには――。
「椎名」
「何かしら?」
「勝とうな」
「ええ、当然よ」
俺の言葉に椎名は当然と言わんばかりに答えた。
その返答に俺は改めて覚悟を決める。
みんなで全国に行く、と。