「はぁ? マジで言ってんの!?」
「これまた、大きく話が進んだねー」
「意外な答え」
事情を説明すると、大槻と山路、夏村の三人は驚きを見せた。
購買部横で話してから五分ほど過ぎた今、俺達二年生は先に体育館に集まっていた。
一年生たちは、先輩たちに相手をしてもらっている。
「詳しく聞きたいところだけど、時間ないんだろ?」
「杉野はいつも急だよねー」
「計画性がない」
三人は呆れたような、困ったような表情で笑う。
ここで嫌と言わないあたり流石だ。
横にいる樫田が、俺の背中を軽く叩いてきた。
「よかったな」
「ああ」
「後は……」
樫田が少し遠くに視線を送る。
見たくなかったが、俺も同じ方向を向く。
「…………」
「…………」
そこには一定の距離を保った椎名と増倉が、異様な圧は発しながら立っていた。
怖い。
え、なんであんなに二人とも不機嫌なん?
「……おい杉野。お前何したんだよ」
「ただ事じゃないねー」
「前門の虎後門の狼」
「お、うまい」
みんなが小声で俺に話しかけてくる。
あ、やっぱり俺が原因ですか。そうですか。
あと樫田、うまいじゃないのよ。
「とにかくほら、話がまとまったって伝えて来いよ」
「骨は拾うからさー」
「時間がない」
「おいバカ。抗うなって」
みんなが俺の背中を押してくる。
ふざけんな! 地雷原じゃねーか!
しかし、抵抗虚しく四人の力で俺は二人の方へ押し出された。
二人の視線が俺に集まった。
「あ、あの、みんなに説明、終わりまし、た……」
「そう」
「……」
俺のか細い言葉に、椎名は短く答え増倉は頷く。
気まずい。
え、何? 何にこんなに怒っているの? てか怒っているのか何かを真剣に考えているのかすら分かんないだけど。
沈黙の中、椎名が口を開いた。
「なら、さっそく準備を始めましょう」
「ああ……」
俺は一瞬、増倉から見た。
彼女はまだ何かを考えているのか真剣な表情で立っていた。
そして、椎名が動き出そうとしたときだった。
「ねぇ、香奈」
「何かしら」
増倉が椎名を引き止め、二人は向き合った。
場に緊張が走るのを感じた。
俺も、俺の後ろにいるみんなも固唾を飲んだ。
「香奈、私は…………ううん。みんなは香奈たちのしようとしている事、薄々気づいている。その上で聞かせて。それは挑む意味のあることなの?」
「それは、今答えないとダメかしら」
「ダメ」
増倉の声が体育館中に響き渡った。
それは、きっと増倉だけでなくみんなも知りたいことだ。
背中越しに、みんなの視線が椎名に集まるのを感じた。
挑む意味のあること。
その言葉の本質を俺はなんとなく分かってしまった。
見つめ合う椎名と増倉。
「挑む意味ならあるわ」
椎名ははっきりと言った。
その力強い言葉に圧倒されそうになる。
「そう……じゃあ、私から一つ」
「…………」
「私、負けないから」
「ええ、分かったわ」
二人は、短くお互いを確認し合った。
それは他人には理解しえない領域なのかもしれない。
徐々に場の緊張がゆるんでいくのを感じた。
俺は少し安堵した。
そして、俺達七人は輪になり話を進めていく。
「それじゃ、時間ないしさっさと話をまとめるぞ」
いつものように樫田が進行していく。
始めに意見を述べたのは夏村だった。
「状況はなんとなく分かった。でも具体的には何をやる?」
「そうだな。その辺は杉野に説明してもらおうか」
樫田からの視線を受け、頷く。
「文化祭でやった劇。アレをやろう」
俺の言葉に真っ先に反応したのは大槻だった。
「劇をやるってのはさっきも聞いたし詳細を聞いている時間がないのも分かるが、実際問題セリフ抜けているところとかあるぞ」
「だねー、完全には頭に入ってないねー」
「劇をやるには無理に等しい」
「そこら辺は何か考えがあるのかしら」
大槻の言う通り、完全にセリフが頭に入っている人はいないだろう。
もう一年近く前の劇だ。無理もない。
「ああ、だから台本片手に朗読劇をしよう」
俺がそう言うと、みんな真剣に黙る。
各々それが可能かどうか考え始める。
そんな中、樫田が補足する。
「劇のクオリティは問題じゃない。今回伝えなきゃいけないことは『覚悟と在り方』だ」
「それが、今の池本に必要なことなのね?」
「いいや違う。今の一年生に必要なことだ。だから俺は劇をやることに同意した」
椎菜の質問に、樫田は即答する。
その言葉の意味をみんなが感じ取る。
「やるしかないってことだな」
「台本あるなら、そんなに問題はないよねー」
「覚悟と在り方……臨むところ」
「ええ、やりましょう」
みんなの顔が引き締まり、決意に満ちる。
それを確認するかのように樫田は全員を見渡した。
「決まりだな。じゃあ増倉と杉野から一言ずつもらって準備に入るか」
「「え」」
破顔の樫田。愉快そうだな、おい。
俺と増倉は目を見開いて驚くが、みんなは当然だろって顔をする。
うちの演劇は劇の開演前に代表者から一言話す決まりがある。
要は、発破をかけるのだ。
そういうのは部長とか演出家の仕事だろ。
俺が悩んでいると、増倉が話し出す。
「分かった。私から話すね…………私たちが先輩になって初めてする劇だよ、これ。部活動紹介をしたとき、私はどんな後輩たちが入るんだろうって気持ちだったけど今は後輩たちをどう成長させようって気持ちでいる。一年生が入ってきてまだ二か月も経ってないのに、一緒に部活をするのが当たり前に感じている。それと同時に、これでいいのかなって不安もある。私たちは先輩をできているのかな、私たちは後輩の手本になれているのかなって思う時がある。当たり前の中に不安があって、でも日常的に過ぎてきた。でも…………ううん、だからかな。一年生達が今迷っている。だからさ、示そう。私たちの覚悟と在り方」
増倉の言葉に、俺は共感した。
先輩であろうとする自尊心、そしてその裏にある不安。
言葉は落ち着いていたが、その内には闘志が静かに燃えていた。
その闘志がみんなの心にも灯された。
増倉の視線が俺に向けられると、自然と口から言葉が出た。
「そうだな。俺達もう先輩だな。教えられる側から教える側になって、これからは部活の軸にならないといけない…………けど俺さ。正直まだ自覚がないんだ。二年生とか先輩とか先輩たちがもうすぐ引退だとか、全然ない…………なのに責任感や不安だけは一人前にあってさ。何とかしなきゃ何とかしなきゃって考えだけがあった。たぶん、それがダメだったんだと思う。池本の問題とか二年生だからとか言って視野を狭めていた。これは演劇部の問題だ。だから解決するのは俺たち二年生だけじゃない。一年生と二年生が一緒に解決するべき問題なんだ。何年生とかじゃない。先輩後輩じゃない。同じ演劇部員として今からやるのは、俺達が覚悟と在り方を示して一年生たちと向かい合うための劇だ」
喋っていると、体の内側から何かが熱を発する。
ああ俺は知っている。
この熱こそが、俺達が示さなければならないもの。
情熱だ。