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第98話 孤独列車

 1


「よくさ。絶望した人が、人を遠ざけたい人が『お前に何が分かるんだ!』って叫んだりするじゃん?」


「ええ、どこかで聞いたような話ね」


「俺は思うんだ。人は何が分かったら、他人を分かるんだろうな。心か? 考えか? 感情か? そいつの人生か? そいつの絶望か?」


「そこに答えはあるのかしら」


「どうだろ。分かるなら苦労も苦渋も苦難もないのかもしれない」


「なら考えるだけ無駄じゃない?」


「かもな。けどさ。俺はこうも思う。分からなくてもいいじゃないかって。分からなくてもそばに……いや、横にいて支えるぐらいはしてもいいんじゃないかって思うんだ」


「分からないのに?」


「辛いこととか悲しいこととか、そりゃ本人にしか分からないことはあるよ。ただ、分からないからって救えないわけじゃないと思うんだ」


「救うって大きく出たね」


「そうだな。大きいかもな。でも存外、人って単純だと思うんだ。ただ友人が横にいるだけで心が軽くなったり、ただ言葉に出すだけで感情が揺れ動いたり、どこかに行くだけで気分が晴れたりさ。人は変化し続ける生き物だからな」


「だから、分からなくても横にいるの?」


「ああ。共感できなくても、理解できなくても、救いたい奴のそばに俺はいるよ」


「そう、すいぶんと優しい考えね」


「おかしいか?」


「いいえ、ただそれでも私は分かり合いたいわ。独りは寂しいもの」


「そばにいるだけじゃ、分かり合えないか?」


「そばにいるからこそ、分かり合えないのよ。人は人との関係の中で孤独を感じるもの」


「人といるから、孤独を感じる?」


「ええ、孤独とは相対の感情なの。比べるから孤独なのよ」


「じゃあ、分かり合うって何だ?」


「相手を自分の一部として認めることよ。それが分かり合う」


「なら、俺は君に認められたい」


「無理よ」


「どうして?」


「私の一部として認めるには、あなたは大きすぎるわ」


「大きいと認められない?」


「ええ、私はどうしてもあなたと比べてしまうわ」


「そんな……俺が君を孤独にさせていたのか」


「よくあることよ、気にすることはないわ」


「だとしても、俺は悲しい」


「悲しむことはないわ。だって孤独は――」


 彼女の言葉を遮るように、目覚ましの音が鳴る。 



 2



「また、あの夢か」


「よう、起きたか兄弟」


「ああ、最悪の目覚めだよ」


「あはは、そりゃいい!」


「あ?」


「だって今が最悪なら、これからは上がる一方だからな!」


「ああ、そうかい」


「つれないねー、底辺はていへんだ! ってか! あはは!」


「誰が底辺だよ兄弟」


「そりゃ俺たちさ兄弟!」


「……まぁ、違いねーな。俺が寝ている間に何かあったか?」


「焼き鳥が増えたぐらいだ」


「そうか。何人だ?」


「さぁな、両手の数よりは多かったぜ兄弟」


「ってことは敵襲でもあったか」


「日常よ。敵さんは四時間ごとにぶっ放すだけの簡単な仕事だからな」


「そうだったな……」


「まぁ、半分は後追いだよ」


「…………」


「そう落ち込むな兄弟。あと数日すれば本軍から応援が来る予定だ」


「だと良いがな」


「かー、リアリストだねぇ兄弟」


「そういう兄弟はロマンチストか? そういって何回」


「分かっているって兄弟。でもよ、信じるものは救われる。そうだろ?」


「…………そうだな」


 しばらくの沈黙。お互いに武器の手入れを始める。

 そして、突然、サイレンが鳴り響く。


「おい兄弟!」


「ああ! 空爆だ!」


「なんでだ!? いつもの時間じゃないぞ!」


「言っている場合か! 急げ!」


 鳴り響く爆撃音。



 3



「……さん、お客さん!」


 誰かの声で起きる。


「うなされていましたけど、大丈夫ですか?」


「ううん……? あ、ああ大丈夫だ」


「良かった。長旅になりますからね。ごゆっくり」


