1
「よくさ。絶望した人が、人を遠ざけたい人が『お前に何が分かるんだ!』って叫んだりするじゃん?」
「ええ、どこかで聞いたような話ね」
「俺は思うんだ。人は何が分かったら、他人を分かるんだろうな。心か? 考えか? 感情か? そいつの人生か? そいつの絶望か?」
「そこに答えはあるのかしら」
「どうだろ。分かるなら苦労も苦渋も苦難もないのかもしれない」
「なら考えるだけ無駄じゃない?」
「かもな。けどさ。俺はこうも思う。分からなくてもいいじゃないかって。分からなくてもそばに……いや、横にいて支えるぐらいはしてもいいんじゃないかって思うんだ」
「分からないのに?」
「辛いこととか悲しいこととか、そりゃ本人にしか分からないことはあるよ。ただ、分からないからって救えないわけじゃないと思うんだ」
「救うって大きく出たね」
「そうだな。大きいかもな。でも存外、人って単純だと思うんだ。ただ友人が横にいるだけで心が軽くなったり、ただ言葉に出すだけで感情が揺れ動いたり、どこかに行くだけで気分が晴れたりさ。人は変化し続ける生き物だからな」
「だから、分からなくても横にいるの?」
「ああ。共感できなくても、理解できなくても、救いたい奴のそばに俺はいるよ」
「そう、すいぶんと優しい考えね」
「おかしいか?」
「いいえ、ただそれでも私は分かり合いたいわ。独りは寂しいもの」
「そばにいるだけじゃ、分かり合えないか?」
「そばにいるからこそ、分かり合えないのよ。人は人との関係の中で孤独を感じるもの」
「人といるから、孤独を感じる?」
「ええ、孤独とは相対の感情なの。比べるから孤独なのよ」
「じゃあ、分かり合うって何だ?」
「相手を自分の一部として認めることよ。それが分かり合う」
「なら、俺は君に認められたい」
「無理よ」
「どうして?」
「私の一部として認めるには、あなたは大きすぎるわ」
「大きいと認められない?」
「ええ、私はどうしてもあなたと比べてしまうわ」
「そんな……俺が君を孤独にさせていたのか」
「よくあることよ、気にすることはないわ」
「だとしても、俺は悲しい」
「悲しむことはないわ。だって孤独は――」
彼女の言葉を遮るように、目覚ましの音が鳴る。
2
「また、あの夢か」
「よう、起きたか兄弟」
「ああ、最悪の目覚めだよ」
「あはは、そりゃいい!」
「あ?」
「だって今が最悪なら、これからは上がる一方だからな!」
「ああ、そうかい」
「つれないねー、底辺はていへんだ! ってか! あはは!」
「誰が底辺だよ兄弟」
「そりゃ俺たちさ兄弟!」
「……まぁ、違いねーな。俺が寝ている間に何かあったか?」
「焼き鳥が増えたぐらいだ」
「そうか。何人だ?」
「さぁな、両手の数よりは多かったぜ兄弟」
「ってことは敵襲でもあったか」
「日常よ。敵さんは四時間ごとにぶっ放すだけの簡単な仕事だからな」
「そうだったな……」
「まぁ、半分は後追いだよ」
「…………」
「そう落ち込むな兄弟。あと数日すれば本軍から応援が来る予定だ」
「だと良いがな」
「かー、リアリストだねぇ兄弟」
「そういう兄弟はロマンチストか? そういって何回」
「分かっているって兄弟。でもよ、信じるものは救われる。そうだろ?」
「…………そうだな」
しばらくの沈黙。お互いに武器の手入れを始める。
そして、突然、サイレンが鳴り響く。
「おい兄弟!」
「ああ! 空爆だ!」
「なんでだ!? いつもの時間じゃないぞ!」
「言っている場合か! 急げ!」
鳴り響く爆撃音。
3
「……さん、お客さん!」
誰かの声で起きる。
「うなされていましたけど、大丈夫ですか?」
「ううん……? あ、ああ大丈夫だ」
「良かった。長旅になりますからね。ごゆっくり」
「ああ、ありがとう…………?」
