勢いで走ったけど、樫田と増倉はどこ行ったんだ?
第二校舎は全部回ったぞ。
第一校舎か? あ! 購買部の方か!
俺は急ぎ、階段を降りようとする。
慌てるあまり、上ってくる人影に気づかなかった。
踊り場でぶつかりそうになる。
「おっと、すみません! ……って田島か」
「あ! 杉野先輩やっと見つけましたよ!」
「悪い俺急いでんだ!」
「私も急ぎの用事ですよ! 春佳ちゃんの件です!」
「……なに?」
俺の動きが止まる。
時間がないというのに、聞き捨てならない。
それは田島も同じだったのか、落ち着かない様子だった。
俺はできるだけ優しく、ゆっくりと聞いた。
「何かあったのか?」
「いいえ逆です。何も変化がないから気になったんです」
「…………」
田島の目には心配と不安が宿っていた。
ああ俺は先輩失格だな。
けど、今は落ち込んでいる暇はないんだ。
「すまない田島。失敗した。あんな大口叩いといて申し訳ない」
俺は頭を下げた。
時間がないからといって、蔑ろにはできない。
田島だって俺の後輩だ。
「違いますよ、先輩」
田島から予想外の言葉が聞こえた。
俺は思わず頭を上げると、彼女は真剣な表情だった。
「私は謝罪が欲しいんじゃないんです」
「…………」
「そりゃ、まだ入ったばっかりで未熟者かもしれませんが、私や金子だって演劇部の一員なんですから…………だからここで言うのは、『力を貸してほしい』ですよ?」
「っ!」
田島は満面の笑みで俺を見た。
……バカだな俺は。言われてから気づくんだから。
そうだ。何で二年生だけで解決しようとしていたんだろうな。
これは演劇部の問題なのに。
何で田島と金子が心配していたのか。その意味も二人の意志も分かっていなかった。
俺が言うべきことは。
「その通りだ田島…………俺に、いや演劇部のために力を貸してほしい」
「はい」
田島は満足そうに頷く。そしてすぐに真剣な表情に戻った。
「樫田先輩たちを探しているんですよね? たぶん購買部の方にいると思います」
「ああ分かった。一緒に来てくれるか?」
「もちろんです」
そう言って、俺と田島は購買部の方へ向かった。
歩きながら、田島が聞いてくる。
「何か考えはあるんですか?」
「ああ、今浮かんだわ」
「それって行き当たりばったりってことですか!?」
「そうとも言う」
「……それで大丈夫なんですか?」
「俺はこういうことしかできないんだ」
「即興上等ってことですね」
「まぁ、そういうことだ」
歩いていると、すぐに購買部についた。
そして購買部横の自販機のところに樫田と増倉がいた。
なにやら真剣な話をしているのか神妙な空気だった。
「それはない。却下…………それで?」
「ああ、四つ目なんだが」
そこで樫田の口が止まった。俺と田島に気づいたのだろう。
樫田の目線が気になったのか増倉も振り返りこちらを向いた。
俺と田島は話ができる程度まで二人に近づいた。
「珍しい組み合わせ」
増倉が俺を睨んできた。
話の邪魔をされたからか、さっきのことをまだ怒っているのか。
少し臆する俺の横で、田島が一歩前に出る。
「春佳ちゃんのことで話していたんですよね?」
「……田島、悪いけど席を」
「ああ、そうだ」
増倉が言いきる前に、樫田が肯定した。
どうやら、二人の話はまとまっていないらしい。
睨みつける増倉だが、樫田は笑顔だった。
「これは演劇部の問題だ。田島がいても問題ないだろ?」
「でも」
「増倉先輩。お願いします」
田島が頭を下げる。
それを見て増倉は複雑そうに表情を変え、ため息をついた。
「……分かった。いいよ」
「ありがとうございます」
田島は頭を上げ、俺を見る。
俺は小さく頷くと樫田と増倉の方を見て話す。
「午後の体育館での稽古内容、俺に決めさせてくれないか」
「…………」
「ふざけているの?」
樫田はじっと俺を見て、増倉は烈火のごとく怒りを爆発させた。
そりゃそうだ。失敗した奴の意見をおいそれと鵜呑みにはできない。
それでも俺は説得を試みる。
「頼む。どうしても池本に伝えたいことがあるんだ」
「さっき十分伝えたでしょ。それともさっきの言葉は噓だったの?」
「いや、さっきの言葉に嘘はない。けど俺の言葉が届かなかった」
「それが分かってるのに、図々しいと思わないの?」
「……ああ、そうだな。けど! 頼む!」
「ふざけないで! そんなの認められない!」
どこまでも平行線だった。
池本のためにどうにかしようと動くのは同じはずなのに、俺と増倉は交わっていなかった。
どちらかが曲げないと同じ方向を向けない。
だが増倉も俺も、すでに曲げられないものを持っている。
「……二人とも、少し勘違いをしてないか」
拮抗する中、樫田が口を開いた。
穏やかな口調だが、その言葉には重い意志が感じられた。
「午後の練習内容について決めるのは俺だ。お前ら二人ではない」
「それは、そうだけど……」
「だからまずは杉野、お前のしたいことを話せ」
「ちょっと、樫田!」
樫田は横の増倉に反応せず、真っ直ぐに俺を見てくる。
増倉の攻撃的な視線と違い、静寂さのある冷えた視線だった。
鼻から空気を吸い、口から細く出す。
空っぽになるほど空気を吐き出すと、自然と話すべき言葉が浮かんでくる。
俺は冷静に語った。