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第95話 後輩の存在、そして

 勢いで走ったけど、樫田と増倉はどこ行ったんだ?

 第二校舎は全部回ったぞ。

 第一校舎か? あ! 購買部の方か!

 俺は急ぎ、階段を降りようとする。

 慌てるあまり、上ってくる人影に気づかなかった。

 踊り場でぶつかりそうになる。


「おっと、すみません! ……って田島か」


「あ! 杉野先輩やっと見つけましたよ!」


「悪い俺急いでんだ!」


「私も急ぎの用事ですよ! 春佳ちゃんの件です!」


「……なに?」


 俺の動きが止まる。

 時間がないというのに、聞き捨てならない。

 それは田島も同じだったのか、落ち着かない様子だった。

 俺はできるだけ優しく、ゆっくりと聞いた。


「何かあったのか?」


「いいえ逆です。何も変化がないから気になったんです」


「…………」


 田島の目には心配と不安が宿っていた。

 ああ俺は先輩失格だな。

 けど、今は落ち込んでいる暇はないんだ。


「すまない田島。失敗した。あんな大口叩いといて申し訳ない」


 俺は頭を下げた。

 時間がないからといって、蔑ろにはできない。

 田島だって俺の後輩だ。


「違いますよ、先輩」


 田島から予想外の言葉が聞こえた。

 俺は思わず頭を上げると、彼女は真剣な表情だった。


「私は謝罪が欲しいんじゃないんです」


「…………」


「そりゃ、まだ入ったばっかりで未熟者かもしれませんが、私や金子だって演劇部の一員なんですから…………だからここで言うのは、『力を貸してほしい』ですよ?」


「っ!」


 田島は満面の笑みで俺を見た。

 ……バカだな俺は。言われてから気づくんだから。

 そうだ。何で二年生だけで解決しようとしていたんだろうな。

 これは演劇部の問題なのに。

 何で田島と金子が心配していたのか。その意味も二人の意志も分かっていなかった。

 俺が言うべきことは。


「その通りだ田島…………俺に、いや演劇部のために力を貸してほしい」


「はい」


 田島は満足そうに頷く。そしてすぐに真剣な表情に戻った。


「樫田先輩たちを探しているんですよね? たぶん購買部の方にいると思います」


「ああ分かった。一緒に来てくれるか?」


「もちろんです」


 そう言って、俺と田島は購買部の方へ向かった。

 歩きながら、田島が聞いてくる。


「何か考えはあるんですか?」


「ああ、今浮かんだわ」


「それって行き当たりばったりってことですか!?」


「そうとも言う」


「……それで大丈夫なんですか?」


「俺はこういうことしかできないんだ」


「即興上等ってことですね」


「まぁ、そういうことだ」


 歩いていると、すぐに購買部についた。

 そして購買部横の自販機のところに樫田と増倉がいた。

 なにやら真剣な話をしているのか神妙な空気だった。


「それはない。却下…………それで?」


「ああ、四つ目なんだが」


 そこで樫田の口が止まった。俺と田島に気づいたのだろう。

 樫田の目線が気になったのか増倉も振り返りこちらを向いた。

 俺と田島は話ができる程度まで二人に近づいた。


「珍しい組み合わせ」


 増倉が俺を睨んできた。

 話の邪魔をされたからか、さっきのことをまだ怒っているのか。

 少し臆する俺の横で、田島が一歩前に出る。


「春佳ちゃんのことで話していたんですよね?」


「……田島、悪いけど席を」


「ああ、そうだ」


 増倉が言いきる前に、樫田が肯定した。

 どうやら、二人の話はまとまっていないらしい。

 睨みつける増倉だが、樫田は笑顔だった。


「これは演劇部の問題だ。田島がいても問題ないだろ?」


「でも」


「増倉先輩。お願いします」


 田島が頭を下げる。

 それを見て増倉は複雑そうに表情を変え、ため息をついた。


「……分かった。いいよ」


「ありがとうございます」


 田島は頭を上げ、俺を見る。

 俺は小さく頷くと樫田と増倉の方を見て話す。


「午後の体育館での稽古内容、俺に決めさせてくれないか」


「…………」


「ふざけているの?」


 樫田はじっと俺を見て、増倉は烈火のごとく怒りを爆発させた。

 そりゃそうだ。失敗した奴の意見をおいそれと鵜呑みにはできない。

 それでも俺は説得を試みる。


「頼む。どうしても池本に伝えたいことがあるんだ」


「さっき十分伝えたでしょ。それともさっきの言葉は噓だったの?」


「いや、さっきの言葉に嘘はない。けど俺の言葉が届かなかった」


「それが分かってるのに、図々しいと思わないの?」


「……ああ、そうだな。けど! 頼む!」


「ふざけないで! そんなの認められない!」


 どこまでも平行線だった。

 池本のためにどうにかしようと動くのは同じはずなのに、俺と増倉は交わっていなかった。

 どちらかが曲げないと同じ方向を向けない。

 だが増倉も俺も、すでに曲げられないものを持っている。


「……二人とも、少し勘違いをしてないか」


 拮抗する中、樫田が口を開いた。

 穏やかな口調だが、その言葉には重い意志が感じられた。


「午後の練習内容について決めるのは俺だ。お前ら二人ではない」


「それは、そうだけど……」


「だからまずは杉野、お前のしたいことを話せ」


「ちょっと、樫田!」


 樫田は横の増倉に反応せず、真っ直ぐに俺を見てくる。

 増倉の攻撃的な視線と違い、静寂さのある冷えた視線だった。

 鼻から空気を吸い、口から細く出す。

 空っぽになるほど空気を吐き出すと、自然と話すべき言葉が浮かんでくる。


 俺は冷静に語った。



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