「ああ、ありがとう…………?」


 辺りを見渡すと、そこは列車の中のようだった。


「あれ、なんで俺、列車なんかに乗ってんだ? ええっと確か……うっ!」


「あなた大丈夫?」


「大丈夫だ。まだちょっと寝ぼけているようだ」


「そう、良かったわ…………向かい側いいかしら」


「ああ、どうぞ」


 俺がそう言うと彼女は向かい側の席に座った。


「あなた、名前は?」


「俺はロベルトだ。君は?」


「私はミアよ。よろしくロベルト」


「ミア、よろしく。早速だがここはどこだ?」


「ここは孤独。孤独列車の二番車両よ」


「孤独……?」


「ええ、答えへの片道切符を払ったでしょ?」


「何のことだ?」


「……そう。あなたはそうなのね」


「? どういうことだ?」


「ごめんなさい。特に意味はないわ。ただここに来る人はみんな孤独を知りたがっている人なのよ」


「孤独を知りたがっている?」


「ええ、独りを、自分を知りたい人がここにはやってくる」


「……俺も、そうなのか?」


「どうかしら。あなたはずいぶんと孤独に詳しそうだけど」


「そんなことはない。俺も孤独を知りたいよ」


 遠くから扉の開く音がする。

 そして足音が徐々に近づいてくる。


「まぁ、孤独列車に二人も乗車しているなんて珍しい。お隣いいかしら」


「ええ、どうぞ」


 ミアが答え、奥へとつめる。


「お二人さん、お名前をうかがってもいいかしら」


「……ロベルトだ」


「ミアです」


「私はアメリア。よろしくね」


「よろしく。アメリアさんは常連なのか?」


「あら、ロベルトさん。どうしてそう思ったかしら?」

「さっき、孤独列車に二人も乗車しているのが珍しいって……」


「ああそういうことですね。私が乗ったのはこれが初めてです。ただ有名ですから孤独列車」


「ああ、そうかい」


 少しだけ沈黙が流れる。

 ミアが口を開いた。


「あ、あのアメリアさんはどうして孤独列車に?」


「私は、主人との思い出を探しに」


「……思い出を探すのに、孤独列車に?」


「あら、変ですか? ロベルトさん」


「だって、思い出を探しているんだろ?」


「ええ、でもロベルトさん。何も一緒にいるときだけが思い出ではありませんわ」


「? 一緒にいなかったら思い出ではないだろ」


「いいえ、そんなことはありませんわ。例えば遠く離れた主人を思う日々もその間の孤独もまた、私にとっては主人との思い出ですもの」


「素敵な思い出ですね」


「ありがとうミアさん。人を思うことで生まれる孤独。それも立派な思い出だと私は思うのです」


「……孤独とは相対の感情か」


「まぁ、ロベルトさんは随分と詩的なのですね」


「ああ、いや。これは昔、友人から聞いた言葉で……」


「だとしても、それを覚え、ここで言ったのはロベルトさんですよ」


「そうですよロベルト。言葉は自由だもの」


「それとも、ロベルトさんにとってその言葉は特別なものなのかしら」


「…………どうですかね」


「……ロベルトさんは迷っていらっしゃるのですね」


「迷う? 何に?」


「孤独に、です…………それは恐れなのか躊躇いなのか、もしかしたら苦しみかもしれませんね」


「……アメリアさん。あなたにとって孤独とは何ですか?」


「私にとってですか? そうですね…………何かと向き合った時に生まれる隙間でしょうか」


「隙間?」


「ええ、どんなものにも隙間はあるでしょ? 今の私たちにだって」


「距離感の話ですか?」


「いいえ、距離は関係ありません。どんなに遠くても近くても変わらない。問題は隙間があるかどうかです。少しでも隙間があれば人は孤独を感じます」


「……隙間、ですか」


「ええ、きっとロベルトさんにもわかる時が来ます」


――トゥルルルルルルルル


「では、私はここで降りますので、ロベルトさん。ミアさん。楽しかったです」


「さよなら、アメリアさん」


「……さよなら」


「ええ、さようなら」


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