辺りを見渡すと、そこは列車の中のようだった。
「あれ、なんで俺、列車なんかに乗ってんだ? ええっと確か……うっ!」
「あなた大丈夫?」
「大丈夫だ。まだちょっと寝ぼけているようだ」
「そう、良かったわ…………向かい側いいかしら」
「ああ、どうぞ」
俺がそう言うと彼女は向かい側の席に座った。
「あなた、名前は?」
「俺はロベルトだ。君は?」
「私はミアよ。よろしくロベルト」
「ミア、よろしく。早速だがここはどこだ?」
「ここは孤独。孤独列車の二番車両よ」
「孤独……?」
「ええ、答えへの片道切符を払ったでしょ?」
「何のことだ?」
「……そう。あなたはそうなのね」
「? どういうことだ?」
「ごめんなさい。特に意味はないわ。ただここに来る人はみんな孤独を知りたがっている人なのよ」
「孤独を知りたがっている?」
「ええ、独りを、自分を知りたい人がここにはやってくる」
「……俺も、そうなのか?」
「どうかしら。あなたはずいぶんと孤独に詳しそうだけど」
「そんなことはない。俺も孤独を知りたいよ」
遠くから扉の開く音がする。
そして足音が徐々に近づいてくる。
「まぁ、孤独列車に二人も乗車しているなんて珍しい。お隣いいかしら」
「ええ、どうぞ」
ミアが答え、奥へとつめる。
「お二人さん、お名前をうかがってもいいかしら」
「……ロベルトだ」
「ミアです」
「私はアメリア。よろしくね」
「よろしく。アメリアさんは常連なのか?」
「あら、ロベルトさん。どうしてそう思ったかしら?」
「さっき、孤独列車に二人も乗車しているのが珍しいって……」
「ああそういうことですね。私が乗ったのはこれが初めてです。ただ有名ですから孤独列車」
「ああ、そうかい」
少しだけ沈黙が流れる。
ミアが口を開いた。
「あ、あのアメリアさんはどうして孤独列車に?」
「私は、主人との思い出を探しに」
「……思い出を探すのに、孤独列車に?」
「あら、変ですか? ロベルトさん」
「だって、思い出を探しているんだろ?」
「ええ、でもロベルトさん。何も一緒にいるときだけが思い出ではありませんわ」
「? 一緒にいなかったら思い出ではないだろ」
「いいえ、そんなことはありませんわ。例えば遠く離れた主人を思う日々もその間の孤独もまた、私にとっては主人との思い出ですもの」
「素敵な思い出ですね」
「ありがとうミアさん。人を思うことで生まれる孤独。それも立派な思い出だと私は思うのです」
「……孤独とは相対の感情か」
「まぁ、ロベルトさんは随分と詩的なのですね」
「ああ、いや。これは昔、友人から聞いた言葉で……」
「だとしても、それを覚え、ここで言ったのはロベルトさんですよ」
「そうですよロベルト。言葉は自由だもの」
「それとも、ロベルトさんにとってその言葉は特別なものなのかしら」
「…………どうですかね」
「……ロベルトさんは迷っていらっしゃるのですね」
「迷う? 何に?」
「孤独に、です…………それは恐れなのか躊躇いなのか、もしかしたら苦しみかもしれませんね」
「……アメリアさん。あなたにとって孤独とは何ですか?」
「私にとってですか? そうですね…………何かと向き合った時に生まれる隙間でしょうか」
「隙間?」
「ええ、どんなものにも隙間はあるでしょ? 今の私たちにだって」
「距離感の話ですか?」
「いいえ、距離は関係ありません。どんなに遠くても近くても変わらない。問題は隙間があるかどうかです。少しでも隙間があれば人は孤独を感じます」
「……隙間、ですか」
「ええ、きっとロベルトさんにもわかる時が来ます」
――トゥルルルルルルルル
「では、私はここで降りますので、ロベルトさん。ミアさん。楽しかったです」
「さよなら、アメリアさん」
「……さよなら」
「ええ、さようなら」